【序】
長年待ち焦がれた LCR型RIAAイコライザ用インダクタが2010年、橋本トランスから、2011
年ノグチトランスから立て続けに発売されました。過去にタンゴトランスからインダクタの
みの EQ-2LとCR込みのイコライザユニットのEQ-600Pの2機種が発売されていましたが、平
田電機さんが廃業した折に製造中止となっていました。イコライザユニットの EQ-600Pの方
は製造中止になる前の価格で一個3万円以上と通常の出力トランスより遥かに高い値段が付
いており、販売期間中についに買う事が出来ませんでした。その後、製造中止となってから
は、個人所有の物がネットオークションに流れたわけですが、落札価格が10万円近くまで
跳ね上がり、あえなく入手を断念。
しかし、断念した矢先に橋本トランスとノグチトランスが販売を開始したので、無理して
買わなくて良かったと胸を撫で下ろしなつつ、くすぶっていた製作意欲が再び再燃し始めま
した。
【インダクタについて】
ノグチトランスと橋本トランスのターンオーバー用のインダクタ1.9HなのでWE系のイコ
ライザユニットやタンゴのインダクタの1.8Hとはフィルターの定数が若干変わってきます。
ただ、いずれにせよ市販の部品を組み合わせて定数を合成せねばならないので、インダクタ
ー以外のパーツの選定も重要です。実は橋本トランスのインダクタも既に入手しているので
すが、今回は LCRイコライザの試作という事で、ノグチトランスのインダクタを使用する事
にしました。ちなみに、ノグチトランスのインダクタの外観は画像の通りで、タンゴの
EQ-600Pに使われているインダクタと大差ない様です。
【定インピーダンスLCR型イコライザ回路について】
ご存じの通り、RIAAイコライザ回路の一般的な形式はNF型とCR型、或いはその両方の組合
せの物がありますが、基本はCとRのフィルターとなります。それに対して本機は LCR型と
なりインダクタを用いたフィルターです。定インピーダンス LCR型のイコライザ回路自体は
古くからある古典的な回路ですが、扱い難い為廃れた方式ですが、マニアの間では受け継が
れて来たようです。但し、自分の手持ちの文献では大元の出典を知り得る事が出来ません。
この、RIAAイコライザ回路が他のイコライザ回路と異なり扱い難いのは、数mVのカートリ
ッジの信号を 600Ωの低インピーダンスのフィルターに通すためにパワーアンプ並みのレベ
ルまで一旦電力増幅せねばならず、フィルター前の増幅回路の負担はかなり重くなります。
では、もっと高インピーダンスの LCRフィルタ回路にすれば良いのでは?と思われるかも
しれませんが、インダクタと巻線の直流抵抗は切っても切れない関係にあり、高インピーダ
ンスとする為にインダクタを増やすと直流抵抗と寄生容量が増え理想とする特性がますます
得られないのが現実です。ちなみに 600Ωのインピーダンスの場合、インダクタ 1.9Hの直
流抵抗は20Ωもあり、既に理想的なフィルター回路とは程遠い特性しか得られません。
ただ、この定数は決まった値があり、入手した橋本トランスのH-EQLの取り扱い説明書に
ある定数を採用しました。
それから、インダクタは物理的制約が多い部品ですので、小さ過ぎず、大き過ぎずの信号
レベルが要求されます。従って、ただ出力トランスを使ってインピーダンスを合わせさえす
れば良いというものではないと言う事です。希少な古典球や古典トランスを集めて最高級の
LCRイコライザを製作する。。。といった甘い幻想を自分は抱いていたのですが、現実は初
段回路の設計がゲイン不足になるとつまらない音になるそうなので、先ずはMT管等の安価な
球を使ってどんなものか知ってから古典球で再挑戦してみても遅くはないと思います。
というわけで、先ずは昔作ったWE-141型バッファーアンプを使って実験をしてみる事にし
ました。
【LCRフィルター】
予備実験するにしても LCRフィルターが無ければ何も出来ませんので、ノグチトランスさ
ん(現在はゼネラルトランスさんが後を引継いでおられます)のインダクターFEQLとFEQHを
購入、フィルター部分だけを先に製作しました。2セットでトータル1万円ちょっとですか
らとてもリーズナブルなお値段です。但し、基板実装型ですので、後々の利便性を考慮し、
サンハヤトの感光基板を使って専用の基板を製作しました。これなら、オぺアンプを使って
も実験が可能です。
【予備実験】
WE-141型バッファーアンプは20dB、30dB、40dBとゲイン切り替え出来る様製作していまし
たので、先ずは30dBに設定して試聴しました。
ちなみに、ゲイン切り替えは通電中に切り替えると強力なポップノイズが発生しスピーカ
ーが飛ぶ可能性があるので、先ずはメインアンプ側のポテンションメーターを絞っておきま
す。
入力側にもボリュームが付いていますが、そのまま入力側にカートリッジに直結しました。
恐る恐るボリュームを上げていくとまともに音がでます。
一番気にしていたノイズは意外にも少なく、実用に耐えうる事がわかりました。以前、ゲ
インを30dBに設定してバッファーアンプとして使ってみたところゲインは高過ぎ、ノイズも
多過ぎて試聴にもならなかったのですが、カートリッジ入力であれば問題はなさそうです。
ゲインを40dBに切り替えて試聴してみましたが、このゲインでもノイズは問題なく使える
事が解り、音質についても確信が得られましたので、WE-141型の採用を決め、製作に取り掛
かりました。
【本機の回路】
まず、WE-141の原典回路はこちらで入手する事が出来ます。
次に私が作ったアンプの回路は下図の通りです。
参考にした記事はラジオ技術2005年 4月号で、著者、製作者の新さんは原典回路をほぼそ
のままで、真空管の6J7はを7pinのMT管6AU6に、6SN7は6C4を2本に変更しています。
原典回路のオリジナリティは損なわれますが、むしろMT管の方が使い勝手が良く実に上手
い改造を施しておられます。加えて、 LCR型イコライザ回路の前段にWE-141型アンプを持っ
てくるアイデアは素晴らしいと思います。
ちなみに、出力側のバッファー段は省略する事としました。これは、パワーアンプの入力
インピーダンスを 600Ωとしているので、バッファーアンプも 600Ω仕様にせねばならない
ので少々面倒なのと、予備実験でもゲインが十分であったため入れてません。ただ、シャー
シ内はスペースがまだあるので増設は可能です。(画像はまだアッテネータを付けてない状
態) また、WE-141回路は安価に作れていろいろ便利であるので、イコライザ以外にもバッ
ファーアンプとして一つ作っておく事をお勧めします。
それから、配線が混み合うといろいろ面倒が生じるのでプリント基板を作り、コンパクト
に纏まる様にしていますが、ラグ板を使っても作れるレベルの工作なので、面倒であれば特
に拘る必要はありません。
WE-141型ゲイン設定は40dBに固定、2段増幅+ボルテージフォロワ回路なので、一見複
雑な回路に見えますが、帰還抵抗の分圧比でゲインが決まりますので、微調整は必要かも知
れませんが、恐らく類似の特性を持った真空管なら使えるはずです。
オリジナルのWE-141型アンプの回路にはゲイン調整用の 300,68,15Ωかららなるラダー抵
抗回路があり、これを状況に応じて切り替えられるようにセレクタが付いています。
これらの抵抗値を基にゲインをざっくり計算すると
20log((8200+910)/910) =20.0[dB]
910//(300+68+15)=269.55[ohm] 20log((8200+269.55)/269.55)=29.9[dB]
910//(68+15) = 76.06[ohm] 20log((8200+76.06)/76.06) =40.7[dB]
910//15 = 14.76[ohm] 20log((8200+14.76)/14.76) =54.9[dB]
※ 「//」は並列接続の意味。和分の積で計算。
となります。
ちなみに原器は入力トランスがあるので+20dB高くなっています。
入力トランスのインピーダンス比からゲインを計算してみると、
20log(√(25kohm/600ohm))=16.2[dB]
20log(√(25kohm/250ohm))=20[dB]
20log(√(25kohm/30ohm)) =29[dB]
となります。
【製作】
電源トランスを手持ちのノグチトランス PMC-35Eにしたためヒーター容量を含め最低限しか
ありません。タップは6.3Vしかありませんからレギュレータは使えず、整流して6Vを作ってい
ます。 LDO型レギュレータもありますが、1A以下の物ばかりなので断念し、大容量のコンデン
サーでリップルを抑えました。
整流管6X4を用いた為、B電圧もぎりぎりです。一方で300V以上掛かりませんから比較的低耐
圧の電解コンデンサが使えます。
【試聴】
試聴に用いたカートリッジはオーディオテクニカの AT10G、VM型の廉価版ですが、非常に良
く出来たカートリッジです。出力電圧 5mVというスペックは手持ちのカートリッジの中で最大
です。但し、音質は二の次という感じでしたので敢えて試聴に使ってみました。パワーアンプ
はファインメットコアのトランスを使った6BQ5プッシュプルアンプに直結、スピーカはメイン
のKLL42006です。
ちなみに試聴したレコードはクラシックを初めアコースティックなものを中心です。
これまでにNF型、CR型イコライザアンプの音質を一通り経験してきましたが、何分、安物カ
ートリッジしか持っていない為、MCカートリッジで及第点、MMカートリッジでは「薄っぺらい
音」という感じで今ひとつ聴ける音になりませんでした。しかし、本機ではこれらの安物カー
トリッジが一変し、これまでに経験した事のない濃厚で明瞭度のあるサウンドで、やっとCD
と比較して云々が言える音質が得られたと感じました。また、何といっても聴き疲れしない、
もっと聴きたくなる音はとても魅力的です。
カートリッジとの相性で言えば、自分はSHUREのM44-7との組合せが抜群だと感じました。
出力9.5mVが高ゲインのWE-141型のアンプで更に引出された感じでパワフルになります。
これでコルトレーンを聴くとアナログ盤である事を忘れてしまいそうになります。
LCR型RIAAイコライザの音は今のところ我々自作アンプ派だけが手に入れられる特権がある
様な気がします。インダクタがまだ手に入るうちに体験しておく事をお勧めします。
【参考文献】
・ラジオ技術 1985年7月号 新製品スクランブルレポート タンゴ EQ-600P
・ラジオ技術 1999年12月号 アイエー出版 WE-141型ライン・アンプの製作 新 忠篤著
・ラジオ技術 2005年4月号 アイエー出版 ステレオ・フォノイコライザ・プリアンプの製作 新 忠篤著