「斜陽の地にて…」

   
―太陽に最も近き遺跡にて佇む―

  ケーナの 淳朴な旋律が 湖水を渡り、

  コンドルの双翼が 乾いた陽光を遮る。


  ―ふと、
  
ア ン デ ス
  褶曲山脈の稜線を 巨大な剣竜の骸だと

  錯覚させたのは、
                
いにしえ
  幾層もの気の遠くなるような 古の夢の年輪を

  内包している所為だろうか?


  希薄な大気に喘ぐ 異国の旅人を

  絹雲が嗤いを零して 流れゆく。

         
ティワナコ      プ レ ・ イ ン カ
  眼前の荒涼たる遺跡は 失われし文明の謎を残し
  
コンキスタドール
  征服者に蹂躙される 遥か以前の名残を曝す。


  優しく 髪を梳かしていく風に 振り向けば
                 
くすぐ
  過ぎ去った 時の息吹が 鼻腔を擽り

  酩酊する脳裏に 知るはずの無い 光景を映す。


  もう暫くは この風に酔えるだろう…

  フォルクローレの どこか懐かしき曲は

  途切れることなく 穹窿を震わせる。




   
「旅立ちへ…」

               
あぎと
  自らを喰らう ウロボロスの顎より

  ふつふつと湧き上がる 勁烈な感情は、
 
  御者たる者より 袂を分かち

  未だ知らざる世界へと 噴出する。

          
パラダイム
  展開する見識と 思考
          
ロジック
  容易に反転する 論理
          
フィロソファー
  不安定な次元の 住人。

  
  孵卵する 自我の容貌は

  既に 無数の瑕瑾を受け

  磨り硝子の如く 曇っていた。

  
  されど 混迷する思考は やがて止揚され
       
こころ
  綻びていた精神は 穏やかに修復されてゆく。


  いつか 思考の迷宮より 解き放たれた時

  君は 奇妙な哀愁を 覚えるだろう
  
  眩しかった 黄金時代の決別と

  一掬の 懐古と共に。



        
くちなわ
   
「雪原の蛇」

  
かざはな
  風花の耀う 雪原に
     
かばね
  蛇の 屍が一つ
  
にびいろ
  鈍色の腹皮を ひけらかす


  ―いつか知らず 風は止み

  神韻とした 境界無き絵に

  凍りついた塵埃は いざよう


  蛇の屍は 其処に在りて 語らず

  現象の一班として 視界に横たわるのみ

   
しこう
  ―而して また 風は吹き

  縹渺とした 境界無き絵を 塗り潰す


  二つの瞬きの後、
    
せいざん
  蛇の青山は 雪炎の中にて幽か。




   
「汀にて もの思ふ」
           
 わだつみ
  遠くに聞こえしは 綿津見の狂瀾
          
しょうしょう
  近くに響きしは 蕭蕭たる鼓動―

              
カノン
  残映に 果つること無き 波音

  耳朶に残りて 鳴り止まず
     
おもて    いざな
  赤闇き面へ 誘えば、

  (魅かるるまま 身を委ね 万有は溶け合ひ)

  神さびる 伽藍にて

  隠然たる 気と共に 懊悩を呑み込む。


  茫漠の水宮に 片影は流れ
           
こころ
  時知らずして 我が魂 汀にて凝然。


  蕭条とした 十六夜の照明、

  あえかなる者への 手向けの如く

  光を置きて たヾ静か―


  打ち寄せる 波の音さえ たヾ静か。



   
 もや
  
「舫い笛」

         
ろいろ
  眇めて見れば 蝋色に映りし 白皙の伶人―

  
 ヤと                   いにしえ
  谷戸には 雅なる 古の桜散りて
             
りゅうてき   ね 
  色めく大和路に 澄みし竜笛の音

  稠密なる 嵐気に溶け合い

  天地の狭間に 蟠る


  狩衣の衣ずれ

  しとどに濡れる 雪割草

  蠢動する山霊…

       
まれびと
  飄々とした客人は

  物静かな瞳で振り返り

  艶麗な唇を 綻ばせる。


  曇り見えぬ蝋色の 過ぎ来し方から
  
ひ が
  彼我を繋ぐ 舫いなるは
  
じょうじょう
  嫋嫋たる 竜笛の音―

  確かに届きて 色褪せず。