畳って日本人にとって何?          

まず、風水の観点から(Dr.コパ 小林 祥晃氏の講演より)

 家は幸せになるために造る。なぜ、畳でなければならないのか?
  それは作法である。 畳に座って頭を下げると相手は納得する。
  一生に一回使うだけでも和室を造ることが大切。

  
風水では幸せになるため畳は必要。

 和室を家の中心に造り、そこに神棚と仏壇がいる。主の寝室をもって
  家の中心をなすとしており、鬼門は畳が吉相になる。
  真中に和室が造れないなら鬼門に、そして東南に玄関を造るとよい家になる。
  西に和室があればお金に困る事はない。 西に高級な畳を敷いて欲しい。

                           敷物新聞 2000,10,20号より引用

畳の語源

 畳の語源は”たたむ”
  
  今でこそ、畳は和室に敷き詰められたままですが、かつては現在の薄縁の
  ようなもので、何枚も重ねて敷き、そのうえで座ったり、寝たりしていました。
  当然、たたんで持ち運びしたものです。

  平安時代でも、普段は納戸の横に積み重ねておき、何かの集まりがあると
  持ち出して敷いた訳です。
  
  昔は畳は”たたむ”ものだったんですね。

畳の歴史

 日本は瑞穂の国にふさわしく、稲わらを利用して畳床をつくり、野生のい草を改良して畳表を
  織り、”畳”という素晴らしい敷物をつくりあげたのである。

  
平安時代の頃から畳としてその姿かたちを現わし、鎌倉時代、武家社会の発展により、
  書院造りが武家や僧侶の住居として、建築され
室町時代において完成し
  畳が部屋全体に敷かれるようになった。

  
桃山時代より江戸時代に入っていくに従い草庵風茶屋が発達し茶道の発展に伴なって
  数寄屋風書院造と変遷していく。
  
  そして茶室には四畳半茶室を基本として炉の位置により畳の敷き方が決まり、
  日本独特の”
正座”といる美技が生まれていった。

  江戸時代には
御畳奉行(おたたみぶぎょう)という役職がつくられるほど、武家
  特に将軍や大名にとっては重要なものとなる。

  江戸時代には畳の職人制が確立され畳は一般庶民の住まいにも普及していった。

  現代においては住宅の洋風化やカーペットの出現によって、畳需要の減少は否めないが
  畳の持つ、天然素材による素晴らしい特性は見直され和室はもちろん、
洋間にも敷ける畳
  して、今日まで使用されている。