居宅での摂食嚥下訓練

 病院や施設から摂食嚥下障害を抱えて帰宅されたあと、どのように対応すればよいかをまとめてあります。

主に専門家を対象としてあります。

 詳しくは私が分担執筆している、本年度発行予定の「訪問看護における摂食嚥下指導」(仮題)を参考にしてください。

対象者の事前情報収集

 退院前、摂食嚥下障害に対する評価や訓練を受けたかどうかを含めて、訪問前に知りえる情報を集めて、対象者の摂食嚥下障害のイメージを作っておくとよい。実際に訪問してみると事前のイメージと大きく違うことが良くあるからだ。重度の認知障害や脳血管障害など、在宅では対応が困難なケースも事前に把握できる。

居宅での訓練に困難が予想されるケース

1. 経管栄養・胃ろうの期間が長期にわたっている。2. 臥床期間が長期にわたっている。3. 脳幹病変4. 重度の認知症・失行・失認・コミュニケーション障害がある。5. 独居または家族の協力が得られない6. 高度の意識障害がある。

地域での医療・介護・福祉資源のチェック

  医師 歯科医師 言語聴覚士 理学療法士 作業療法士 歯科衛生士

 栄養士 摂食嚥下障害に対応可能な施設(含むデイサービス・ショートステイ)・病院

対象者を取り巻く、介護環境・食環境・食内容などを把握し、問題点を抽出する。

観察の要点

□ 食事時の意識状態が不良である□ コミュニケーションが困難である□ 意思表示が困難である□ 重い認知症である□ 呼吸状態に問題がある□ 強い咳ができない□ 痰を自分で出すことができない□ 肺炎や熱発を繰り返している□ 口腔乾燥が見られる□ 最近、体重の変化があった

(以上の項目にチェックが多いと重度の嚥下障害が疑われる。)

 □ 食事摂取は(自立・一部介助・全介助) □ 主たる介助者 □ 食事摂取 □ 食事摂取時、座位がとれない、または不安定 □ 椅子テーブルの高さに問題がある □ 食具に問題がある □ 利き手にマヒがある □ 半側空間無視が疑われる。

(以上は作業療法士の指導を受ける)

 □ 主たる調理者 □ 食事の内容 □ 食べられない食品、または食べにくい食品がある □ むせることがある □ こぼす □ 食事は残すことが良くある   □ 食事時間がかかる □ のみこめない・のみこみづらい □ いつまでものみこまない □ 食事中、疲れる □ 食事中後、呼吸状態が悪くなる □ 食事中後、声が変わる □ 食事後、すぐに横になる。

 以上の観察結果と撮影したビデオの摂食場面や会話を通じて、現状と問題点を抽出する。特にカンファレンスなどで検討するときにビデオの映像は、言葉や文字の何倍もの情報を共有できるので、プライバシーに配慮して、ぜひ撮影をしていただきたい。

介入に適するかスクリーニングをする。

 重度の嚥下障害や認知障害をもつ者は、在宅での介入が難しい。在宅では、専門施設などと違って、検査評価法は限られる。介入者の知識や能力および取り組むマンパワーも考慮しなければならない。家族や本人から取り組みに対する強い要望がある場合とない場合がある。対象者の訓練実施に当たっては、以上の点を考慮する。様々な理由から、訓練を断念する場合でも誤嚥性肺炎の予防、廃用の予防という観点から、口腔ケアは、継続的に行う必要がある。

(スクリーニングの流れ)

嚥下調査票による聞き取り →口腔内診査→ RSST→改訂水のみテスト→水のみテスト→フードテスト→ゴールの設定→家族・主治医への説明と同意→訓練法の選択・キーパーソンの選択

口腔ケアを定着させる。口腔環境を整える。

口腔内診査と治療

 歯科医師による口腔内診査 →治療(訪問歯科・搬送)→口腔ケアアセスメントの作成 →(自立 一部介助 全介助)→再評価

口腔ケアの手順(全介助)

頸部・口腔周囲筋のマッサージ (装着されている義歯をはずす) →唾液腺マッサージ→口腔内の保湿・口蓋・口腔前庭部の清拭→残存歯牙の清掃→義歯の清掃→舌苔の除去→清掃された義歯の装着

口腔ケアの手順(一部介助)

嚥下体操 →義歯をはずす→ぶくぶくうがい→残存歯牙の清掃+義歯の清掃→舌の上の掃除→口腔内残留の確認→うがい+義歯の装着

食環境を整備する

 食事場面の観察により、座位での食事が可能なら適切な摂食姿勢がとれる椅子・テーブルの高さや位置などの設定をする。

 ベッド上で行う場合は、体幹や頭部の位置や角度を設定する。

 食内容の検討をするが、基本的には家庭での食事や食材を利用するのを基本とするが、市販の補助食品も紹介する。

  嚥下訓練を行う場合、嚥下食の調整法や選択には、栄養士の指導を受けることが望ましい。

 食事介助が一部または全介助の場合、介助者に食事介助法の指導を行う。

@ 姿勢設定の流れ

(1)ベッド上での姿勢保持チェック

□ 体幹角度□ 頸部前屈 □ 股関節・膝関節屈曲

(2)座位での姿勢チェック

□ テーブル・いすの高さ □ 体幹・頸部の安定 □ 頸部の角度□ 股・膝関節角度 □ 足底接地

A食内容の検討

□ 栄養士との連携をとる。□ 加工調整できる調理者(家族・ヘルパー、その他の介護者)へ調理法などを指導する。□ 市販補助食品を紹介する。□ 嚥下訓練を開始する場合は、訓練食の調整・調理・調達

B食事介助法

□ 明るく静かで落ち着いた環境作りをする □ 必要に応じてモニター(SpO2)の準備をする □ 適正な一口量を調整する □ 対象者にあったペースを確認する□ 自立支援の食具の選択・改造法などを紹介する □ 複数で介助の場合、カードなどを作成し、統一した対応が図れるようにする。

おいしく楽しく安全に食べることを目指し、訓練を実施する

事前チェック

□ 呼吸・体温は安定しているか□ 覚醒しているか□ 姿勢は整えられているか□ 口腔ケアは済んでいるか□ 明るく静かな環境か□ 食事や訓練食の調整が適切になされているか

直接訓練に入る前の基礎訓練

 腹式呼吸・深呼吸・口すぼめ呼吸・息こらえ嚥下・FETなどの呼吸法をを対象者に合わせて選択する。日ごろから、離床(座位)時間を長く取るように心がける。嚥下体操、関節可動域訓練(特に上肢や頸部)を行いリラクゼーションを獲得する。 (間接訓練は、デイサービス・ショートステイでも行うことができるので、施設側と連携をとると良い。)

 直接訓練中の咽頭残留の防止 随意的な咳・うなずき嚥下・息こらえ嚥下・交互嚥下・意識嚥下などを対象者に合わせて指導する。

訓練中の観察および注意点

本人の状態に変化が現れたら、休息するか、中止するようにして無理をしない。 □ 呼吸・脈拍・SpO2に変化はないか □ 嚥下後、口の中に食物残留がないか□ ペースが速くなっていないか □ 一口量が適正か □ 姿勢に変化がないか□ むせの有無・頻度は □ 声の変化はないか □ 呼吸音(聴診)に変化はないか □ 食事のペースが落ちていないか □ 意識状態に変化はないか

訓練後の観察点および注意点

 □ 呼吸・脈拍・酸素飽和度の確認 □ 残食の量・種類の確認、記録 □ 胸部聴診で異常の有無 □ 座位または30度仰臥位の保持 □ 口腔ケアまたは口腔内の観察

介護負担軽減達成の有無・医学的安定性の獲得

 目標としていた訓練の改善が短期に見られる場合もあるが、目に見える変化が見られない場合も多い。漫然と訓練を続けるのではなく、再評価をして原因を探る。常に医学的安定性と介護負担の軽減を考慮して、場合によっては目標を改善から維持へ軌道修正することも必要である。

再評価項目

 □ 肺炎・発熱の回数の変化(減少・変化なし・増加) □ むせの有無や回数の変化(減少・変化なし・増加) □ 栄養・脱水状態の改善の有無(改善・変化なし・増加) □ 摂食時間の変化(減少・変化なし・増加) □ 摂食量の変化(減少・変化なし・増加) □ 摂食食品の形態の変化(向上・変化なし・低下) □ 機能検査(RSST)(増加・変化なし・減少) □ 機能検査(改訂水のみテスト)(良好・変化なし・悪化) □ 機能検査(水のみテスト)(良好・変化なし・悪化) □ フードテスト(良好・変化なし・悪化)

目標の達成度の総合評価

1. 摂食嚥下機能は改善されたか 2. 脱水・低栄養は改善されたか 3. 口腔ケアは効果的になされているか 4. 医学的安定性は保たれているか、または獲得できたか 5. 介護負担の軽減は達成できたか 6. 継続的な取り組みが可能か7. 本人や家族の満足は得られたか

最後に

 居宅で、以上のすべての項目をクリアすることは大変難しい。特に4・5は、常に優先されるべき項目で、状況によっては、経口摂取をあきらめ、経管栄養にもどすという判断もしなければならないことがある。

お願い

 対象者の状態は様々です。訓練実施に際しては、必ず専門家の指導を仰いでください

参考文献

金子芳洋 向井美惠 摂食・嚥下障害の評価法と食事指導 医歯薬出版 2001

藤島一郎 脳卒中の摂食嚥下障害 医歯薬出版 1993

聖隷三方原病院嚥下チーム 嚥下障害ポケットマニュアル 医歯薬出版 2001

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