.1225 -ハロークリスマス- 別にクリスマスがあってもなくてもいいけれど。 クリスマスが楽しいイベントであることに違いないわけで。 一人で過ごすのはしょうがないとして。失業保険の説明会に指定されるのはどうだろう。 無職の独り者には気の利いたクリスマスプレゼント?それとも罰ゲーム? よりにもよって近所の会場は改築中とかで、前の会社のすぐ近くに行かなきゃならないのはちょとした苦痛ではあった。 なんとなく地下鉄やバスに乗るのがうっとおしくて、自転車で行ったのは失敗。寒い。 片道40分。途中から小雨が降り小雨はみぞれとなった。 今夜はホワイトクリスマスになるかもしれない。 無意識のうちに用心深く避けているのに、繁華街が近づくにつれクリスマスのディスプレイが段々と増えてくる。クリスマス帝国へようこそ。 小さなうら寂しい会議室に50人のさまざまな人々が、集まった。 心のこもってないビデオと通り一遍の説明が長々と2時間半続くらしい。 意外なことに当初、会場には妙な緊張感のなさが漂っていた。まあ、そんなものかもしれない。 ビデオに先立ってと、係員が繰り返し僕らに伝えたいのはただひとつ、 「働く気もなしに金もらおうと思うなよ」と。 それを軽石のように頑なで緊張感のない集団が、すーっと吸い込んでいく。 まあ、説明するほうもやるせない感じだ。 ところが。 ビデオの上映の直前くらいで、「すみませんすみません」と声を荒げて入ってきた男がいた。 今日の説明会を受けなければ来月の失業給付金は受けられない。 遅刻にあわてているのも仕方ない話だが。 席は満席なので、男は後ろから最前列まで歩み出なければなかった。 ちょっと楳図かずおみたいな、アザミのような顔と頭をして空気が詰まりすぎのダウンジャケットの同じ年の男。 これが、子連れだった。小学校1年生の男の子といったところ。 男は妙にぺこぺこしながら最前列のド真中(大人が集まってもやはりココが空くのがおかしい)に座り、子供もなぜかなぜかぺこりと頭を下げて座った。 子供にこの説明会はツラいだろうな。 と、思ったんだけど案の定20分と持たなかった。 ビデオの途中で、メトロノームのように小気味良く右っ左っ右っ左っと揺れ始め、時折ぴたっと止まる。変拍子だ。 多分、父親が注意しているのだろう。くすくす。と、抑えた笑い声が聞こえる。 ビデオが終わると今度は「帰ろう帰ろう」と、まあ子供なりに気を使っているんだろうけど、父親にささやくように言う。父親が弱りきった声で、子供の後頭部をぱんと軽く張る。こどもはおおげさに頭を抱え込んでゆらゆらする。 無味乾燥な説明をしていた係員の声に、妙にしっとりした調子が加わってきた。 目線がちらちらと子供の方に行っている。係員もおかしくてしょうがないようだ。 子供を中心に、妙にやさしげな一体感が一瞬生まれる。いい感じだ。 そして、その好調曲線はやがて下降していく。 ありていに言えば、ガキうぜえ。というところだ。 子供に罪はない。こんな会場にじっとしておけという方が土台ムリなのだ。 弱りきった親父は、係員にちょっと会釈して子供を連れて出て行く。 一瞬安堵する会場。 「大人しくせんか」 と、声が聞こえ、それに反するように子供が「お母さんとこにぃ帰ろうよぉ」と、か細い声で言っている。 多分、その短いやりとりを会場の全員が聞き耳立てていたに違いない。たぶん係員も。 整然とした雰囲気が戻り、会場は一見やや真剣な説明会となったように見える。 だが、会場に集まった何一つ共通点のないバラバラな人たち。 生活に疲れたようなサラリーマン(風)、自分の父親ほどの年にも見える老人、髪を真っ赤に染めた正体不明の女性、でっぷりと太った中小企業の社長風の男、明らかに社会人であることに興味がなさそうな若者、まるでスーパーに買い物にきたついでに立ち寄ったように見えるおばさんなどなど。 多分、みな頭の中にアザミのような中年と、やんちゃな子供のドラマに思いをはせた。 お母さんトコに帰りたい子供の家族と、ここにくるまでのイキサツを多くの人が考えたに違いない。 そして、ちょっと自分の立場をしみじみ考えた。 そんな風に僕は思えた。 まあ、人生いろいろだ。 オフィス街の裏側のその建物から外に出ると、冷たい風が身に染みた。 小雨は再びみぞれ交じりになっていた。 ぞろぞろと出てくる人たちの中に、先ほどの親子が手をつないで出てきた。 父親の手には僕と同じ封筒が握られているようだ。まずは良かった。 二人は地下鉄の駅に向かって、なにやら話しながら去っていく。 僕と同年代の彼は、僕より幸せなのかあるいは不幸なのか。 どうぞ彼らにも良い来年が訪れることを。 できれば僕にも。 僕は自転車を駐輪場から引っ張り出し、そのまま街へと向かった。 クリスマス帝国へゲリラのごとく潜入する。 映画でも観るつもりだ。