〜 search for beauty 〜
 初めてオホーツク海を見たのは5月、春だった。ごく普通の海としか思えなかった。「冬に
は流氷が押し寄せる」と話に聞いても想像できず、この目で見たいという好奇心は冬が来
るたびに高まっていた。そしてついに、流氷探訪を実現できるときが来た。
 網走駅からバスに揺られてたどり着いた流氷砕氷船の乗船場は、晴天も手伝ってか、
大勢の観光客で賑わっていた。14時出航の「おーろら号」に乗り込むと、一目散に2階デ
ッキへ。湾の中はところどころに氷が浮いているだけの青い海だが、沖へ目を向けると、そ
こは真っ白な海であった。
 船は氷の感触を確かめるようにゆっくりと進むので、陸地から離れていくのに時間を要し
たが、吹きつける風はあっという間に冷たい海風に変わった。やがて、海の表情も一変し
た。あたり一面が白い氷に覆われているのだ。これが流氷か!という気持ちよりも先に、
ここは本当に海なのか?という疑問が先に湧いた。しかし、船が砕いた厚い氷の下は間
違いなく青い海であった。よく観察すると、流氷は大きさも厚さもまちまちであるが、それら
はみな緩やかに陸地へ向かっていた。視線を彼方に移すと、知床半島の山々がくっきりと
見え、振り返ると能取岬の先端が美しく、素晴らしい眺望であった。
 それにしても、なんと寒いことか。持参した温度計はを見ると、出航時のマイナス6度か
ら12度も下がってマイナス18度。海の上にいるわけだから当然といえば当然であるが。
突き刺すような風もあり、手袋をはずすとたちまち手がかじかみ、指先から感覚がなくなっ
てしまう。いつの間にか、デッキにいた乗客たちも客室に戻っていた。この晴天でこの寒さ
は、東京で生活している者としては驚くばかりであった。
 約1時間の海上での流氷見学のあとは、網走から列車で次なる目的地、浜小清水へ向
かった。流氷の海を前に立ちつくして見たかったからだ。
 浜小清水で下車後、雪道を数分歩きフレトイ展望台に登った。凍結した道をしっかり踏み
しめながら頂上にたどり着くと、思わず息を飲んだ。眼前に広がっていたのは、すべてを流
氷に覆われた海、傾きかけた太陽が照らす夕暮れの海、そして音もなく恐ろしいほど不気
味な静寂に包まれた海。網走の海で見た、ゆるやかな白い氷の波はここにはなく、その
静けさは時間が止まっているかのような錯覚さえ起こさせた。
 丘から降りて岸辺まで歩いて行き、流氷と同じ目線に立った。そして、流氷の上を歩いて
みたが、氷は厚く、割れそうな気配はない。この氷の群れはどこまで続くのだろうか?
はるか彼方に視線を移すと、水平線でも地平線でもない“氷平線”が鮮明であった。氷の
海は果てしなく広がっていたのだった。時間を忘れる風景だった。しばらくしてから、歩い
て来た道を引き返しながら思った、この先何度この海を見ても、常に同じ感動を味わえる
に違いない、と。
《流氷》
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