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Williams FW21 BMW 2000 Prot type model
▼詳細情報
 
  今季から遂に単独チームとしてF1にエントリーしたBMW。2000年からウィリアムズと組んでF1に復帰し、チームのポテンシャルとラルフとモントーヤ、得にモントーヤが幾度かチャンピオン争いに加わっていたから、「まぁ〜近いうちチャンピオンを獲るだろう!」っと思っていたが、残念ながらそうはならなかった。02年のイタリアGPの予選で、F1エンジン史上最高の回転数、19000回転を記録し、最強のV10エンジンと謳われたにも関わらずだ。


 そもそも、BMW自身とし、F1に単独フル参戦するのは、意外にも今回が初めてでそれまではエンジン供給のみか、もっと古い話で言えば、フォーミュラーに限ってしまえば、F1ではなく、F2への参戦が中心であった。そしてその歴史は第二次大戦後まで溯ることになる。

  第二次大戦後、連合軍によりドイツ自動車メーカーは自動車製造を禁止されていたが、ほどなくそれが許可され、BMWも自らの技術力の向上のために、自社製エンジンであるタイプ「328」を開発、製造し、自らのワークスチームや、VERITAS、AFM、JICEYなど、今で言うプライベーターに同型エンジンを供給するなどの活動を行っていたのだが、1955年にF2シリーズ消滅し、翌年に再開すると言う不安定な開催状況であったため、BMWはその後、フォーミュラーカーのレースへの参戦をしばらく断念したのである。

  
 60後半に入り(具体的には1967年から1968年)、F2のレギュレーションが改正され、当時の新しいBMWの役員達がフォーミュラーに理解もあったため、F2への復帰を果たす。まず68年にイギリスのコンストラクター、ローラと手を組み後に名機を称される1600ccのM12を開発し、ローラシャシーに搭載された。また、このF2復帰に伴って、再び自社製シャシーを製作し、F2に出た他、ドイツGPだけのスポットではあったが、ローラーへのエンジン供給という形でF1への参戦も果たしている。

  1980年に遂にBMWはブラバムにターボエンジンを供給するという形でのF1フル参戦を発表する。1982年に実戦デビュー果たし、BMWがF2エンジンである「M12/13」の改良型の直列4気筒ターボエンジンは当初、信頼性の問題からエースのN・ピケのマシンのみに搭載され、セカンドドライバーのR・パトレーゼのマシンには引き続き、フォードコスワースDFVが使われた。案の定、BMWエンジンのピケは相次ぐエンジントラブルから完走もままならなかったが、シーズンも中盤にさしかかり、信頼性も確立されつつあったカナダGPにおいて、ピケの手によりBMWにとってF1初優勝を遂げる。


  ちなみにエンジントラブルに悩まされるチャンピオンのピケを尻目に信頼性には格別のポテンシャルを持っていた、コスワースDFVを積むマシンをドライブしたパトレーゼは大波乱のモナコGPを制するなど、安定した速さも持ち続けた。ちなみにピケが優勝したカナダGPでのスタート直後にオゼッラのR・パレッティがPPでエンジンストールを起こしたフェラーリのD・ピローニに激突し、死亡する。その後、死亡事故はレースにおいては、1994年のサンマリノでのR・ラッツェンバーガーの事故まで起きることは無かったのは有名な話。
  
  翌、84年からは同じドイツのチームATS(本業はドイツのホイールメーカー)にもエンジン供給を始め、前年から供給していたブラバムのピケがこの年、F1史上初めてのターボエンジンによりチャンピオン獲得を達成した。ちなみにF1でのターボエンジン経験では先輩格にあたるルノーは、このコトで腸が煮えくり返ったらしいというのは、ホンマだろうか!?85年いはアロウズ、86年にはベネトンにも供給を行い、年に一度か二度ほどの勝利をコンスタントに挙げたが、86年のベネトンのG・ベルガーによる優勝(これがベルガーの初優勝)が結果的に80年代最後になってしまう。一方で名門ブラバムも戦闘力を失い、パトレーゼ、D・ワーウィックをもってしても成果を挙げることは出来ず、87年を最後にF1から撤退してしまった。

  87年をもってF1におけるBMWの名前は消滅してしまったが、BMWのM12/13エンジンはバッジネームをメガトロン(懐かしいっ!)と変えて、アロウズとリジェにカスタマー供給を88年まで続けた。まぁ〜ルノーがメカクロームという名前で90年代後半にウィリアムズに供給を続けたのと似たようなモノ。(下に続く)
▼仕様
■Williams FW21 BMW 2000 Prot type model
Limited First Edition Only 3333pcs
Scale is 1/43 and Made by MINICHAMPS
90年頃からBMWは、マクラーレンとの関係を深め
その結果、BMWの7シリーズに使われていたエンジンをベースにチューンした
6リッターのV12気筒エンジンをマクラーレンが開発したスーパーカー
マクラーレンF1に供給した。
このような事情から、当時、ホンダを失ったマクラーレンにエンジン供給をするのでは!
っと、取り沙汰されたが、結局、実現には至らなかった。

1997年にルノーのF1からの撤退を発表したのを受けて
ワークスエンジンが欲しかったウィリアムズは、BMWと契約し
BMW側もアドバイザーとしてG・ベルガーを向かえ準備を開始した。
当初、ウィリアムズが製作したテストシャシーに、BMWが開発したV12エンジンを搭載し
実戦テストの意味もかねて、BMW V12 LMRと称したこのマシンをルマンに参加させ
優勝を果たすのであった。

その後、BMWは、いよいよウィリアムズのF1シャシーを使用し
2000年のF1参戦用のV10エンジンのテストを開始したのである。
この時のシャシーは恐らく、今回ご紹介するモデルカー
FW21かその前のFW20だったように記憶しているが
え〜っと、どうだったっけ??
このモデルも、ご覧のようにこの年よりメインスポンサーについた
コンパックのロゴがペイントされていないので
BMW搭載マシンのごく初期のモデルなのは確かである。
確か2000年のニューマシン発表時にはすでにコンパックのロゴは
すでにペイントされていたような気がするんですが・・・・・・

いずれにしても、そう数のあるモデルカーではないと思います。

以後のBMWの活躍と挫折はご承知の通り!!
個人的にはマリオタイセンのお墨付きの
ロバート・クビカが早くデビューしないかなぁ〜って思ってるんですが。
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