タカシ's Story −バトル・ロワイアル−


−プロローグ−

俺の名前は飯島隆。
高校三年生、十八歳だ。
周りからはタカシって呼ばれてる。
…なんて呑気に自己紹介ができればいいんだが、今はそんな状況じゃない。
とんでもなくクソッタレな状況に俺は置かれちまってる。

大東亜共和国ってのが俺の住んでる国だ。
あんた達が住んでる日本とよく似てるが(おっと、何で「日本」なんて国を知ってるかなんて野暮なことは聞くなよ。俺は自分が「物語の中の人間」だってことは知ってるんだ)、戦時中の日本みたいなバリバリの軍事国家だ。
それはまあ、俺には大して意味のないことだ。
強制徴兵はまだ始まってないし、今のところ戦争が始まりそうな気配もないからな。
問題は、「プログラム」っていう最悪なゲームが定期的に行われてるってことだ。
目の前で知らない親父が(政府から派遣されてきた奴だ)、そのゲームの最悪にクソッタレなルールを説明している。
・この三年B組四十二人の中から、たった一人の「優勝者」が決まるまで、殺し合いをする。
・優勝者のみが生き残ることができ、他の者は例外なく死ぬまでゲームを続行する。
・食料・飲料水・地図・磁石・時計…そして一番重要な「武器」。これらは全員に例外なく支給される。
・与えられる武器はランダムで、何が入っているかは決まっていない。
・現在、俺達がいるのはとある島であり、脱出は不可能。
・島の住民は全員別の場所に移動しており、無人である。家屋に侵入したり、そこにあるものを無断使用するのも許可されている。
・全員の首には爆発物内蔵の首輪がはめられており、はずす事はできない。
・島は桝目状に区分され、「D5」、「A6」などのようにエリア名で呼ばれる。
・一箇所で隠れて留まる事ができないように、一定時間ごとに禁止区域が定められ、そこに居ると首輪が爆発する。
・禁止区域と、死亡した生徒の氏名は定期的に全島放送される。
・24時間以内に優勝者が決まらなかった場合、全員の首輪が爆発し、優勝者はなしとなる。
・本来、「プログラム」の対象は中学三年だが、今回は特別な実験として高校三年を対象とする。
長々と書き連ねちまったが許してくれ。
この「ルール」をきっちり覚えておかないと、俺は命が危ないんだ。
説明が終わると、一人ずつ二分間隔で今居る教室を出て、外に案内される。
出席番号順だから、俺の番はもうすぐだ。

…思い出の修学旅行になるはずだったんだ。
それが、バスの中で急に眠気が襲ってきて、気がついたらこんなことになってやがる。
本当にクソッタレだぜ。
運命の神様って奴がいたら、俺は間違いなくその場でぶん殴ってやるだろう。
なんて愚痴っても始まらない。
もうすぐ、「殺人ゲーム」が始まるんだから…。


−タカシ・ベース−

俺は、今診療所にいる。
もちろん誰も居ない廃墟みたいな診療所だが。
さっき詳しくできなかった自己紹介をしたいところだが、それはひとまず置いといてくれ。
まあ、俺の行動を見る内、俺がどんな奴なのかってのはおいおいわかっていくと思うけどなっ。
それよりも大事なことがあるんだ。
それは、まず方針を決めることだ。
具体的には…このゲームにのるかそるかだ。
クラスメイトを殺しまくり、最後の一人に自分がなるつもりなのか。
それともこのゲーム自体をひっくりかえして、みんなで脱出するか。
それが決まらなければ「敵」(クラスメイトをこんな呼び方したくないけどな)に出会った時、迷いが出る。
このゲームにのるんだったら、相手が誰だろうと躊躇なく殺せなきゃならない。
このゲームに反抗するなら、できるだけ誰も殺さず、他の奴の信頼を得なきゃならない。
…この決断をを俺はスタート地点の教室があった分校から出るまでに決めていた。
「決断は迅速に」
どっかで聞いた格言だ。
物事にはタイミングってのがある。
それを逃さないためには、自分がどうしたいのか決めておいて、いつでもチャンスをものにできなきゃならない。
だから、俺は早々に決断していた。
…このゲームに優勝して、たった一人で生きて帰ってやろう、と。

俺の一番の望みは何だ?
死にたくない。
生きていたい。
それだ。
なら、そのために一番効率のいい方法をとらなきゃならない。
その方法として、俺はこのゲームにのって、優勝するのが一番だと考えた。
今まで何回も「プログラム」の情報はニュースで見たが、何人も優勝して生還した奴は居る。
そいつらは、今は安穏と暮らし、場合によっては軍人としてスカウトされて待遇のいい暮らしをしてる奴もいるらしい。
さて、それと比較するに、だ。
俺が聞いた限りで「プログラム」をひっくり返した例は一件しかない。
何でも、二人生き延びてエリアを脱出したって話だが、そいつらは今は犯罪者として全国に指名手配されている。
結果から考えるに、俺の望みである生還と、その後の安全な生活は、優勝者になるしか方法はない。
だから、決断した。
何人も居る友達を殺してでも、たった一人で俺は生きて帰ってやろうと。
…だが、一つ不安がある。
決断はした。
しかし、実際クラスメイト達を相手にした時、俺は本当に躊躇なくそいつを殺せるんだろうか?

…冷静に分析してみよう。
クラスメイトで気をつけなければならないのは誰だ?
女子はたいした奴は居ない。
殺すのがためらわれるだろうが、それだけのことだ。
マークする必要はないだろう。
男子は…三人要注意人物がいるな。
・冴木:
 クールな熱血漢だ。
 人殺しもやむを得ないと考えるだろうが、積極的に殺しはしないだろう。
 とはいえ、おそらくあいつは俺と同じように優勝を狙ってくる。
 つまり、明確な「敵」だ。
 頭が良く、医学の知識や雑学などに詳しい。
 勝つための戦略も練ってくるだろうが、あいつなら優秀な戦略家になれるだろう。
 できればギリギリまで味方につけておきたいが…。
・三橋:
 策略家というのか…。
 とにかく要領がいい。
 人当たりもいいし、クラスで一番人気がある奴だ。
 だが、あいつも人殺しもやむを得ないと考えるだろう。
 銃器の扱いは中学の授業で専門の訓練を受けていたらしいのでかなり優秀なはずだ。
 おそらくこいつも優勝を狙ってくるだろうが、申し出れば一時休戦はできるだろう。
 うまくすれば味方につけられるだろうし、味方にしたい人材だ。
 最終的に対決は避けられないだろうが。
・桑原:
 いわゆる、ウチのクラスにおける「不良グループ」のボスだ。
 頭が良く、ガタイもいい、三橋と同じく銃器も訓練を受けているため扱える。
 他人に価値を認めないため、まず間違いなく優勝を狙ってくるだろう。
 人殺しも躊躇せず行えるだろう、最強の敵だ。
 配下の不良どもを最終的にどうするのかは知らないが、当面は多分頭のいいアイツのことだ、グループで行動するだろう。
 このゲームはできるだけ最後まで集団行動を取ったほうが有利なのだ。
 不良どもからは人望が厚いため、単体としてではなくグループ全体が恐ろしい敵だと言える。
整理すると、こんな感じだ。
なかなか強敵ぞろいだ…。
俺も、せめて銃器の扱いは訓練を受けておきたかった。
中学では、中には本物の銃器を使って授業を行う学校があり、三橋や桑原のような、扱いに長けた人間がいるのだ。
高校ではほぼ全国的に、エアガンを使用した戦闘訓練の授業がどの学校でも行われているので、最低限は俺も銃は使えるのだが…。
しかし、与えられた武器が拳銃だったのは幸いだった。
これならなんとか戦える。

今いる診療所は、偶然見つけたものだ。
俺は運がいい。
俺は、まず拠点となる場所を作るべきだと考え、それを探して回った。
誰かと遭遇することもなく、すぐにここを発見できたのはとんでもないラッキーだった。
すぐさま糸を診療所の周りに張り、木切れをいくつかくくりつけて、誰か進入する際にそれに触れれば音が鳴るよう細工をしておいた。
これで、当面一安心だ。
寝場所も確保でき、診療所だけあって怪我をしても治療が行える。
とはいえ、俺の医学的知識など知れたものだったが。
やはり、冴木あたりを仲間に引き込みたいところだ。
とにかく、俺はここを拠点とし、禁止エリアに指定されたとき以外ここを離れないようにしようと考えた。
その名も、タカシ・ベース。
ベタなネーミングだが、こういうことを思いつく余裕くらいなきゃ生き残れないぜ。
俺は、絶対に生きて東京に帰ってやる!


−殺人罪−

夜が明け、六時になった。
定期放送が始まった。
幸運にも、このタカシ・ベースは今まで危険エリアにはならなかったようだ。
「それでは、死亡者の氏名を報告します…」
次々と名前が読み上げられていった。
総勢二十人。
俺は驚愕した。
クラス四十二人の半数だ。
こんなに早く、殺し合いが始まるとは。
しかし、考えてみれば、不思議ではなかったかもしれない。
教室内で、俺以外のやつは相当ショックを受けていた。
十八にもなれば、世の中の事もいくらか見えてくる。
当然、このプログラムの事も知識として入ってくる。
それが、もしかしたら自分の身に降りかかってくるかもしれないと予想しているのが当然だ。
唯一、ショックを受けるとすれば、中三のみをターゲットとしたこのプログラムの対象が、幸運にも何事もなく中三時代をくぐりぬけて一安心、の俺達に降りかかってきた事だけだ。
それすら、俺にしてみればあのゲームを成立させている法案の無茶苦茶さを考えれば、多少の修正は十分にありうることであり、こういう事態を予想していなかったわけではない。
とはいえ、俺以外のやつはそうでもなかったようで、
「なんで俺達が!」
「私達は対象じゃないはずです!」
といった声はそこここで起こっていた。
つまり、こういう事である。
パニックに陥った何人かが暴走し、強制的にゲームを始めてしまったのだ。
もちろん、そうでなくゲームを始めている俺のような奴もいるが。
その結果、二十人という大量の死者が早くも出たのだ。

カランカラン…!
ふいに音が鳴った。
誰か来た!
俺は拳銃を構え、音のしたほうへ構えた。
「ひいっ!」
バタフライ・ナイフを構え、突進してくる影があった。
俺は夢中で引き金をひいた。
パンッ、パンッ、パンッ。
二発がはずれ、一発がそいつの…大沢(男子四番)の眉間を貫いていた。
大沢は力なく崩れ落ちた。
「きゃあっ!」
もう一つ声。
パンッ、パンッ、パンッ。
今度は二発当たった。
水原(女子十九番)だった。
やった…。
俺は、生きのびたという実感を得た。
それと同時に、俺は大沢の動かなくなった死体を見、殺人を犯したという実感を得た。
大沢。仲のいい友達だった。
ゲームやマンガの話をできるのは俺だけだった(俺はゲーム・マンガオタクだ)ため、他の友達は少なかったが、その分俺になついていた。
しかし、その友達は永遠に失われた。
いや、正確に言えば教室でプログラムの実行を告げられた時点で失われていたのだろうが、俺がこの手で今消したんだという事実が重くのしかかってきた。
しかたがなかったんだ、向こうから襲ってきたんだから。
水原。
話をした事もなかったが、明るい、いい子だった。
この子が俺を襲うなんてありうるだろうか。
…ない。
俺は、パニックに陥り、敵意のない水原まで殺してしまった。
急に嘔吐感が俺を襲った。
げえっ…
俺は、吐いた。
「やる」って決めてたのになんてザマだ…いや、当然かもしれない。
俺は、「生き残りたい」と思ったからこのゲームにのった。
しかし、同時に「殺したくない」とも思っていたのだ。
矛盾する思いが、俺に胃の中のものを吐き出させた。
カランッ…。
「誰だ!」
両手を挙げた女の子が出てきた。
「あたしよっ、飯島君」
出てきたのは愛沢(女子一番)だった。
「敵じゃないわっ。撃たないで」
確かに武器を持ってる様子もない。
だが…。
「悪いな、撃たせてもらう」
「なっ、なんで?」
「お前は信用できない」
…そう。愛沢はクラス一の美少女と言われ、人気も一番だったが、それをはなにかけて、自分を特別視しているところがあった。
今回のゲームでも、もしかしたら危険人物になっているおそれがある…すなわち、自分のみが生き残るべきだという発想のもとに。
「何で、信用してくれないの?一度フッたから?」
…それは屈辱の記憶だ。
俺は、愛沢の魅力に負け、一度告白をした事がある。
結果は、クラスの平凡な一男子にすぎなかった俺の玉砕で終わった。
だが、それは今の状況でこだわる所ではない。
「あたし、あの時はあんな事言ったけど、本当は飯島君の事好きだったの。だからこうして飯島君の事探してきたのよ。見て。あたしがもらった武器、レーダー探知機なの。どこに誰がいるかすぐ分かっちゃうのよ。わざわざ飯島君の事探して来たんだから」
その言葉には真実味があるように思えた…が。
「お前のそういう所が信用できないんだ。お前が俺の事を好きになるはずがない。大方、生き残る役に立つと思って探してきたか、偶然ここに居合わせただけだろう。俺は、嘘をつく奴とは組めない」
俺は冷たくそう言い放った。
「そんなっ!あたし嘘なんかっ…」
パンッ、パンッ、パンッ。
全弾命中。愛沢は死んだ。
俺は愛沢の死体を確かめた。
案の定。後ろ手にスタンガンを構えてやがった。
俺は、今でも愛沢が好きだった。
騙されたっていいぐらい好きだった、ここが戦場でなかったなら。
再び、吐き気が襲ってきた。
俺は、胃の中のものが全部なくなるまで、吐き続けた。

サイコパスというのをしってるだろうか?
物事に躊躇しない人間の事らしい。
「霧の中」という本がある。
あるサイコパスが書いた本だ。
そいつは人肉食の欲望を抑えられず、一人殺してその肉を食った。
そして、その事に全く良心の呵責を覚えず、事件のあらましを「霧の中」として発表した。
今も、そいつは生きている。
サイコパスというのは、方向性の違いこそあれとんでもないことをする。
例えば、シリアル・キラー(連続殺人犯)。
あるいは、優秀な政治家。
あるいは、有名な芸術家。
サイコパスに共通するのは目的を達するのに手段を選ばないうえ、良心の呵責が全くない、という点だ。
だから、社会的に成功する奴もいる。それも、大成功を収める。
単純に、悪い奴だとはいえない。

俺は、自分がサイコパスだと思っていた。
だから、このゲームに参加した直後すぐ自分の意志を決め、躊躇なく他の全員を皆殺しにすることを決意できたのだと思っていた。
しかし、違った。
感情が、俺をこちらがわに引き止めた。
俺は、良心の呵責は覚えていない。
だが、今は三人の死が悲しくてしょうがない。
俺は、寸前でサイコパスの領域に踏み込めなかった。
それが、いいことなのかどうなのかわからなかったが、俺は限りなくサイコパスに近い人間でありながら、サイコパスではなかった。
この吐き気が、天が俺に与えた罰だ。
俺は、殺人犯だ。
誰が決めたわけではない、俺が自分を許してもいい。
でも、俺は殺人犯だ。
それは、もう一生変わらないだろう。
友達を殺した。
敵意のない、か弱い女子を殺した。
好きだった女を殺した。
俺は、三人のクラスメイトを殺した、殺人犯だ。


−邂逅−

カランッ…。
昼前の事だった。
侵入者だ。
俺は注意深く拳銃を構えながら、音のした方へ行った。
「誰だ…!」
声は向こうからした。
「飯島だ」
「飯島…タカシか!」
別の声がした。
まずい。複数いる。
「他に誰か…ムグッ」
「飯島…そこには他に誰かいるか?」
「俺だけだ」
ふうっ…と溜息のようなものがそいつの口から漏れた。
「じゃあ、あの三人をヤッたのはお前か?」
血の気がサーっと引いた。
バレてやがる。
「そうだ。俺が殺った」
「タカシっ!お前…ムグ」
「じゃあ、お前は俺達と組むつもりはあるか?」
その声は冴木(男子十番)のものだった。
なんという幸運だろう!
俺が要注意人物と考え、できれば味方につけたいと思っていた冴木が、自分から組もうと言ってきた!
「冴木…俺は必要以上に殺すつもりはない。組もう」
「わかった」
そう言うと、冴木は姿を表わした。
そして…、なんと言う事だろう、その後ろには二人の影があった。
「風見!三枝!」
風見(男子五番)も、三枝(女子九番)も、呆然とした顔をしていた。
風見は俺の親友だった。いや、向こうは親友だと思っていた、と言う方が正確か。
とにかく、明るく、優しく、運動神経も抜群で、頭のできはちょいと良くなかったがクラスの女子の人気者だった。
そして、三枝は風見の彼女だった。
大方、風見と三枝が二人で逃げていた所を冴木が助けたのだろう。
「嘘だろ?お前があの三人をヤッたなんて…お前にそんなことできるわけないよな?」
「そうよ、飯島君みたいな優しい人が人を殺すわけがないわ」
…そう。俺はクラスの中では「いい人」で通っていた。
俺としては、人間関係をキチンと築いておくのが何かと都合がいいと思ってそうしていただけなのだが、それにみんなすっかり騙されていた。
風見が典型例だ。
人のいい、このバカは、俺が「いい奴」だと思いこんで、すっかり気を許していた。
「冴木、お前の武器は何だ?それから風見と三枝の分は?」
「俺はショットガンだ。それから、風見がアーミーナイフ、三枝がボウガンだ」
「そうか、運が良かったな。俺は拳銃一丁だ」
冷静に話を進める俺と冴木を横に、風見が叫んだ。
「な…何言ってやがんだ!タカシ、見そこなったぜ!俺はお前となんか組まない!」
正直を言うと、俺も風見みたいな甘ちゃんを味方にしたくはなかった。
そういう意味では、お互い様だ。
冴木がふうっ、と溜息をついて言った。
「風見、我侭言うな。飯島は信頼できる」
「な、何言ってんだよ!こいつは人殺しなんだぞ!そんな奴のいうことなんか信用できるかよ!」
「そうか。じゃあ、お前は俺の事も信用でけへんな」
少し、リラックスしたのか、冴木は独特の関西弁でしゃべり始めた。
「お前は、まだ誰も殺してへん。だけど、そりゃあ誰のお蔭や?俺が殺したからや。このゲームで生き残るにはそれしかないんや。飯島かてそうやろ。だから殺してもうたんや。悪い事ない。」
「違う…飯島はお前とは違う。飯島は女の子も殺してる。それも、抵抗もできないような優しい女の子を二人も」
「つくづく甘ちゃんやな…。いいか?俺が女を殺さへんのも、単に会わなかったからにすぎん。飯島は俺と何ら違う事はない」
「じゃあ…お前は何で俺達を殺さないんだ?何で助けてくれたんだ?」
「仲間が欲しいからや。このゲーム、降りる方法を俺は知ってる。だから、一緒に助けてやれる仲間は一人でも多い方がいい。だけど、それは俺が生きてる事が前提や。だから、味方にできる奴だけ味方にする。お前等は運が良かった」
風見は一瞬呆然とし、その後がっくりと頭を下げた。
「このゲームを降りる方法…だって?」
俺は冴木に聞いていた。
「ああ、みんなで生き残る方法や。その為に協力して欲しい。いいか?飯島」
「悪いが…分からない。お前の言うみんなで助かる方法は、結局俺達が島を脱出しても、元の生活に戻れない方法じゃないのか?」
「するどいな…さすが飯島や。これが成功しても俺達は全国氏名手配犯や」
「ニュースで見たからな」
そう、このゲームをひっくり返すことは可能だ。
一回、そういう例がある。
だが、その時の脱出者は元の家にも帰れず、今も全国指名手配中だ。
「悪いな。俺は犯罪者にはなりたくない」
「冴木、無駄だよ。自分で言ってる通り、タカシはお前の作戦にのるつもりはない。こいつは一人で生き残るつもりなんだ」
「風見、悪いけど黙っててんか?飯島は確かにそのつもりや。でも、ゲームが終わるギリギリまで、俺らと組んでくれる。そうだよな?」
「ああ。今は味方が欲しい…。お前等とはギリギリまで殺しあいたくない」
「わかったか?風見。こいつは確かに俺らの作戦に協力してくれる奴やない。でも、しばらくは組んで、信頼できる」
「根拠あるのかよ?」
「三人殺したって自分で言うたやろ。ああいう奴は信用できる。俺らを殺そうとするかもしれんが、嘘はつかん」
まったく恐れ入る洞察力だ。俺は舌を巻いた。
お蔭で俺も仲間に入れてもらえたわけだが、確かに冴木の言う通りだ。
やはり、冴木はギリギリまで仲間にしておく方がいい。
「人殺しと、お仲間かよ…!」
風見が悔しそうに言ったが、もう冴木は聞いていなかった。

「しかし、いいところやな。ここに隠れとったんか」
「ああ。幸い禁止エリアにも指定されなかったしな。俺の手持ちの武器はこれだけだ。自分の持ってた拳銃、大沢が持ってたナイフ、愛沢が持ってた探知レーダーとスタンガン、水原が持ってた双眼鏡…これは武器じゃねえな」
「友達を殺せば武器が手に入る…因果なもんやな。ところで作戦の事だが、今はまだ伏せさせて欲しい。まあ、お前には関係のないことやろうけど。それと、桑原の事なんやが」
「わかってる。奴は…間違いなく俺らの敵にまわる。容赦しないほうがいい」
「容赦もなにも、勝てる相手かどうか…。あいつは容赦なんかせえへんし、おそらく集団で襲ってくる。四〜五人はつるんでいるやろ」
カランッ。
話を中断して音がした。
「誰やっ!」
押し殺すように冴木が言った。
俺は慌ててレーダーを見た。
「三橋だ!奴なら戦闘を回避できる!」
「わかった!」
冴木はそう言うと、ショットガンを持って外に出ていった。

予想通り、三橋(男子十九番)は敵にまわる奴ではなかった。
休戦を呼びかけると、途端に武器の金属バットを捨てて投降して来た。
「さっすが、冴木さまさまだなっ!もうこのゲームから脱出する方法を思いついたなんてよっ!俺は運が良かったぜ!なあ、飯島?」
「ああ…」
三橋には、俺が冴木の作戦にのったわけではなく、一時仲間になっただけ、ということはまだ伝えていない。
「にしてもよう、もらった武器が金属バットとはついてねえぜ。ははっ。せっかく中学で銃の扱いを習ったのによ。飯島ぁ、お前の拳銃、俺に貸してくんねえ?俺の方が上手いと思うんだけど」
「悪い。それは勘弁してくれ」
「あ、ああ…、自分の武器そうそう貸す奴はいねえよな。いくら仲間だからって、いつ寝返るかわかんねーもんな」
そう、照れたように笑うと、残念そうな顔をして三橋は引き下がった。
「そんなことねえよ。タカシ、三橋に銃渡してやれよ。仲間なんだろ?お前が裏切るつもりないんだったら貸してやれるはずだ」
「風見、やめろってゆうたやろ」
冴木が、風見を制止した。
「銃が、足らへんな。ホントは、マシンガンでもあれば三橋に使ってもらうとこなんやけど」
不意に、ぱらららっ、という音が闇に響いた。
俺達は、その音が意味するものを想像し、凍りついた。


−戦闘−

「今の音は…」
「マシンガンやな、まず間違いなく。そして、あんなもん躊躇なく撃てるんは…おそらく桑原だけや」
ぱらららっ、という音は断続的に何度も聞こえてきた。
俺達は、逃げ惑うクラスメイトを追いかけて銃撃をしかける桑原の姿を想像して恐ろしくなった。
レーダーからは、他の奴の動きは分からない。
レーダーと言っても、この島全体をカバーできる程範囲は広くないのだ。
せいぜい、近距離に誰がいるのか分かる程度だ。
それでも、その差は十分に大きいのだが。
俺は、これを命と引き換えにくれた愛沢に、心の中で黙祷を捧げた。

銃撃の音が止んで、しばらくして、昼になった。
冴木と三枝(さすが女の子だ)の指示で料理を作っていた俺達は、昼の放送を聞いた。
「…以上、残り十人だ。言っておくが、残りの十人は五人ずつのグループに分かれて集団になっているため、このままじっとしているとゲームにならない。よって、禁止エリアを増やします」
放送で、俺達はこの診療所が一時間後に禁止エリアになるのを知った。
同時に、嶋崎(女子十番)…冴木の彼女の死を知った。
「冴木…」
「しゃあない…ゆうたやろ…しゃあないねん…風見ぃ、しけた面すんなや。一番辛いの俺なんやで」
そう言う冴木の顔は、確かに悲しげだった。
しかし、ある種の決意を秘めているかのようでもあった。

そして、俺達はとうとうある事実に気付いた。
やはり、桑原は集団で行動しているのだ。
そして、この島にはもう俺達と桑原達しかいないのだ。
まさか、こんなに早くこういう局面を迎えるとは思っていなかったが。
「まずい事になったが…有利な点が一つある。飯島の持ってるそのレーダーだ。近付いたらまず間違いなく俺達が先に探知できる」
俺は、レーダーをぐっと握り締めた。
「そうと決まったらここを出るぞ。一時には禁止エリアになるからな」
みな、一様にこくっと頷いた。

戦闘は、凄惨を極めた。
まず、菅谷(男子十一番)が血祭りにあげられた。
ケンカが強く、桑原の下で一番威張っていた奴だが、その分頭が悪かった。
こういう銃撃戦を制するのは腕っ節ではない。
戦略と、銃器の扱いだ。
その点、中島(男子十五番)は強敵だった。
ケンカは強くなかったが、頭が良く、桑原には1歩譲るものの、参謀格として君臨していた。
他の二人は記述するまでもないだろう。
二人共、桑原に従属するだけのしもべのような存在だ。
菅谷の次にはこの二人が、そしてその後中島が死亡した。
俺と冴木と三橋が戦力の中心だった。
結局、俺は三橋に銃を渡したのだ。
そして、冴木のショットガンと三橋の銃の腕前は確実に敵の戦力を減らしていった。
俺は、三枝のボウガンを使って援護しただけだ。
しかし、桑原(男子七番)は圧倒的だった。
最悪の状況だった。
おそらくこの島最悪の武器であろうマシンガンは桑原の手にあり、当たりこそしないものの異常なまでの心理プレッシャーを俺達に与えてきた。
そして、そして最悪にクソッタレな事に、桑原は三橋の銃を食らっても平気な顔をしていた。
それも、一発じゃない。三、四発は当たったはずだ。
それは、おそらくマシンガンに加え、防弾チョッキを桑原が着こんでいるだろう事の証明だった。
そして、更に恐るべき事に−これは後で書こう。

決着は、冴木のショットガンでついた。
防弾チョッキも、頭まで届く散弾には通用しなかったのだ。
そして、こと切れた桑原の顔を覗いた瞬間…俺は吐きそうになった。
恐るべき事に、桑原は戦闘の最中も−こと切れるまで−笑っていたのだ。
俺は、桑原こそが最悪のサイコパスであったと確信した。


−最終局面−

残るは五人。
すなわち、俺達五人だ。
この島には、もう俺達五人しか残っていない。
俺は、冴木達から決別することを決めた。
「もう、一緒にいる理由はないからな。しゃあないよな」
「ああ。俺も助かったよ。自分の手はできるだけ汚したくなかったし、正直、桑原達に勝つ自信もなかった。俺は、これから殺し合いをするのにおかしいかもしれないが…お前達に感謝してるよ」
「俺もや。お前のレーダーがなかったら桑原達には勝てんかった。…最後にもう一度だけ聞く。俺達の作戦にのる気はないのか?」
「その前に一つだけ聞かせてくれよ。なんでお前はその方法を知ってるんだ?」
「あかん。それだけは言えん。最後まで、俺の作戦にのってくれる奴にしかそれは言えんのや」
「そうか…」
後から知った話だ。俺達の話は全て盗聴されていたらしい。首についているこのクソいまいましい首輪からだ。
だから、冴木は最後まで作戦を言えなかったのだ。
そして、言ってくれなかった理由…それは、冴木があの、このゲームをひっくり返した二人の内、一人、七原秋也の親戚だったからだった。
七原は、自分が脱出した後、海外に逃亡しながら親戚中に、メールを使ってこのプログラムの詳細と、脱出方法−それは首輪を外し、盗聴している奴らを欺く方法だった−を流したのだ。
それが、冴木の生命線であり、弱点でもあった。
実は、そのことは全て政府には知られていたのだ。
今年のゲームに限らず、七原の親戚はクラスに一人は混ざるようにプログラムが進められているらしい。
それも、また奴らの「実験」てわけだ。
もちろん、あっさり助かった連中は極秘裏に殺され、優勝者なし、と伝えられるらしい。
まったくヒデエ話だ。
とにかく、俺は冴木の話にのってたら政府の連中に殺されてたわけで、結果から言えば正解を選んだ事になる。
だが、正直な話をしよう。
俺は、実のところ死ぬつもりだった。

俺と冴木の最後の会話だ。
三橋も冴木も三枝もいないところでこっそり行われたものだ。
「冴木…勝算はどのくらいある?」
「八:二で分が悪い」
「そうか…しかし、な。あの、な。おかしな事を言うかもしれないが…」
「お二人サンの事やろ?」
「…ああ」
「いいよなあ、ああいうカップル。あいつらだけは、最後まで手を汚さずに生きて欲しいわ」
「…俺もそう思う」
「…俺は自分が死んでもあの二人を逃がそうと思う」
「…俺もだ」
「お前もかい」
冴木がニタッと笑った。
「お互い、損な性分やのう」
「俺達は、人を殺しすぎた。俺達は、死ぬべきだ。あの二人にこそ、生きる権利がある」
「クソ真面目に言いなや。俺はあいつらを逃がしてやりたいんや。それでええやろ」
「…そうやな」
ククッ、と慣れない関西弁の後に笑うと、俺は覚悟を決めた。
これから死のうって時に、何故か気分は爽快だった。
「冴木、三橋には気をつけろ。アイツは俺と同じだ。どこかで裏切る」
「わかっとる。アイツを道連れに俺は死ぬつもりや」
「…じゃあ、後は任せたぜ」
「おう、地獄でまた会おうや」
そう、言った後、俺と冴木は固い握手を交わした。

拍子抜けするぐらい、あっさりゲームは終わってしまった。
遠くで聞こえる銃声。
そして、静寂。
意外なほど、明るい声の放送。
「飯島隆君、君が優賞しました。本部まで戻って来てください」

「おめでとう、これが賞品の、総統閣下の色紙だよ」
そう言って手渡されたそれは、とても他のクラスメイトの命全部と引き換えに得たものとは思えなかった。
「それから、君と君の家族には特別手当が出て…」
俺は説明など聞いていなかった。
何故だ。
何故、風見と三枝は死んだのだ。
何故、冴木よ、守れなかった。
三橋、お前がヤッたのか。
やっぱりお前が裏切ったのか。
「…飯島君、大丈夫かね。ちょっと、ショックが大きかったかな?まあ、2、3日学校休みになるからゆっくり休みなさい」
風見、三枝。
俺は、お前達の為に死ぬつもりだったのだ。
何故、お前等が死んだ。
何故、俺が生き延びてしまった。
はらはら、と涙が零れ落ちた。
しかし、周りの兵士達にはそれもどうでもいいことのようだった。


−エピローグ−

四十一名のクラスメイト諸君。
特に、大沢、水原、愛沢。
そして、風見、三枝、冴木。
俺は高校を卒業したらすぐ志願兵になろうと思う。
幸いと言って良いのかどうか、プログラムの優勝者は志願兵になるものが多いという。
よって、そのコースは極めてたやすいものとなっている。
四十一名の、死んだクラスメイト諸君。
だが、俺は家族や自分の生活の為に志願兵になるのではない。
自分が、人殺しだからである。
大沢を、水原を、そして愛沢を俺はこの手で殺した。
桑原一味を戦闘によって殺した。
人殺しは、一生人殺しでしかいられない。
俺は、戦場で生きようと思う。
人殺しとして、精一杯生きようと思う。
君達の命、全てを背負って、人殺しとして戦場で生きていく。
そう、生きる。

トップページヘもどる