Part5 恩讐の彼方に・・・東大祈願

11/3日〜5日

11月3日(月)

 目覚めて外に出てみてビックリ、空は青空、風は微風ほども無い。昨夜の暗闇の中での俺の奮闘は何なんだったのだろう?? 朝食の後は九州最後の一日だ。行ってみたいのは、菊池寛作「恩讐のかなたに」のモデルになった禅海和尚が22年の歳月をかけてノミだけで掘り抜いた、耶馬溪にある「青の同門」に向かう。着いてみるとさすが観光地、バスガイドさんの旗のもとゾロゾロとつながる観光客の群れ。その後をついて便乗しガイドさんの説明に耳を傾けてみた。今は国道が走る道の右左地下と縫うように掘られたトンネルは俺の思った以上だった。想像では人一人がやっと通れるくらいの抜け道かと思っていたのだが、実際は馬に乗った人がすれ違える位の広さと高さがあった。俺の年齢だと、むかし小学校に道徳の時間というのがあって、その教科書に「恩讐のかなたに」の話が載ってあり子供心に感動したものだった。しかし後年になり実際は掘り終えた後、通る人から通行料を取っているという逸話をきいてガックリしたものだった。さらにしか〜し、これだけのもの掘った後には禅海和尚も高齢になり、生活苦もあり、また人に認められたいという思いがあれば通行料くらい取ったっていいじゃないかとトンネルをくぐりながら考えた。現在、当時のままに見れるのは本当にごく一部の様でした。
 洞門を見た後は奥耶馬溪に向かった。ここで気づいたのだが耶馬溪は「やばけい」と読むのだそうだ。ヤマタイコクと同じ耶馬という漢字なので「やまけい」と読んでいたのだが俺が無知だった。奥耶馬渓について空いている駐車場に車を停め、そばを見たら「一ツ家温泉」という湯小屋が見え、向かいには「一ツ家」の蕎麦屋さんがあった。そこの蕎麦屋さんで昼食を取り温泉に入れるか訊いてみたら、本来は家風呂なのだそうだが男性用ならただで入っていいというご主人の了解をもらいいそいそと向かった。店で借りた鍵であけ福島県・湯の花温泉にあるような、素朴なこじまんりとした小さな湯船に身を沈めた。ごぼごぼとゆらぎのタイミングで噴出する掛け流しのお湯はすばらしく、眠りを誘う。
 湯上りにご主人にお礼と鍵を返しに行き、耶馬溪を探索しに行く。昔の旅籠のようなお土産屋さんが並ぶ通りで展望台にのぼり、迫り来る山肌の崖、途出した岩山を眺めた。
このあたりが実際に禅海和尚が
掘ったとこらしい。

一つ家でお借りしたお風呂

奥 耶 馬 渓


 さてとそろそろ九州とおさらばしようかと門司に向かおうと思ったのだ、まだ博多ラーメンを食べていないのに気づいた。俺だけは以前に出張で博多に来て、長浜の屋台街で飲んで食べてラーメンを官能したのだが、カミさんは食べたことが無い。そこでラーメンのついでに、博多近郊の大宰府に行ってみることにした。
ご存知「大宰府天満宮」は学問の神様、菅原道真公を奉り「飛び梅」の伝説で有名な所だ。子供たちに今からお参りさせておけば、東大・ハーバードには入れるかもしれないと、遠回りになるが高速をかっ飛ばし大宰府に向かった。十数年ぶりに訪れた天満宮は昔のまま、心字池の赤い橋を渡りお参りにむかう。息子・娘に我家としては多大なる賽銭を放り込ませ丁重にお参りさせ、俺の心の中では「もしも大学に行く事があらば、家計を助け、予備校など行かないで一発合格せよ。」と切実なる願をかけた。(ちなみに俺の最終学歴は予備校中退でした!?)
 今年は申年、境内では猿回しの大道芸が行われていた。初めてナマで見る大道芸に子供たちは心奪われたように一心不乱に見入る。巧妙なおじさんの話術とがんばるお猿さんの演技に拍手喝采です。主演のお猿さんの名前は「モンタ君」でした。
 境内を抜け土産物屋を覗きながらたらたら歩き、途中で定番「元祖辛し明太子」をゲット。交差点まで来ると「博多 長浜ラーメン こうろかん」の”のれん”が見えオゥ〜これぞカミさんに食べさせたかったものと飛び込んだ。赤いしょうががピリリときいた、これぞ博多だぁ〜い!!この後は満足を胸に再度大宰府ICから高速に乗り仙台を目指す長い帰路についた。

大宰府天満宮

おサルのモンタ君

博多ラーメン

関 門 橋


 18:30関門橋のふもと「めひかりSA」に着く。ライトアップされた橋を眺め今宵これで九州へグッバイ、別れを告げる。再度この地を訪れるのはいつのことか、家族4人で来ることはもうないだろう。SAを出た後は粛々ゆっくりと橋を渡った。
 暗闇の中山陽自動車道を走り、「下松SA」を今宵のビバーク地とした。ここには西洋の甲冑ような物を身にまとったオブジェが、高い台座の上に設置されていた。いったいなんだと思っていたら、ここは1300年ほど前に光り輝く星がおりたことから星ふるまちということで、高速道路を天の川に見立て登りSAには「牽牛(けんぎゅう)」、下り線には「織姫(おりひめ)」のモンチュメントを置いているそうだ。つまりこの西洋の甲冑を身にまとった御仁は牽牛ということらしい。ならば七夕の夜には上下のSAでお祭りをしていることだろう。今宵も「めひかりSA」で買ったするめをかみ締めながら発泡酒でぷっはっはぁ〜で眠りについた。


11月4日(木)

SAより琵琶湖を望む

有 磯 S A


 軽い二日酔いで目が覚め、さぁ〜〜走るぞと8時に出発。来たときは雨交じりだったが今日は天気がよく、高速からでも遠くに瀬戸内海を少しだけ眺めることができた。昼食は食道楽の町大阪近辺のSAでとったのだが、予算の関係でカレーライスしか食べれなかったのが残念。
 大津SAでは、来るときはよく見えなかった琵琶湖が良く見えた。日本一大きな湖なんだよと子供たちに教えるが、湖が大きくなれば海なんだと思っているらしく海だ海だと騒いでいた。
 新潟中越地震の影響があるかもしれないが、通行止めになっていないので帰りは北陸自動車道で帰ることにした。日が暮れしばらく走るが、なかなか仙台は近づいてこない感じだ。7時を過ぎたころそろそろ喉がうずきだし、明日がんばろうということで富山県「有磯海SA」でPキャンを決め早速発泡酒でぷはぁ〜〜です。
 晩酌の後、売店に散歩に行ったら、以前この近くのほたるいかミュージアムの物産館で買った「ほたるいかの沖漬け」が売られていた。これは熱いご飯のに最高のおかずなので、迷わずゲットです。通販で取り寄せたいくらいぺチャぺチャした舌触りに塩辛さ・・・・・最高!!


11月5日(金)

磐梯山SAで訪れし秋を見ゆ!!

 今日はうす曇、仙台まで一気に行くぞと8時に出発。新潟県に入いり、地震が起きないよう、通行止めにならないよう祈る気持ちで走り抜けた。昼食のため磐越自動車道「磐梯山SA」に停まってみると、周りの山々は紅葉しSA内のかえでが見事に赤くなり東北を後にしてから時が流れた事を実感した。
 15時、無事仙台のペットホテルにたどり着き、超過料金を支払い「ジュリアナ」と再会。カメさんは飼い主の顔を見ても特段喜ぶようすも無かったのはあたりまえか・・。
 さて旅は大詰め、最後の締めくくりは、社宅の近所にある国宝「大崎八幡宮」で平成の大改修が終わり、11月8日までの一ヶ月間だけ一般公開がおこなわれているのでとどめの神社見学。幼児は無料、大人1000円を支払った。「大崎八幡宮」は仙台藩祖伊達政宗が領内鎮護のため1607年に建てられた神社で、平成11年より5ヶ年の予定で国庫補助事業として保存修理工事に着手されていた。真新しい、朱色・黄色・緑に金箔と豪華絢爛な外見と内部には見事な彫り物が施され、奥にかかる絵は公開が終われば再び硬く閉ざされ神主さんでも見れなくなるそうだ。

豪華絢爛 ・ 国宝 大崎八幡宮 社宅の近所


 そこを見終わると車で3分の社宅に無事たどり着いた。今回の走行距離は4137Km、行きも帰りも高速道路で2泊しながらの長旅だった。もっとも夕方になるとアルコールに手が伸びてしまう俺のせいで、夜走らなかったせいなのだが。さ〜て、来年は久々に北海道を走ってみよう。

PS:この文章を読んでいるアナタ、つたなく、自己満足に満ちたこのツーリング・レポートを最後まで読んでくれてありがとう。感謝します!!


 
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