.スウェーデン式モーニングセット スウェーデン式モーニングセット  日本て子供のころはもっと広かったような気がする。  少なくとも北海道と九州を1泊2日で回れるほどではなかったように思う。  だけども大阪から都内の私鉄を乗り継いで行くのは、北海道より遠いように思われる。なんだかわからないが、世界は狂っているのだと思う。多分。  そんなつまらないことを考えながら現実とまどろみの間をふらふらしていたら、電車の外は大きな二級河川を渡っていた。  早朝独特の不思議なくらい薄っぺらな日差しに、緑のなだらかな土手が光っている。水がほんの少ししか流れていない川底は、無意味な生命感にあふれた雑草がつやつやと輝いていてその間にタンクトップのおじさんがなにやら水底をあさっている。打ち上げられた魚でもさがしているんだろうか。  鉄橋を渡ると再び住宅が増えてくる。  川向うはいわゆる高級住宅街なんだろう。りっぱな建物が多い。 都心から約1時間半くらいだろうか。東京には住みたくないなあとつくづく思う。  僕は今、大阪の端っこに住んでいる。  用事がなければ一生こんな所までこないかもしれない。まして、精神状態はすこぶる悪い。  仕事以外で人と会うのなど1ヶ月ぶりくらいかもしれない。  十数年ぶりに友人と会うのだ。  その頃、僕も彼も博多に住んでいた。  彼は同じ会社の同僚だったが、ある日突然、ホントに突然バーを開くのだといって会社を辞めた。  僕らは友人同士ということになっていた。 友人ではあったんだろうけど、彼と僕は正反対で始終喧嘩ばかりしていた。今となってはそれを友人と呼ぶのかどうかさえはっきりしない。  例えば彼は会社員のクセにアゴ髭をたくわえ、皆からは「クマ」とあだ名をつけられる巨大な男。 一方の僕はちっちゃくてひ弱な坊やと言ったかんじ。  例えば彼は一言で言えばうさんくさい。生まれついてのうさんくささと言っていい。  そして僕はといえば、知ったかぶりの鼻持ちならない本格志向だったりした。  会社を退職してしばらくして、深夜突然、彼は僕のマンションに乱入してきた。そして開店祝いだといって僕の宝物のMachintoshSEという、白いポストのようなクラシックなパソコンを奪っていった。そして数ヶ月。  学生街の古いサラ金会社が入っている3階建てのビルの地下に彼の店はオープンしたのだ。  突然、会議中に電話がかかり、わけもわからず最初の客として彼の店に行った。  彼いわくアーリーアメリカンにこだわったという店内は、ローズウッド風のバーカウンターと古材をつかった内装はぱっと見立派で、低い天井もアンバー系の照明も確かにそれらしい雰囲気ではあった。  ただ全体の3分の一は資金が足りなかったのか何なのか、普通のパネルに気持ちいいほどバレバレの古材風の「絵」が書いてあるクロスが張ってあって非常に気になったし、いきなりメニューに「タコチューハイ」と殴り書きされているのはいかがなものか。  おまけにせっかく献上したMacはバーカウンターの隅で画面いっぱいに「占いまし〜ん」とスロットの図柄とともに映し出され(ただそのソフトは社内パーティ用に僕がいれていたものだけど)、レトロでフューチャーなカッコイイ姿を台無しにしてくれていた。  ついでに言うとその日出された料理は、潔いほどまずかった。  彼はバンダナを巻いたスピルバーグのような顔にオーバーオールを着こんで「なかなかイけるだろ?」と、カウンター越しにちぎりすぎてオガクズのようになったビーフジャーキーを勧めながら自慢げに言った。 「くだらん」  と、僕は喧嘩を売って、しばしのドラマを繰り広げた結果、彼とはそれきりになった。  電車が大きく揺れた。  僕はやっぱり眠っていたらしい、ガラガラの車内に運転手のくぐもったアナウンスがひびいた。 「次ぃは、ふゎーふぁふぁふぁー、ふわーふぁふぁふぁでございます」 わかりゃしない。  しないが、次で降りなければいけない。  改札が2つしかない駅から外に出ると、眩しい光と美しい色彩に一瞬眩暈がした。  小さいけれど、駅前には半径3mほどの植えこみがあって黄色い花が咲き乱れている。  ロータリー風の駅前からは太い道が3方に伸びていてそれぞれなだらかな坂道が上に向かっている。  人工的だが品のよい町並みだ。ふぁーふぁふぁふぁという街は。  初夏というよりは春の陽気。気分は上々だ。  とりあえず真中の道を歩こう。  今にして思えば、ずいぶん突っかかったりして僕も嫌なやつだった。  逆にそれきり会うことさえなかった僕を探し出して、招待してくれた彼はタイシタもんだ。と素直に思う。成功すると人間は変わるもんだな。と思うとちょっと自分が惨めだ。  彼のその後は、だから伝聞になるのだけれど。  どうやらそのインチキバー。流行っていたらしい。 彼は、僕と違って細かいところにこだわらない代わりに商売はものすごくうまい。おそらくだましだまし常連をつけ高い酒でも売りつけていたのだろう。  その後、店でまだ出始めのごっついシルバーリングなどを販売し始め、どうやらそっちの方が儲かると踏んだらしい。彼はあっという間に店をたたみ、シルバーの卸しに専念。 いっかにも彼らしいエピソードだ。  住居を東京に移してやがてそれも成功を収めた。  今では年商3億の卸しの会社の社長となった。らしい。  そんな彼から突然十数年ぶりの手紙が来たのは、ほんの数日前の話だ。  僕は何度も転居し、すでに僕の居所がわかるわけもないのに。随分探しただろう。 僕は会社でそれを受け取り、まるでいかがわしい通販のDMのようにあわててかばんに突っ込んだ。結局、読んだのはそれから2日後のこと。  見慣れた殴り書きの僕の名前。  文面はいきなり、十年ぶりにまた飲食店を開きます。と唐突に始まった。 久しぶりに顔をみたいと思います。最初の店の最初の客はあなただったので、今度も最初の客だとゲンが良い。積もる話もありますし、できればぜひ。  なんていうのだろう。感情のほとばしりが微塵も感じられない。  しかもなんと期日指定の飛行機のチケット入りだ。 「プレオープンのご招待」という印刷した案内状と地図。  こっちの都合もあるだろう。相変わらずの自己中心ぶりにげんなりしてしまった。  だけど、結局こうしてなだらかな坂道をこうして僕は歩いている。  僕は会社の上司に、ウソを言ってありもしない商談をデッチあげて行くことにした。 明日の午後には戻らないといけない。  こうやって彼のことを思い出すにつれ、あの憤懣やるかたない思いがよみがえってきた。この調子ではまたケンカでもするのでは、と心配だ。 なんとはなしに、後悔。  なんで、来ちゃったんだろう。  坂道を上るにつれ両側は住宅街になっていた。家々は住宅展示場のように豪華だが生活感がなく、時間が朝早いせいなのだろうか。思いのほか静かだ。 閑静な住宅街というのはこういうことなのかな。と、思った。  途中にクリーニング屋が入った小さな3階建てのビルがあり、クリーニング屋の隣に小さな花屋がある。  そうだ。お招きに預かって手ぶらであることに気がついた。  どうも、こういう時に僕は気がきかない。  狭い花屋に入って開店祝いになにか花を。と頼むと、細面に白髪頭をオールバックにした品のいい老人がメタルフレームの小さなメガネをかけながら出てきた。それならば観用植物の鉢がいいですよ。と薦めてくれた。  なるほど、そういうもんなんだ。  ついでに、彼の店の場所をたずねる。間違いないようだ。  店の主人もその場所を良く知っていた。彼の店はもともと画廊だったらしい。 先ほど注文のあった花をとどけたとのこと。  招待券をもらったので、午後には行ってみようと思うんですよ。と笑った。  住民もほどほどに嫌味がなく、良い町だな。  彼もこういう町に似合う人間になったのだろうか。  いくつかの角を過ぎ、地図のとおりの角を曲がる。  大きな道から、少し狭い道路へ。  そのあたりは両側の家の高い塀から木々があふれ出ていてちょっとした緑のアーチのようにも見える。  たまたま井戸端会議をしている3人組の主婦がこちらを見て怪訝そうに肩越しに見ている。  やっぱ、僕には似合わないみたい。  突然あることを思いついた。  ああ。そうなのかなあ。と思った。  10数年の年月を経て、僕はうさんくさくなっちゃったんだろう。  彼と僕とは入れ替わっちゃったんじゃないだろうか。  そう考えると時間が恨めしい。  気に触ったので、ちょっとキツい視線を与えると主婦達は大いにパニクって一瞬の後、僕はいないことになった。数秒前にもどって僕に背中を向けておしゃべりに戻った。  ますます憂鬱になってきた。  木々のアーチを抜けたところにその店はあった。  正面は木が覆っていて(この町はジャングルみたいにどこでも木ばっかりだ)幅2mほどの開け放った鉄扉とゆるやかにカーブするステップしか見えないが、その向こうは白くてやはり大きくアールした建物がのぞいている。  1.5階というところだろうか。階段の下はおそらく半分地下にもぐった駐車場か倉庫だろう。  元は小さなギャラリーだったというのが、うなずけるコジャレた外観だ。 レンガを積んだ門の柱には、わざと腐食させた銅板が貼り付けてあり「Cafe Tambourine」と筆記体で焼き付けてある。南仏風の足のついたテラコッタの鉢から観用植物が地面までたれている。  ただし、パチンコ屋のオープンみたいな花輪は控えるほうが良いと思われる。なんとかさん江ってヤツだ。これかさっきの花屋は。  低いステップをあがっていくと、4畳半くらいの(今気づいたけど我ながら「4畳半」とたとえるのが悲しい)板張りのテラスになっていてテーブルが二つ。テラスの回りには下にあった観用植物の鉢が並んでいる。  大きくカーブした大きなガラス張りの正面が内側に開いていて、そこが入り口だ。  外が明るいせいで、奥は見えない。  帰ろうかな。と、思った。  もうちょっとマシな精神状態の時に来ればよかった。  今の僕はあまりにも後ろ向きで卑屈すぎやしないか?  今の僕には彼に勝てない。まあ、勝ち負けではないんだけど。  そんなことをウジウジ考えていると、ショートカットのかわいい女性が軽く飛ぶようにジョウロをもって出てきた。 「あ」と、僕を見て固まった。  もう、よろしいその反応は。 「あのすみません。ご招待のお客様ですか?オープンは11時半からなんですけど」 「ああ、そうですか。僕、ここのオーナーの九州時代の知り合いなんです」  すると、彼女、突然ぱっと表情が代わって親指と人差し指のチョキの形で僕をさした。  これは「わかった!」のサインらしい。わかりやすいコだ。 「福岡からの。はいはい、あのどうぞ。オーナーすぐ来ますから」  案内されるまま中へ入る。  入り口の小さくてカラフルなショートケーキが詰まったGケースの前をとおって中に入ると、シックな外観とちょっと趣が違う。  入り口とそれに続く角のない丸い壁がガラス張りになっていて、写真のようにきれいな斜めの光を送り込んでいる。明るいフローリングの店内の真中には楕円形の大きなテーブルがあってその周りをアウトドア風の木のテーブルと籐の小さいがすわり心地よさそうないすが取り囲んでいる。一番奥はソファ席で鮮やかなレッド、青のレザー。  壁にはウッドのフレームの大きな写真パネルで、モノクロの古いスクーターや、牧羊犬が走り回る草原の写真。  ちょっと風変わりなのは、木のテーブルにはわざわざ上品なチェックのクロスがかかっている。しかも淡い赤とブルーが交互に。よくみると所々にパステルカラーの色が施されていていたりして。シンプルにしておけばよいものを。  なんとなくであるが「すごく高級感のあるミスタードーナッツ」みたいなのだ。    窓際の席に案内され、「お飲み物は紅茶でいいですか?」と言って奥に去った。  思いのほか籐製の椅子は座り心地が良かった。  しばらくして、もうひとつチグハグな理由が見つかった。音楽だ。  先ほどまではアコースティックの素朴な女性ボーカルだったが、突然にぎやかなバンドに変わる。タンタンタタタンっタンタンタタタンッとペラペラのタンバリンみたいなスネアがエンエン続く。どうも外観と内装と音楽が不似合いだ。  相変わらずセンスは悪い。  そんなことを考えながらテーブルの上のメニューを手に取る。 「タコチューハイ」て書いてあったりして。  ん?  それはどうやら午前中のモーニングメニューなのだろう。   おびただしい紅茶とわずかなコーヒー、聞いたこともないソフトドリンク。  そして「スウェーディッシュ・モーニングセット」だ。 「おまたせしました」  先ほどの女性が、紅茶を運んできた。 「ああ、すみません。あのですね」  ん?と彼女。なんだか中国のモデルみたいでエキゾチックだ。 「あーすみません。あのぅ社長はちょっと遅れると連絡がありまして。すみません。そういう方なんです」  よく知ってる。 「そうじゃなくって、このモーニングはできますか?」  彼女しばらく考えて、何故考えなきゃいけないのかしらないけれど、ちょっと厨房に聞いてきます。と奥の若いスタッフに目配せし、スタッフはキッチンに消えた。  奥から「オッケーでえす」と声が聞こえてきた。 「大丈夫です。すぐお待ちしますね?」  ああ、そうかプレオープンだ。用意してなかったのかもしれない。 「ああ、なんだかすみません」 「いいんですいいんです。初めてのオーダーなんで緊張しちゃって」  と、彼女は笑った。どうも年齢がわからない。  まごまごしてると彼女の方が話し掛けてきた。 「あのぅ社長の古いお友達なんですよね」 「えー。まぁそうです」 「ふーん」  ふーん。と終わらされても。 「いい店ですね」 「いいでしょう。私も最初ここを借りれるって聞いて一目で気に入っちゃって」  私?  ものすごく噛み合わない会話のような気がする。 「あ。すみません。私、あの人の奥さんなんです」  しばらく絶句してしまった。  自分で自分を「奥さん」というのもなかなかだけど、彼の奥さんだとは思わなかった。 随分若い奥さんをもらったものだ。  11時を過ぎても客の来る気配もなく、奥さんと僕はしばらく話をした。  奥さんは彼の会社の従業員だったらしい。どうして彼と結婚したのか。なんて聞きたいのだけど聞けなかった。  奥さんがカフェをやりたいと言い出して、見つけたのがここらしい。なんとも羨ましい話だ。スキーをやりたいと言ったらスキー場を買ってくれるのだろう。 「私はね。どちらかというと南フランス風のカフェをやりたかったの」  『の』って。彼女すごく面白い。楽しい生活だろうな。 「でも、結局内装からメニューまで彼が全部決めちゃって。『フランスなんてつまらない。スウェーデンがいいよ』って」  そうか。そうなの?  この店はスウェーデンのイメージなのか。 「へえ。スウェーデンねえ」 「スウェーデンって私わからないんですよ」 「でも。可愛いです」 「かわいいって、ヘンですね」 てケラケラって笑った。  悪意こそないが中年男の『かわいい』がヘンなのだろうけど。ちょっと恥ずかしいじゃないか。  やがて、軽いチンというベルの音がした。  彼女は動こうとした奥の女の子を軽く手で制して、奥に戻っていった。  モーニングはベージュのプラスチックのプレートに乗ってやってきた。これがまたプラスチックだ。  良く焼けたクロワッサンが2つ。  ホワイトソースのかかった小さなオムレツ。ガラスの小さな器にはサラダ。  そしてヨーグルトもついてくる。セットに頼んだアールグレイのアイスティー。  彼女がすごく近くまで顔を近づけてきた。  気になるのだろうが、ちょっと接客向いてないような気もする。  さて困った。  どこがスウェーデンなんだろう。  ヨーグルトか?それはブルガリアとかスイスとかじゃなかろうか。  とりあえず、クロワッサンをかじったとたん、こらえきれずに僕は破裂したように笑いだしてしまった。  クロワッサンがとてもおいしかったから。  チェックのテーブルクロスも、牧羊犬も、ヨーグルトも相変わらずのインチキだ。  どこにもないスウェーデン。彼の病は相変わらずどころか進行しちゃっている。  奥さんは、僕が大笑いをするのを呆然とみていたが、やがて彼女も笑い出した。  だけど、思ったんだ。  クロワッサンはサクサクしてうまいし、トロッとしたオムレツも悪くない。アールグレイは香りが良くてすっきりとしていて、ヨーグルトさえいい後味だ。  怪しげな中年が笑うのに、付き合って笑う性格の良い奥さんがいて。  この場所は居心地が良い。  そして、彼のインチキを笑って許せる僕がいた。  彼は変わってないし、僕も変わっちゃいない。そして、おそらく彼も変わったし、僕も変わってしまったのだろう。彼も僕も何か大切なものを失って、何か大切なものを手に入れもしただろう。  ウソもホントも、インチキも誠実も実は大して意味がない。 少なくとも今はちょっと幸せで、ここはとってもいいカフェだ。  今をどれだけすばらしく生きれるんだろう。  あり合わせの材料で作った、彼女の夕食が豪華なレストランよりうまいのは何故だろう。  自分のために書かれたへったくそな絵画に感動できるのはなぜだろう。  本物ってなんだろう。本物は幸せとイコールじゃないし、インチキと本物だって実はイコールかもしれない。  なにがおかしいんですか?といいながら彼女はいつまでも笑っていて、いつまでも来ない招待客と主人を待っている。  とてもおいしいですごめんなさいといいながら、僕も笑いが止まらない。 奥の女の子は、僕らを見て気味悪そうに後すざっている。  僕は、このスウェーデン式モーニングセットを食べたら帰ろうと思う。  僕は十分彼と会えた。10数年前より僕と彼は近づいたんだし。  僕は傍らの観用植物を、素敵な彼女にあげて大阪に戻ろうと思う。  するとその時、開けっ放しの扉の向こうから車が止まる音がして、せわしなくドアを閉める音がした。  僕と彼女は顔を見合わせて、音のなる方を見つめた。  だけど。それから後は、余談だ。 (c)TIN2002