今年は、フランスの劇詩人で大使として東京に駐在したポール・クローデルの没後50周年に当たります。その記念行事の一環として、空中庭園では、クローデルの詩による創作能(新作)『薔薇の名――長谷寺の牡丹』と、昨年も再演して御好評を頂いた『内濠十二景、あるいは《二重の影》』を、能楽堂ヴァージョンとして上演致します。

『薔薇の名―長谷寺の牡丹』は、大使大使として日本に赴任していたクローデルが、奈良初瀬の長谷寺の牡丹に惹かれて、日本風短詩集『百扇帖』の主要なテーマとした詩篇を出発点に、「牡丹」の紅に「薔薇」の記憶を読もうとする謂れを能に仕組んだものです。1900年から5年間滞在していた中国福州で、美しい人妻と不倫の恋を体験した詩人の内心の劇が、福州鼓山の湧泉寺(これも観音寺です)の絶壁の草庵を訪れる日本人の詩人に、尼僧の姿をとった恋の主人公イゼによって語られます。イゼは、この事件の破局の後にクローデルが書いた戯曲『真昼に分かつ』(1906年)のヒロインの名です。その背景には、ワーグナーの楽劇『トリスタンとイゾルデ』の「愛の死」が透けて見えるだけではなく、アマテラス神話が重なっており、「イゼの名」は伊勢にゆかりの名でもあるというのが、作者の解釈です。そして、モデルとなったポーランド系の美しい人妻の名はロザリー、愛称がローザ(薔薇)だったのです。《薔薇の名》をめぐって、詩人の《真昼時の情念=受苦》と、老境に入った詩人の《瞑想の眼差し》とが、鼓山湧泉寺と初瀬の観音寺とを繋いで、《禁じられた恋》の意味を問います。

『内濠十二景、あるいは《二重の影》』も、滞日中の詩人大使が、日課となっていた皇居内濠の散策に事寄せて、日本の伝統的詩法(「瞑想の詩法」)についての省察を書き留めた詩篇『内濠十二景』と、同時期に書き進められていた集大成的戯曲『繻子の靴』「二日目」の幾つかの「超現実的な情景」を繋いで、三部構成の能に仕組んだものです。《禁じられた恋》の執念が「男女一体の二重の影」となってアフリカの白い壁に出現する「二重の影」、アフリカと新大陸に離れ離れになった恋人が「月光の水底」で、不可能な恋を語る「月」の場面、そして地上では引き裂かれた恋が、天上界では結ばれるであろうと和解の予兆を語る「オリオン星座の姿をとった聖ヤコブ」の情景などが、詩人の《内心の劇》の変容と、日本と言う異文化を読み解いていく《眼差し》の変容と言う《二重の変容を》、詩人が深く愛した能の発想と手法によって逆照射する作品です。2001年のフランス初演に続いて、2004年には東京・パリ・京都で上演して、絶賛を博した創作能です。

クローデルの詩による二つの創作能を上演するのは、20世紀フランスの最も重要な詩人・劇作家であり、同時に、深く日本の文化を理解した類稀な「聴き取る目」であったクローデルに、われわれの捧げるオマージュです。日本の演劇伝統と現代における舞台創造の接点を求める点で、問題は共有されると考えるからです。