会社が発展し続けるために、少子高齢化社会に適応した雇用管理を行うことが重要です。

定年延長と継続雇用制度
 高年齢者雇用安定法(高年齢者等の雇用の安定等に関する法律)の改正により、平成18年4月1日から65歳未満の定年の定めをしている事業主は、定年の引上げ、継続雇用制度の導入又は定年の定めの廃止のいずれかの高年齢雇用確保措置を講じることが義務付けられました。
 少子高齢化が急速に進む中、持続可能な年金制度であり続ける為に、厚生年金の支給開始年齢の段階的引上げがなされていますが、高年齢者雇用確保措置は、それにあわせて高年齢者が少なくとも年金の支給開始年齢まで働き続けることができるように事業主に一定の措置を講じることを義務付けたものといえ、高年齢者の生活にとって非常に大きな意味合いを持っています。
 また、事業主にとっては定年の引上げ、継続雇用制度の導入又は定年の定めの廃止のいずれの措置を講じるにしても、従来の雇用管理に重大な影響が及びますので、十分な検討を行なったうえで対応する必要があります。
 このページでは、高年齢者雇用安定法のうち、定年の引上げ、継続雇用制度の導入又は定年の定めの廃止について事業主に求められているポイントを概観し、どのような検討と対応を行えばよいのかを考えてみましょう。

1.高年齢者雇用確保措置とは − 改正高年齢者雇用安定法が事業主に求める措置 − 

社会保険労務士 寺嶌 綾子

(1)高年齢者雇用確保措置を講じなければならない事業主

 平成18年4月1日から施行される改正高年齢者雇用安定法第9条第1項において、定年(65歳未満のものに限る。)の定めをしている事業主は、その雇用する高年齢者の65歳までの安定した雇用を確保するため、次の各号に掲げる措置(以下「高年齢者雇用確保措置」という。)のいずれかを講じなければならないとされており、次の各号として、
   @当該定年の引上げ
   A継続雇用制度(現に雇用している高年齢者が希望するときは、当該高年齢者を
     その定年後も引き続いて雇用する制度をいう。以下同じ。)の導入
   B当該定年の定めの廃止
の3つの措置が挙げられています。
 65歳未満の定年の定めをしている事業主は、65歳までの安定した雇用を確保するために、必ず上記A又はBのいずれかの措置を講じなければなりません。
 但し、この「65歳」については、同法附則第4条で次の表のとおりに、期間区分に応じた年齢に読み替えられることとされています。

読み替えがなされる期間区分 読み替えられる年齢
平成18年4月1日から平成19年3月31日まで 62歳
平成20年4月1日から平成22年3月31日まで 63歳
平成22年4月1日から平成25年3月31日まで 64歳

 例えば平成18年4月1日から平成19年3月31日までの期間においては、62歳未満の定年を定めている事業主は、62歳までの安定した雇用を確保するために、必ず上記@、A又はBのいずれかの措置を講じなければならないということになり、その後も同様に期間区分に応じて年齢が読み替えられますが、平成26年4月1日以降は読み替えは無く、原則どおりとなります。
 

(2)それぞれの措置と雇用(経営)管理上の問題

  それでは、(1)で述べた措置について、考察を進めましょう。

@定年の引上げ、定年の定めの廃止
 定年の引上げを(1)で述べた法定の年齢以上に引上げし、又は、定年の定めを廃止してしまえば、それだけで高年齢者雇用安定法上の義務はクリアできます。しかし、例えば60歳定年を前提とした従来の賃金制度(賃金規程)や退職金制度(退職金規程)をそのままにしてこれらの措置をとった場合には、従業員中で相対的に賃金の高い高年齢者の比率が高まることにより賃金コストが増大し、高年齢者の退職時においては勤続年数が長くなったこと等により退職金コストが大幅に増大する等、切実なコスト問題に直面することが必然的となります。
 又、低成長経済のもとで、従業員の構成が高齢化している企業が一般に多く見られますが、そうした企業では、従業員に与える役職が不足し、昇進できないことで従業員の勤労モラル(意欲)に悪影響を及ぼしてしまう、いわゆるポスト不足問題が深刻しています。そこに、定年の引上げや定年の定めの廃止による勤続年数の長期化が加われば、いっそうこのポスト不足問題は深刻の度合いが深まると考えられます。
 さらに、定年の引上げや定年の定めの廃止は、必ずしも全ての従業員が望んでいるとは限らないことにも留意が必要です。従業員の中には、60歳で退職することを前提に、その後の予定を決めていた従業員がいるかもしれません。従来の退職金規程をそのままにして、定年の引上げや定年の定めの廃止がなされたならば、それらの従業員は60歳時点で自己都合退職としての不利な退職金を手にせざるを得なくなることもありえるわけです。この場合には、退職金規程等で何らかの経過的な措置を設けておくことが望ましいと言えるでしょう。
 定年の引上げや定年の定めの廃止は簡潔な措置ではありますが、以上のような問題について十分な検討を加えずに安易に行うと、経営的に大きなリスクとなる可能性があります。

A継続雇用制度
 継続雇用制度とは、現に雇用している高年齢者が希望するときは、当該高年齢者をその定年後も引き続いて雇用する制度を言い(高年齢者雇用安定法第9条第1項第2号)、これには次の2つの制度が考えられます。
    @ 定年の年齢に達した者を退職させることなく引き続き雇用する勤務延長制度
    A 定年の年齢に達した者をいったん退職させた後、再び雇用する再雇用制度
 そして事業主は、当該事業所に労働者の過半数で組織する労働組合がある場合においてはその労働組合、労働者の過半数で組織する労働組合がない場合においては労働者の過半数を代表する者との書面による協定により、継続雇用制度の対象となる高年齢者に係る基準を定め、当該基準に基づく制度を導入したときは、継続雇用制度による措置を講じたものとみなされます(高年齢者雇用安定法第9条第2項)。
 これは、企業によりそれぞれ実情が異なることから、それぞれの企業の労使が十分な協議と納得のうえで、継続雇用制度の対象となる高年齢者に係る基準を定めることを、法が認めたものといえます。
 継続雇用制度においても、上記@で述べた定年の引上げや定年の定めの廃止と同様に、従業員中の高年齢者比率の高まりと勤続年数の長期化等に係る諸問題を完全に回避できるわけではありませんが、継続雇用制度では、継続雇用制度の対象となる高年齢者に係る基準について、労働協約又は労使協定の締結を条件として、一定の範囲内で(法の趣旨の範囲内)で工夫を行い柔軟に定めることが可能です。
(1)基準の策定

 継続雇用制度の対象となる高年齢者に係る基準とはどのようなものなのでしょうか。
 そもそも継続雇用制度が、現在雇用している高年齢者が希望すれば、当該高年齢者をその定年後も引き続いて雇用する制度であるのを原則としているのに対して、継続雇用制度の対象となる高年齢者に係る基準は一定の高年齢者の継続雇用を排除する基準であるといえますので、これを無制限に許せば改正高年齢者雇用安定法が義務付けている高年齢者雇用確保措置はもとより、改正高年齢者雇用安定法そのものが無意味なものとなりかねません。
 したがって、継続雇用制度の対象となる高年齢者に係る基準については、事業主が恣意的に対象者を選別することを可能とするものであることは適切ではないと考えられ、又、関連する労働法規等や公序良俗に反するものは認められません。
 適切ではないと考えられる例として、労働行政当局では次の@からDを挙げています。

     @ 「会社が必要と認めた者に限る」
       (基準がないことと等しく、これのみでは改正高年齢者雇用安定法の趣旨に反するおそれがあります。)
     A 「上司の推薦がある者に限る」
       (基準がないことと等しく、これのみでは改正高年齢者雇用安定法の趣旨に反するおそれがあります。)
     B 「男性(女性)に限る」
       (男女差別に該当するおそれがあります。)
     C 「年金(定額部分)の支給を受けていない者に限る」
       (男女差別に該当するおそれがあります。)
     D 「組合活動に従事していない者に限る」
       (不当労働行為に該当するおそれがあります。)

 一方、望ましい基準とはどのようなものでしょうか。これはそれぞれの企業における労使の考え方や実情によって異なりえるものではありますが、これについて労働行政当局は、具体性と客観性の2つの観点に留意して策定されたものが望ましいと考えるとして次の2つの観点を示し、また「望ましい基準」という表現は使わないまでも、参考として基準の具体例を挙げています。

    観点@:意欲、能力等を具体的に測るものであること(具体性)
         労働者自ら基準に適合するか否かを一定程度予見することができ、
         到達していない労働者に対して能力開発等を促すことができるような
         具体性を有するものであること。
    観点A:必要とされる能力が客観的に示されており、該当可能性を予見することが
         できるものであること(予見性)
         企業や上司等の主観的選択ではなく、基準に該当するか否かを労働者が
         客観的に予見可能で、該当の有無について紛争を招くことがないよう配慮
         されたものであること。

    <基準の具体例>
       @「働く意思・意欲」に関する基準の例
         ・引き続き勤務することを希望している者
         ・定年退職後も会社で勤務に精勤する意欲がある者
         ・本人が再雇用を希望する意思を有する者
         ・再雇用を希望し、意欲のある者
         ・勤労意欲に富み、引き続き勤務を希望する者
         ・定年退職○年前の時点で、本人に再雇用の希望を確認し、気力について
          適当と認められる者
       A「勤務態度」に関する基準の例
         ・過去○年間の出勤率○%以上の者
         ・懲戒処分該当者でないこと
         ・人事考課、昇給査定において、著しく評価が悪くないこと
         ・無断欠勤がないこと
       B「健康」に関する基準の例
         ・直近の健康診断の結果、業務遂行に問題がないこと
         ・直近○カ年の定期健康診断結果を産業医が判断し、就業上、支障がないこと
         ・60歳以降に従事する業務を遂行する上で支障がないと判断されること
         ・定年退職○年前の時点で、体力について適切と認められる者
         ・体力的に勤務継続可能である者
         ・勤務に支障がない健康状態にある者
       C「能力・経験」に関する基準の例
         ・過去○年間の賞与考課が管理職○以上、一般職○以上であること
         ・過去○年間の平均考課が○以上であること
         ・人事考課の平均が○以上であること
         ・業務成績、業績考課が普通の水準以上であること
         ・工事・保守の遂行技術を保持していること
         ・職能資格が○級以上、職務レベル○以上
         ・社内技能検定○級以上を取得していること
         ・建設業務に関する資格を保持していること
         ・技能系は○級、事務系は実務職○級相当の能力を有すること
         ・定年時管理職であった者、又は社内資格等級○以上の者
         ・○級土木施行管理技士、○級工事施行管理技士、○級建築施行管理技士、
          ○級造園施行管理技士、○級電気施行管理技師等の資格を有し、現場代理人
          業務経験者又は設計者である者
         ・企業に設置義務のある資格又は営業人脈、製造技術、法知識等の専門知識を
          有していること
       D「技能伝承等その他」に関する基準の例
         ・指導教育の技能を有する者
         ・定年退職後直ちに業務に従事できる者
         ・自宅もしくは自己の用意する住居より通勤可能な者
         ・勤続○年以上の者

 以上、これらが直ちに望ましい基準であるとされているわけではありませんが、少なくとも具体性と客観性を持った基準がどのようなものであるかについては、十分に参考にすることができる例示となっています。
 継続雇用制度の対象となる高年齢者に係る基準を定めるにあたって押さえておくべき点は、労働者において自分が基準に該当するのか否か、どのようにすれば基準に該当するのかについて、予見することが可能な具体性と客観性があり、かつ、企業又は上司の主観(恣意)的な判断による運用が可能とされていないことだと言えるでしょう。
 さて、これまで継続雇用制度の対象となる高年齢者の基準の内容の適切性について見てきましたが、忘れてはならないのは、当該基準を定めるにあたっての労働協約又は労使協定の締結が事業主の一方的なものであるなど不適正なものであった場合には、当該基準の内容が適切なものであるのか否かの問題以前に、当該基準が有効か否かの問題となりかねず、さらには、労使関係の将来にも望ましからぬ影響を残しかねないということです。労使で十分な協議を行ない、労使の納得のうえで労働協約又は労使協定の締結に至るまでの過程には、当該基準の内容がどのようなものであるかの問題以前の重要性があるともいえますので留意が必要です。
(2)就業規則等による継続雇用制度の対象となる高年齢者に係る基準

 継続雇用制度の対象となる高年齢者に係る基準を定めるにあたっては、労働協約又は労使協定の締結が必要とされていますが、事業主が努力したにもかかわらず協議が調わず、これら労働協約又は労使協定の締結ができなかった場合については、改正高年齢者雇用安定法附則第5条等に特例が規定されています。
 すなわち、平成18年4月1日から平成21年3月31日まで(常時雇用する労働者の数が300人以上の中小企業の事業主は平成23年3月31日まで)の間、事業主は継続雇用制度の対象となる高年齢者に係る基準を定める労働協約又は労使協定の締結をするために努力をしたにもかかわらず協議が調わないときは、就業規則その他これに準ずるものにより、継続雇用制度の対象となる高年齢者に係る基準を定め、当該基準に基づく制度を導入することができます。
 なお、この特例はあくまで事業主が努力したにもかかわらず協議が調わなかった場合にしか適用されませんので、まずは事業主が、労働協約又は労使協定の締結をするために、労使間での話し合いを行なう努力をすることが必要です。一方的に提案の通知を行なっただけでは、ここでいう努力をしたことにはならないと言えるでしょう。
2.継続雇用制度の対象となる高年齢者に係る基準について − 具体性と客観性 −

3.少子高齢化社会への対応 − 高年齢者の意欲と能力の活用を − 

(1)事業主の責務

 事業主は、その雇用する高年齢者について職業能力の開発及び向上並びに作業施設の改善その他の諸条件の整備を行い、並びにその雇用する高年齢者等について再就職の援助等を行うことにより、その意欲及び能力に応じてその者のための雇用の機会の確保等が図られるよう努めなければなりません(高年齢者雇用安定法第4条)。
 また、事業主は、その雇用する労働者が高齢期においてその意欲及び能力に応じて就業することにより職業生活の充実を図ることができるようにするため、その高齢期における職業生活の設計について必要な援助を行うよう努めなくてはなりません(同条第2項)。

(2)少子高齢化社会のもとで発展するために

 少子高齢化の進展により、企業は労働力の確保を新卒労働者を始めとする若年労働者の採用に頼ってばかりはいられなくなります。もちろん、新卒労働者を始めとする若年労働者の採用と育成がこれからも重要であることには変わりはありませんが、今後の企業経営にとっては、これまで自社で経験を重ね能力を磨いてきた高年齢者が、さらに新しい職業能力を身に付けることができて、高年齢者が働きやすい諸環境を整えることの重要性は相対的に大きくなると言えるでしょう。
 少子高齢化の最中、高年齢者の意欲と能力の活用を図ることは、実は高年齢者雇用安定法に定められるまでもなく、少子高齢化のもとで発展しようとする企業にとっては重要なことと言えるのかもしれません

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