1225 "My Fairy tale of Christmas"



こんな話をしてみよう。

なんだっけ。
クリスマスの話で大好きな詩がある。
なんだろう。あんまり正確じゃないんだけど。
ディケンズだったと思いこんでいたが、どうやら違うらしい。

女の子が神様に宛てた手紙。その中の一節だ。

「かみさま、かわいい弟をありがとう。
でも。わたしがほしいっておいのりしたのはこいぬです」

そこだけをよく覚えてて、かわいいなあ。なんて。


数年前の事。

僕は物心ついて初めてたったひとりでクリスマスを過ごした。

いつも彼女だか、友達だか、家族だかと過ごしたクリスマスの夜をはじめて一人で過ごした。
仕事だったわけ。

なんだかずいぶん乗り遅れた気がして、友達のパーティの誘いにも乗り気じゃなくって。
仕事用のバッグを抱えて、ふらふらと町を歩いた。

クリスマスなんて楽しい時を過ごすための口実。
別にこれといって理由も思い入れもあるわけじゃないし。なんて。

でも、大きな道路の両脇には豆電球がぴかぴか点滅してるし、
街はいつもと違って遅くまでカップルが多くて、妙ににぎわっちゃって、
ちょっと悲しい気持ちになった。

なぜか遅くまで営業してるパン屋の前では女の子が悲鳴のように、残ったケーキを売るのに必死で。

なんとなく安かったので一個買った。
どうしよう。

残りの3個のうちの一個。
女の子はとてもとても喜んでくれた。

ま。いいか。

右手にバッグ、左手にケーキ。

所在なく立ちつくしていると,
いきなりなにかが後ろから左肩に思いっきりぶつかってきたんだ。
僕はおもいっきり前に膝から落ちて、ケーキの箱は前にトンっと放り出された。

見上げると困ったような顔の女の子が僕を見下ろしていた。
まつげが上も下も尋常ではない跳ね上がり方をした、衿と裾に狐色のファーがついたショートコートを着た、ミニスカートの、えーっと。要するに当時よく流行っていた109あたりにいそうな女の子だった。
彼女は、僕と行き先とまるで2つの磁石の真ん中にあるパチンコの玉みたいにしばらくユラユラして
すみませんと言うとまた走り去った。

周囲のカップルが何組か遠巻きに僕を見下ろしていた。
あらあら可哀想に。大事なケーキもぼろぼろだよ。

残念ながら遅かれ早かれそうなる運命だったんですよ。ご心配なく。

僕はゆっくり立ち上がると、汚れたコートの裾をはらってケーキの箱を取り上げた。
幸い外見は大丈夫そうだが。まあ。中身は見られたもんではないだろう。

なんだかホントに悲しくなった。
ろくな事はないよ。もう。帰ろう。

それからもしばらくぶらぶらしていた。
帰る踏ん切りがつかなかった。
ようやく帰る気になった頃にはすっかり周囲の明かりも暗くなってきて、地下鉄の駅に近づくにつれ事態はさらに悲しい方向に動いていることがわかった。

駅の明かりはとうに落ちてどうやら終電にも見放されたようだ。深夜バスまであと30分ほど待たなければならない。

絶望的な気持ちで引き返そうとすると先ほどの女の子が円柱の前に所在なさげに立っている。
この街から逃れる方法は、田舎だから地下鉄と私鉄が1本、それとバス。

どうやら彼女は僕と同じ方向にお家があるらしい。

半泣き。と言う言葉がこれほど似つかわしい半泣きはなかった。
顔はうなだれ肩は「ガックリ」と書き文字で肩の上に書きたくなるほど。

僕はなんとはなしにその近くを歩いてみた。
彼女はすぐに気づいてくれ、しばし唖然とした顔をして「すみませんでした」と妙に体育会系風のわびを言って深々と頭を下げた。外見とのギャップに思わず笑ってしまった。

「間に合わなかった?」

彼女は地下鉄の看板を見上げてから、「あのタクシーで帰りますから大丈夫です」と早口で言った。
そう。もう十分。なんとなく満足だ。
さあ帰ろう。

「あの。弁償します」
とケーキの箱を見つめながら言う。

「あー。いいすいいす。別に誰に買ったわけじゃないから」
知らない人によけいなことを言うものだ。

彼女は私の顔をじーっとみて何かを訴えている。
近づいていいかという許可のようだ。
なるほど僕らは2mも離れて話している。

僕の方から近づいてあげる。
近づく度に彼女が「あーすみません」と何度も言う。

「大丈夫ですか」と彼女。
「さあ?あけてみようか」

ケーキの箱は取手と一体になった、上から両側に開くタイプで、僕はしゃがみ込んで箱を地面に置いた。
彼女は少しだけよりそうようにして上からのぞき込んだ。

かみ合わせた部分をはずして、まるで爆弾処理班のようにおそるおそる 。

そして同時に二人は小さく声をあげた。

ケーキは、イチゴとプレート、サンタの飾りあたりが吹っ飛んでいたが、ケーキ自体は見事に原型をとどめている。まあ、飾りを戻せば元通りくらいにはなりそうだ。要はこのケーキどうやら安物で生地は堅いわ、クリームはバタークリームってことなのかもしれない。

ともあれ二人は安堵の笑顔を交わした。

「よかったぁ」
と、彼女は言った。
その顔はちょっとかわいいじゃんって思えた。

「あの。よかったらもって帰りません?」
と僕は言った。
「え?」
と彼女。

ちょっとあまりにも唐突だったかもしれない。

「いや、もって帰っても一人だし。誰かいるでしょう?」
「ええ?えー。はい」

援交オヤジと思われたろうか。

「ケーキありますか」
「えー。ううん」

「じゃあもって帰って。食えるし」

一瞬沈黙があったその時だ。

僕の目の前に茶色の袖がすーっと回ってきて頭蓋骨を締め付けられた。

それはハタからみたらずいぶん変な図だろう。
かしづいたおじさんの頭をイケイケの彼女が締め上げてるように見えるだろう。
僕の頭のてっぺんは彼女の胸に押しつけられて、少し横を向いた僕の顔は眼鏡がずれて鼻に刺さってすごく痛い。
だけど僕は何も言わなかったし、彼女も何も言わなかった。

どれくらいそうしていたんだろう。


ずいぶん長く感じられたが、たぶん10秒ほど。確かに長い。そして彼女は「ありがと」と言って僕を解放してくれたのだった


彼女はにっと笑うとケーキの箱を胸に抱えてもう一度深くお辞儀をして立ち去った。
最後まで体育会系だ。
僕は片手を中途半端にあげて反対側にきびすを返しバス停に向かった。

帰りのバスの中ずっと考えていた。
もしかしたら悪いことをしたのかもしれない。

つまらないことを言っちゃって、とても可哀想なおじさんと思われたのかもしれない。
ケーキを持て余しているかもしれない。

あるいは彼女ももしかしたら、もう待っている人はいないのかも。
だってそうだろう。がっくりしている暇があるならタクシーに急いで乗ればいい。
多分そうだ。そうだったらいいのに。

窓の外は雨が降り出している。
雪には変わりそうにはないが。
世の中、そんなにうまく行きはしないんだ。

とにかくあの瞬間寂しい二人はクリスマスを分け合ったんだろうか。

多分、今年も一人ではなかったなあ。と思った。


かみさまかわいい弟をありがとう。
だけど、わたしがほしいってお祈りしたのはこいぬです。



僕の一番美しいクリスマスの思い出だ。





(自慢ともゆう