【序】
幻の国産トランスと言っても過言でないマリックのプッシュプル用出力トランスを偶然ネ
ットオークションで入手する事が出来ました。自分がアンプ製作を始めて物心ついた時は既
になく、メーカーは既に廃業してたと思います。そんな希少なトランスを所有する責任は重
大。トランスの動作と音質を確認も含め、何としてでもアンプにせねばと思い、いつもより
早いペースで製作を進めました。
【マリックのトランスについて】
トランスに銘打たれている MARIC(マリック)はトランスのブランド名で製造元は松尾電業
社です。 MARICブランドのトランスは一般販売している物はなく、殆どがショップが販売し
ているアンプ向けに特注製作されたものばかりです。 MARICトランスを一般販売している広
告をどこかで見た憶えがあるので、古い「無線と実験」誌等のバックナンバーを探してみた
のですが見当たりません。。。
今回入手したものも特注品で何かのパワーアンプから外されたものの一個で、凄まじい程
に外観は汚れ、長年酷使されてきた様子が伺えます。当然、何のパワーアンプから外された
かも全く不明、スペックが書かれている訳でも公開されている訳でもないのでネットで検索
しても先ず出て来る事は無いと思われます。先ずはスペックの確認から始め、測定の結果、
恐らく5Kp-pだろうと結論付けました。
ところで、ネットオークションの画像では気づかなかったのですが、届いた現物のトラン
スのサイズを見てびっくり、タムラトランスのF-2000シリーズ並みのサイズで 50Wクラスは
あろうかという大型トランスです。しかも、出力は1Ωの巻線を8分割巻きしてあって、ス
ピーカのインピーダンスに合わせて接続を変える様になっています。こんな手間暇掛かる巻
き方をしたトランスでこのサイズの物を手に入れたのは初めてで、 MARICトランスの凄さが
垣間見えます。ちなみにこのトランスの型番はMT-8465Sで、特注品なのか市販されたものな
のかすら解りません。
【7581A】
幻のトランスとは言え所詮はジャンク品。確認もしないうちに高額な真空管を投入して実
はダメだった。。などというのは精神衛生上悪いので、無難な出力管で先ずは小手調べです。
EL-34はもう3台も作りましたから、ここは手持ちの真空管中から、バリエーションが多い
6L6族の球、7581Aを採用する事にしました。
【原典回路】
原典回路は無線と実験1988年9月号に掲載された、7027Ap-p アンプリファイアー、伊藤喜
多男さんの記事を参考にしました。
変更箇所は真空管を7027Aから7581Aに、UL接続を3結、AB級動作となるようカソード抵抗の
値を増やしています。バイアスは-35V程度、2管で120mAなので軽めの動作条件。許容電流が
不明なので、電流を流し過ぎてトランスが断線するのが怖くてのチキンオペレーションです。
【使用部品】
トランスは全てジャンク品、外装パーツも含め手持ちの部品をなるべく使いインベントリ、
見つからない物は購入しました。
また、シャーシのSRDSL-8も新品を購入しましたが、天板だけ安い普通の3mm厚のアルミ板
に替えて使用しています。天板以外は穴を開けませんので万が一、失敗作になっても天板1
枚の被害で済みます。
それから、製作記事に準じてターミナルボードを使用しましたが、これはジャンクで購入
した物から部品を外して再利用しています。最近は秋葉原のラジオデパート内にある瀬田無
線でも取り扱っているようなので配線をスッキリさせたい方は利用をお勧めします。
【組み立て】
ターミナルボードに殆どのパーツを纏めましたので、組み立てはかなり楽です。単純な配
線作業を只管こなせば完成です。
調整段階でヒーターの絶縁不良と思われるハムノイズがありましたので、ヒーターバイア
ス回路を追加しています。簡易的に済ませたい場合は出力管のカソードにヒーターのアース
を落しても可能ですので、その疑いがある場合はヒーターのアースをシャーシに落とさず、
出力管のカソードに仮接続します。もし、それでハムノイズが止まる場合はヒーターバイア
ス回路を追加します。
それから、出力段の電流調整用のボリュームを調整し、出力トランスに流れるバイアス電
流が2つの真空管に均等に流れる様に調整します。これを怠ると不平衡電流により出力トラ
ンスの特性が悪くなります。
画像のとおり、調整中は高耐入力の2wayスピーカを使っています。出来立てのアンプをい
きなりヴィンテージスピーカに繋ぐのは避けた方が良いと思います。
【感想】
試聴しながら調整を重ねた結果、もろもろのノイズは鑑賞に十分堪えるレベルに収まり、
その段階でかなりの高音質に仕上がっているのが解りました。
メインシステムのF2a11アンプがちょっと不調でメンテしようと思っていたので、片側
だけですがこの完成した7581Aアンプと入れ替える事にしました。
片方はタムラのF2000シリーズ、もう片方がMARICのトランス。変則的な組み合わせですが
それ程違和感はなく、少なくともMARICのトランスがF2000シリーズと同レベル以上のクオリ
ティを持った物である事が解ります。
名著「魅惑の真空管アンプ」の中でも僅かに紹介されていて、ずっと気になってたトラン
ス、そのMARICのトランスにやっと触れる機会が出来、アンプにする事ができ大満足です。
【追記】
このアンプを試作した後、MT-8465SGというサフィックスの"G"が付いた同型のトランスを
ペアで入手しました。MT-8465Sに対し、SGタップが追加されたトランスです。
早速トランスを換装して1台を調整、もう1台を追加製作してステレオ分が揃いました。
このアンプの製作の顛末はラジオ技術 988号 に寄稿しましたので、もしこの本を入手出来
たら見てみて下さい。
ちなみに、MT-8465Sの片割れが入手困難と思い、オンライフリサーチUM10-MKUで使われて
いるトランスでもう片方のアンプを作り、変則的なステレオで使用していました。
完
【参考文献】
・無線と実験 1988年9月号 誠文堂新光社 7027AP-Pパワーアンプ 伊藤喜多男著