戦争だよ その時、僕は近所の漫画喫茶でコーヒーを飲んでいた。 綺麗で広いその店は、異常にふかふかした大きなフェイクレザーのソファと、1時間のチャージ料込み450円のモーニング。僕にとっては単なる喫茶店にすぎない。 起きるなりその店に向かったので、戦争が始まるのを知ったのはその店のオープンフロアに備え付けの音のでないテレビでだった。 「開戦秒読み」の文字が躍る新聞越しに、ブッシュが例によってアメリカ人で最も信用ならない表情で喋っている。もちろん聞こえない。 何度新聞を読んでもわからない。アルカイダがどうしてイラクになったのか。国連で反対されてもアメリカはなぜ戦争をして、正義なのか。経緯は理解してもわからない。苛立つけどわからない。 サラリーマン風の男性あるいは女性が数名、学生風の男の子が4人、僕と同様の招待不明の男女が数名。 みんな一向に興味がなさそうだ。 「アメリカ人は賛成なんだってなあ」と隣の学生風が、タマちゃんの話題と同じような口調でもう一人につぶやくように言って、またマンガに視線を落とした。 それはわかる。 そういうものだ。もともと強くあることを望む声が強い国民性と、911の悲劇の当事国だもの。それ以上に、国家はそういう操作に長ける。知らず知らずにターボかけられちゃう物だと思っている。日本だって例外じゃない。 僕はコーヒーをおかわりして、音のでないテレビをながめていた。 ここ数日、年老いた両親はてきめんにふさぎ込みがちになった。 湾岸戦争の時もそうだった。70数年間彼らは密かに何かを押さえつけて生きてきたのだ。と、思ったりする。 だけど僕にはわからない事が多すぎる。知ったかぶりで偉そうに語ることも、斜に構えた利口そうな事も言えそうな気もするけれど、居心地の悪い違和感を表現できない。 分かるのは、明日日本が戦場になってもおかしくない時代だ。ということ。戦争が理由で働き先が一つ失われたことくらいだ。 客はさらに増えて、座り心地の良いソファが埋まり始めた。 みな雑誌やら新聞やらマンガやらに目を落とし、店内はショパンが小さくかかっている。 時折、ボックスから人が出入りしテレビに一瞥をくれて立ち去る。 控えめだが通る声で、従業員が挨拶をする声が聞こえる。 日本で一番無関心の群れに、僕もまた加わっている。 僕の座ってる席から、ちょうど正面に見える自動ドアがまた開いた。 しょぼくれた僕と同じ年くらいの親父が、小さい女の子の手を引いて入ってきた。まあ、同類だろう。 父親が手続きする間も待ちきれないらしくて、女の子はピンク色のコートをはためかせて、マンガの棚の森にトコトコトコトコっと飛び込んでいき、しばらくするともうマンガを手に持って走ってきた。 静の極みの漫画喫茶の中で、走り回る彼女はまぶしいくらい生命感に溢れている。そんな彼女がテレビの前で立ち止まった。 「パパせんそー。せんそーだよ」 バッと。 まるでそれこそマンガのように、全員がバッと顔を上げテレビを見た。 くぐもった空にまばゆい光が飛び立っていく図が映し出されている。 しばらく、みんな無言で画面を見つめている。 せんそーだよ。 2003.3.20TIN