谷山浩子童話館

 谷山浩子さんに関する想い出や、作品の紹介をします。浩子さんに出会ってから二十数年が経ちました。仕事が忙しくしばらく遠ざかっていたのですが、インターネットを始めるようになってから、また、昔の悪い病がぶり返してしまいました。自分自身の勝手な思いこみや、感想をぐずぐずと記していきますが、記憶違いや見当違いの部分がありましたら、おじさんの戯言と笑って許して下さい。ご指摘等ありましたら、ぜひ、お知らせ下さい。


「夢の行き場が、どこにもない・・・」

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  1. 谷山浩子って誰なの?
  2. 浩子さん関連の想い出
  3. わたしの大切な宝たち
  4. おすすめの歌あれこれ   
  5. 浩子さんあれやこれや



















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谷山浩子って誰なの?

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 谷山浩子さんは、今世紀最大の偉大なシンガーソングライターの一人です。ご存じない?いけませんねえ。あなたの人生「まっくらクライクライ」です。ぜひ、谷山浩子さんのことを理解して下さい。えっ?どうしたらいいか分からない。そんなときは、大丈夫、大丈夫。ご本人に聞くのが一番です。インターネットって便利ですよね。

アナタLUCKY!クリックするだけ〜 (^^)/~~~


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谷山浩子さんご本人のホームページです。




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浩子さん関連の想い出

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たまごか?にわとりか?
 浩子さんのことを知ったのは偶然でしたが、吉祥寺の子どもの本の専門店「HAPPYOWL」を知ったのは、浩子さんの影響か、それとももともと知っていたのか。今となっては、全く思い出すことができません。ただ、アルバム「ねこの森には帰れない」を手に入れて聞いたときに、「車のいろは空のいろ」をもとに音楽を作ったんだなと思ったことは覚えているので、もしかしたら、子どもの本への興味の方が先だったのかも知れない。あまりにも、谷山さんの影響が強すぎて、最近自分のこれまでの人生の大半は、浩子さんにコントロールされてしまっているような気がします。だから、最初は自分の意志だったのか、瞳の奥のなんとか光線ピピピだったのか。

はじめてのコンサート
 生まれてはじめてコンサートに行ったのは、HAPPYOWL主催のコンサート「もうひとりのアリス」でした。5月22日(月)開場18:00開演18:30 会場は中野文化センター、ゲストは三田誠広・舟崎克彦さんでした。ちなみに席は、か列13とチケットには書いてあります。平日ということもあり、学校を早退してはるばる群馬からでかけていきました。舟崎さんのブックトークなどもあり、ほのぼのとした雰囲気であったことを覚えています。とにかく、はじめて生で見る、そして生で歌を聴くことのできた浩子さんの姿に感動したものでした。この時、舟崎さんが朗読した尾崎翠の「木犀」は、出会うまでに十数年かかりました。

最近知った「チョコレット」
 HAPPYOWLのコンサートの時に、同じ会場でまたコンサートがあることを知りました。今度は、浩子さんだけのコンサートです。すぐにプレイガイドに行き、チケットを買いました。二度目に行ったコンサートは「もうひとりのアリス、谷山浩子メルヘンファンタスティックコンサート」という題でした。席は、け列の16番。7月17日、またまた月曜日でした。コンサートの時になにやら、チョコレートをいただいて、浩子さんが劇を演じていました。最近「70s」を買ったら、ヒストリーの中にしっかり書いてあったので、うれしかった。このチョコレートまだ、あります。このときに、浩子さんの「チョコレット」の原作、稲垣足穂の「一千一秒物語」を知り、衝撃を受けたのを覚えています。

FCとPOMPIE
 ヤマハのFCに入会しました。とにかく、情報量が少なかったので。最近、ちょっとしたことから持ち物を調べることになり、この時のFCの会誌「POMPIE」を発見しました。発会号と第4号だけだけど。中身を読み返してみて、いや〜、懐かしかった。どこかにばらばらに飛び散った記憶のかけらたちが、少しずつつながりそうです。(浩子さん風表現)浩子さんの年賀状も出てきました。印刷ですが1980年のものです。「今年は申年としおんな。キャッキャッ。嫁のもらい手さがしておくれ。」などと書いてありました。着物姿の写真を見ながら、そういえば、最近結婚したんだよな、などと感慨に耽っています。

レコードを探せ!
 はじめてレコードを買ったときのこと。浩子さんを知ったのは、風邪で寝ていたベッドの中でした。NHKのラジオを聞いていて偶然「ねこの森には帰れない」を聞いたのが全ての始まりでした。翌日、ふらふらしながらレコード屋に行きました。しかし、そのときは、歌っている人分からない。曲の題名分からない。という状態で、「これかな」というレコードを見つけるのに数日かかってしまいました。まさか、「ねこの森」はLPだとは思っていなかったので。人にものを聞いたり、手伝ってもらったりするのが苦手な私は、店の人に相談することもなく、自力で浩子さんのもとに導かれていったのでした。今考えると、若いって素晴らしい!と、いうことですね。

幻のオーディオセット
 浩子さんの曲を美しく聴くためには、絶対にヤマハのアンプが必要だと思い、カタログを調べたり店に行ったりしました。でも、とても当時の高校生には、高くて手に入らない。そこで、考えたのが真空管アンプの自作です。手作りのアンプで浩子さんの歌が聴きたい。「オーディオ回路の設計」などという本を買い求め、わけも分からず勉強しました。しかし、難しすぎて挫折でした。ちょうど、インターネットを始めたばかりの初心者なのに、こうして、タグを使ってホームページを作っているようなものでした。あの頃と、行動パターンはあまり変わっていないなあ。成長していないのかしら。結局初期の浩子さんの歌は、1000円(当時)で友人から買ったぼろぼろプレーヤーと豪華3wayスピーカ搭載のモノラルラジカセで聴いていたのです。

長い煙草
 他のところにも書いたのですが、「カントリーガール」を聞いてから、長い煙草を吸うようになりました。今は、短い煙草なんですけれども。確か国産物だったと思うのですが、「TALK」という煙草です。浩子さんの歌に影響される、多感な青年時代だったのです。浩子さんのホームページを見たら、浩子さんは煙草は苦手だということを知りました。う〜ん。なぜだろう、世の中はうまくいかないものですね。

ひどいファンでした
 今なら時効ということで。浩子さんの歌には珈琲と煙草が絶対に合うんだ。煙草を吸いながら歌を聴きたいな。という思いがありました。そこで、コンサートで実行してしまったのです。東北のあるところでやったコンサート。小ホールだったので、浩子さんとの距離も近い。私は、おもむろにポットから珈琲を用意し、持っていた煙草に火をつけて浩子さんの歌を堪能しました。席は、通路側でした。自由席だったかな。ピアノを弾く浩子さんが横から見えたから。今考えると、とんでもないことですが・・・。よく、誰にも(主催者にも)止められなかったと、今頃、冷や汗が出てきます。谷山浩子様、真面目な谷山浩子のファンのみなさん、関係者のみなさん、この場を借りてお詫びいたします。ごめんなさい。m(_ _)mでも、すごく気分はよかったんです・・・。

コンサートの借金
 「コンサートに行こう」ということになり、お金がなくて困りました。学生時代は、暇はあったのですがお金がなかった。今は、お金はあるけれど暇がない。人生うまくいかないものです。(こんなため息ばかり)お金も暇も?機会も多い、都会のみなさんがとてもとてもうらやましい、今日この頃。そのときは、数人の友人から少しずつ借りまわっていたような。でも、返した記憶がないのです、借りたお金を。いまだにクレームがないことを考えると大丈夫だったんでしょうか。みんなで、協力し合いながらファンをやっていた頃のことです。

ともだち
 大学の寮に入ったばかりの日曜日。やることもなくて(ねこ曜日状態)、ぼんやりと窓際で浩子さんのテープを聴いていました。すると、窓の外に人影が!これが五階だったら怪談ですが、一階のすぐ外は庭だったので、声をかけられました。「あの、浩子さんの歌ですよね。浩子さんのファンですか?」私はびっくりしました、なにしろ、ただですら知らない人の多い浩子さんのことで、はじめて行った土地で知らない人に話しかけられたのですから。すぐに、部屋に上がってもらい、いろいろと浩子さんの話で盛り上がりました。相手は、同じ一年生。覚えていますか、お世話になりました。こんな、出会いもあるんですね。

つづく・・・









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わたしの大切な宝たち

私の大切な、大切な宝物たち。まあ、人にとってはどうでもいいものですが・・・

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おすすめの歌あれこれ

 谷山浩子さんの歌の中からお気に入りの歌を紹介します。かってな独り言ですが、気に入ったら、アルバムを聴いて下さい。

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 「教室の窓から見る秋は、いつも不思議に光ってた・・・」自分自身の教室の窓を離れてから、どれくらい経ったでしょうか?少なくとも、いつも誰かに守られていた窓の中は、実は人生の中で最も幸せな時間だったのかも知れません。自分の力で生きて行かなくてはならない立場になったときに、なつかしい教室の窓は生活の中で失ってしまった希望と共に遠い存在になってしまう。自立と、幼い自身への憧憬の歌です。
 単なる過去への感傷だけではありません、社会の現実を知り傷ついた心は、そのよりどころを無くしてさまよっています。現実の世界に帰るべき場所がないのです。かといって、自分の安全地帯であり、遠い未来を見つめていた「窓の時代」は、戻ってはきません。救いのない現代人の孤独な魂の声にならない叫びの歌でもあるのです。
 「すりガラス」と「ギリシャの海」、「午後の陽射し」と「遠いアコーディオン」の連想は、視覚的な想像と、聴覚的な想像の広がりを考えていく上で、非常に典型的な部分であると思います。遠くを見る眼と、けだるい感覚。浩子さんの他の歌の中にも繰り返されている、イメージの広がりです。「空翔ける船」は、ご自身の言葉で「空に浮かぶ雲が船の底に見えた」ということを言われていますが、こうした捉え方と発想が、他の様々な歌の中にでてくる、空を飛ぶ船のイメージの原点なのでしょう。
 感傷的なメロディーと、きらめくイメージの言葉で語られたこの歌は、私の一番のお気に入りです。


たずねる

 人間の孤独感を表現するのに、周りのあらゆるものからの疎外感をテーマにする。これは、救われようのない絶望的な孤独です。部屋の中の一つ一つの「もの」たちを点描し、自分の心を癒してくれる親しいものと表現しているのですが、自身は「もの」たちからの慰めではなくて、人間の愛を欲している。しかしその愛は、まだ現実のものとして存在しないか、たった今終わったばかりの寂しいものなのです。
 「私の部屋の中のやさしいおまえたち」と歌いながらも、彼女は「もの」からの愛なんか、全く欲していないのです。どこかに、すがろうとする、そしてそれを正当化し自分は孤独ではないと虚勢を張ろうとする、気休めを求めているだけで。部屋の中が彼女の内の世界であれば、自然は彼女の外の世界です。そして、この外の世界にも救いを求めようとして悲しみを深めていく。誰かの愛でしか救われないであろう孤独。失恋の歌なんですね。
 アルバム「夢半球」の中でも、「扉」「破れ傘」「たずねる」の最初の3曲の並びはすごみがあります。一つの恋愛の過程としての関連がある構成なのでしょうか。あまりにも、救いが無いと感じるのは私だけでしょうか。いつか、浩子さんは「頭の中には夢半球と、覚醒半球があって」ということを話していました。であれば、夢の失恋ということで、少しほっとするのですが・・・。


あたしの恋人

 人が人を愛するとき、やはり男と女では感覚が違うのだろうなと思います。といっても私も恋愛経験が豊富なわけではないので、浩子さんが示す愛の形を想像しての感想なのですが。動けない男(これは肉体的にだけではなく、精神的な束縛あるいはしがらみもあるのだと思う)を前に、「あなたが好き」「あたしのもの」「死ぬまでそばを離れない」を連呼するわけですから、かなり凄みがあります。
 この歌は怖い歌だという感想を聞きました、確かにあちらこちらの意見を聞くと異常な心理、あるいは、狂気を感じることが多いようです。常識では、はかれないものの恐怖でしょうか。しかし、そこでふと思います。自分が本当に好きなもの、長年憧れていたもの、苦労の末にやっと手に入れたもの、そういったものを前にしたときにはたして、どんな精神状態になるのか。その喜びと執着心は、他から見れば正に「あたし」の行為そのものなのではないか。この歌から感じる怖さは、自分の精神の中に潜む同様の狂気への恐れでもあるのでしょう。「あたし」が「恋人」に寄せる思いは、誰もが持つ普通の感覚の延長上にあるのです。
 でも、きっと男はそこまでの言葉は発しないでしょう。ですからこの歌は、浩子さんの非常に女性的な気持ちが強く表現されている歌であると言えます。こうした、狂気と紙一重の状態にある恋愛の感情は、浩子さんのお得意な分野の一つでもあります。アルバム「歪んだ王国」では、よりメルヘンチックに狂気の世界が広がっていきます。


ねこの森には帰れない

 初めて聞いた、運命的な曲です。谷山浩子=猫というイメージを確立した曲でもあります。メロディーのぎこちなさや、歌詞が少々破綻しているのですが、谷山浩子の世界への入り口を示してくれた曲として、理屈抜きで印象深い歌です
 「ねこの森」とは、どこなのか。おそらく詮索は無意味なのですが、誰もが心の中にもっている懐かしいあの世界、とでも考えておくと格好いいでしょうか。あるいは、バリにおけるネバーランドか、キャロルにおけるワンダーランドか、宮沢賢治におけるイーハトーブか。ますむらひろしのアタゴオルの森なんてのも考えられます。日常か非日常か不可分な世界観が浩子さんの作品の世界でもあるのです。
 詩の内容を追っていくと、一人の女性の自立する姿が描かれています。ふるさとから10年ぶりに届いた手紙に「思い出すなんてしたくないの」と、決別をする姿。ふるさとでいったい何があったのだうかと、思わず心配してしまいます。でも、彼女はこっちの世界では結構うまくやっているようです、仕事も恋人も見つけ、そして自分の居場所までもしっかりと見つけたのでしょう。ほっとしました。


闇に走れば

 男女の恋愛を歌った曲は、数多くありますが、浩子さんにはめずらしく、ストレートな感情を歌った曲がこの「闇に走れば」です。そこには、夢や別の世界でのぼんやりとした感傷ではなく、生々しい感情の深さが表されています。暗い夜の闇を走り抜ける自動車、ヘッドライトの明かりが、ただ人工的に水面を照らしていく。一切の音を感じない、冷たい情景が描かれています。
 車の中では、おそらく熱い心の底の想いとは裏腹に、ただ静かに「このままずっと・・・」というつぶやきだけが繰り返されるのです。この、二人のドライブの先にどんな結末が用意されているのか分かりません。二人の関係も、純粋な恋なのか、ひとときの愛なのか、全く何も語られていません。ただ、切ない想いが静かに流れていくだけ。思い詰めてしまったときと言うのは、実際にこんな様子なのでしょうか。
 静かに流れていく音楽は、この二人を乗せた車が永遠にどこかの闇の底をさまよっていくかに感じさせます。どこまで走り続けても、朝は来ないのです。彼女の願いのように。幻想的と言えば、この点だけが谷山さん流の世界でしょうか。「アクセルを踏んで」走り去る車は、現実の重苦しさを残して、印象の彼方に消えていくのです。


地上の星座

 「街の灯」を「水銀の星たち」と表現し、地上で営まれている人々の生活や想いの広がりを「星座」と表現することは、浩子さんが初めてではないと思います。しかし、浩子さんの浮かび上がらせた地上の空には、さまざまな想いの込められた光が瞬き続けています。自分の意識の奥深くに、閉じこめていた遠い記憶の断片が、それを忘れようとする母の心が、あるいは、大切な人の面影が。
 こうした、人々のこころが、都会の夜の景色の中に静かに、瞬いているのでしょうか。窓の外に広がる大都会の夜は、確かに思いの外静かで、やさしく輝いています。都会の夜景を初めてゆっくりと見たときに、その静けさに驚いたことを覚えています。これが、地上の星座なのかと納得することが出来ました。地上の星座は、現実の世界に確かに存在したものだったのです。
 重々しいリズムと音楽は、地上でうごめく人々の業の深さをイメージさせるかのようです。そして、その中に隠されている悲しみの数々を。










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浩子さんあれやこれや

谷山浩子さんに関する情報あれこれです。

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○谷山浩子さん関係のリンク

TANIYAMA HIROKO HOME PAGE
谷山浩子さん本人のホームページです。

谷山浩子deチャット!
HIROさん主催のホームページです。チャットでは、たくさんの浩子さんのファンの人たちに会えます。

にゃんにゃん通信
Pokonyanさんのホームページです。資料や楽しいコンテンツがいっぱいあります。

谷山浩子さんファンウェブリングです。下のバナーをクリックするとたくさんの浩子さんファンのホームページに飛んでいくことができます。
(ちなみに、フロントページにも付いてます。)


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○アルバム情報
 最近は、一年に一回のペースでアルバムを出していたようですが、今年は「ヒロコ タニヤマ セブンティース」に続いて、二枚目のアルバムが発売されるそうです。
 「僕は鳥じゃない」10月20日発売
なんとかかんとか、十数軒の店を回って、手に入れることが出来ました。すぐに欲しがらなければ、問題はなかったのにね。内容は、機会がありましたら・・・。

○コンサート情報
  なんと、今年はコンサートの予定がもうないそうです。ショックです。(;;)

○その他のお知らせ
 浩子さん関係のHPがネット上のあちらこちらにあります。浩子さんに興味を持ちましたら、ぜひご覧になって下さい。このHPでは、詳しいデータや情報、データベース等は載せていません。自分の知らないことについての想い出は語れないし、行ったこともないコンサートについて触れるのは、ちょっと悲しいからです。しかし、多くのファンの方が作っている様々なHPの業績が、浩子さんの世界を現実のものとして、私たちの前に形作ってくれていることに感謝いたします。浩子さんの、端っこの方のファンの一人として、喜びをかみしめております。

 谷山浩子さんのHPと相互リンクを張っていただけました。信じられない喜びです。ずっとファンで、こんなことが実現するなんて思ってもいませんでした。なんと表現したらいいのか・・・・とにかく、インターネットを始められたことに感謝です。(^−^)

 それと、「お便りの地層」に埋まりました。これも、びっくりです。リンクを張ってもらえたのもそうですが、初めてメールを送ったら掲載されたのですから・・・今年は、こんなにいいことばかりでいいのでしょうか。ふふふふふ、ちなみにリンクでは「mohoholmes」、地層では「mou」というハンドルになっています。(ささやかな宣伝、宣伝・・・)









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