橋本インソムニア2
大体、俺らは営業で外回りが多いんだけど毎週金曜日は集合日でさ。営業の人間は全員集まって今週の報告と来週のミーティングとかするんだよ。すっごいイヤなんだよ。
うん。だから、確かその日は金曜日だよ。
マズいけど安い社員食堂のど真ん中しか空いてなくってさ。満員電車のあいてる席にケツ突っ込むみたいにして座ったんだよ。
ヤツぁちょっと箸をつけては休み、マズそうに食っては、ため息ついててさ。なんか元気ねんだよな。
珍しいんだよな。
そん時だよ。突然何気なくヤツぁ言ったんだ。
「眠たいんだよね」
ビックリしたよ。
それよかビックリしたのは食堂中にアイツを中心にして、こう、なんだ、沈黙の輪っかみたいのが波紋みたいにわーーって広がっていったんだよ。それくらい有名なんだけどさアイツ。
「もしかしたら不眠症か」て俺言った。
「んや。いつもどおり」
「7時間?」
「7時間」
「睡眠不足なんて珍しいじゃん」
「うん」て、しばらく無理やり飯突っ込んで「起きちゃうからさ、俺ってさ」て言った。
「病気だろう?病気だよ。病院に行った方がいいよ」
なんとなく食堂中がうなずいたような気配を感じたよ。
暗かったよね。なんとなくまだ奥が深いのかなって。うん。そう思った。
アイツだって大人だからさ。
でも俺は女だな。って直感した。俺は女でしか悩まないからさ。仕事なんて悩む?普通。
「橋本さあ。俺ら友達だったりするじゃん?」
「うん」
「あのさあ。なんか悩んでるんだったらよ。いつでも言えよな。別にさ。いいからさあ」なんて。俺 いいヤツだよな。
橋本はさ。何か言いたそうだったけど。
「ありがとうな。そん時は絶対言う」ていった。
その日はそれっきり。
だけどさ。俺的には結構衝撃だったわけ。高校時代からアイツが眠いシュチエーションなんて一回もなかったからさ。
確かに大学の二年のときにテニス部の下級生にイれこんじゃってさ。まあしばらく付き合ってたんだけど。結局、とんでもなく裏切られちゃって。
8股かけられてたんだよ。すごくない?8股。タコじゃねんだからさあ。
それもだよ。彼女のマンションで遊んでたら、別の男が来ちゃってさ。彼女にあわててベランダにおん出されてしかも、しばらくして下を見たら別の同級生の男の子がまた来てたつんだからさ。行列のできるラーメン屋じゃあるまいしよ。大昔のコントみたいなホントの話。
まあいいんだけど。
そん時でもわーわー泣いてたけど、キチンと寝てるんだから。普通死ぬだろう?そうでもないか。すげえ悲しそうなんだけど、7時間はキッチリ寝るんだからさあ。
今回は普通の恋じゃねーなと俺は読んだわけ。
えー。っと。
その日は確かね。残業で9時過ぎくらいに終わってさあ。
かったるいから誰か遊んでくんないかなーとか思ってタイムカードの前で待ってたんだけど、アレだよね、そういうときに限って冷たいのね。世間てさあ。
しょうがないからお決まりの「Insomunia」に行った。
「Insomunia」って、まあなんだろう。飲み屋だよ。クラブか?よくわかんないけど、80年代はすごく流行ったらしいけど、今はさびれててさ。友達がいっぱいいるし、なんかいつもいるんだよ。まあ、ラクだよ。ん。昔風のでっかいソファがあってさ。マジいい店。
そこでいつもの連中となんか盛り上がってさ。そしたら、まあ例によってだけど終電逃しちゃってさ。
しょーがねーよな。
終電車に乗り遅れると決まって俺はね、橋本んちで泊まることになってる。なってるってねアレだけど。
理由は2つあって、1つはその店から近いんだよ。歩いて20分くらい。うん。会社より近いんだよな。
もう1つはアイツんちのカギ持ってる。ひゃははは。持ってるんだよ俺。悪いことしてないんだけど、いつも寝てるけどそれで良かったらいいよお。って。んで作った。友達だよな。なんてシンミリ。そういうときだけってハナシもあるけど。
最初にちょっと言ったけどさあ。
ヤツぁ家探すの天才なんだよ。俺んちも探してもらったのね。まあ、俺はどっちかつーと、ちょっと離れててもいいから広くて音楽ガンガン掛けても文句でないような、コンビニとでっかいレンタルビデオとパチンコ屋が近いクリーニング屋の2階くらいで家賃9万以内とか言って。見つけるんだよねこれが。どうやって探してるのかわかんないんだけど。なんかそういうヘンな才能があるんだよ。うん。
橋本んちはさ。
会社に歩ける距離で家賃は7万以内だ。とか言って探してたんだけど、俺いくらなんでもねーよって。大都会のど真ん中だろうよって。あるわけねーよな。普通。
それでさ。あったのが今のアパート。橋本のね。
もうね。芸術だよ。ど真ん中だよ。
都会のエアスポットみたいなんだよ。ホラ原宿の裏のほうとかちょっとあったりするじゃん。普通の家。
広域地図かなんかで見るとわかるんだけど、アイツのアパートの最寄駅って地下鉄とか色々3つくらいあって、ちょうど3つの駅の真中にあるんだよな。どの駅も歩いて15分以上かかるんだよ。アレ不思議なんだよなー。ある道は直線距離でもかかるしさ。地図では近そうな道はエラく迂回しないとたどり着かないしさ。地下鉄の駅の片方は気持ち近いんだけど、会社行くのに乗り換えないといけないんだよな。すごいんだ。絶妙に不便なんだよ。結局近道で会社に歩いても電車に乗ってもそんなに変わらないもんね。
ビルとビルの間に何軒か片寄せあうように民家があって、そのうちのひとつがアイツのアパートなんだよね。なんかね。第2次大戦で生き残ったとかなんとか、ホントかどうか知らないけどさ。なんか昔の写真とかで出てくるようなコンクリートなんだけど、エーゲ海あたりにありそうな遺跡みたいな2階建て。すごいんだって見たら分かるけど。
アパートの入り口がサーフボートぶった切ったみたいな逆U字の扉がついててそこに小さくステンドグラスみたいな灯り取りの窓がついてんの。なんか感覚おかしくなりそうなさ。
とにかく、そのアパートに俺行ったのよ。
ファミマが見えてきたらそろそろなんだ。そこの細い道を曲がって5分くらい。だんだん回りの風景が怪しくなってくるんだよね。
ぽこっと。
なんかほんとぽこっとあるんだよアパートがさ。
で、ステンドグラス押して中に入るだろ、正面に階段があって、木じゃないよ。なんか全部の隅っこが茶色になってるコンクリート剥き出しの階段。急なんだけど。それをあがってすぐ右が橋本の部屋。
通路側の鉄格子みたいのがはまってる窓から中の様子をちょっと伺うけど、カーテンかかっててさ。いつもは開けっ放しなのに。
カギを開けてそおっと中をのぞいたのね。
起きないって分かっててもさすがに気を使うよな。普通な。
玄関脇のスイッチをつけたんだよね。
外観と違って中は一回リフォームしてるから、天井が異常に低いけど結構綺麗で広いんだけどね。なんか例によってCDとか漫画とか散らかしてあって。壁際にベッドがあって。
橋本いないんだよね。
ぎゃーーーーって悲鳴上げそうになったよ。
だって寝てないんだよ。わかる?
どっかいっちやんの。
いや、休みの前の日なら結構夜更かししてるんだけどさ。仕事あるのに夜中の2時過ぎて寝てないって事は明日会社に遅刻するって宣言してるようなもんだからさ。アイツの場合は。
なんでか知らないけど、理屈から言えばアイツ7時間起きない男じゃなくなってるわけだよ。うん。ちょっと衝撃だよ。
しばらく、2人がけの真っ赤なソファに座ってボーっとしてたわけ。
俺、落ち着かなくてさ。
だってそうじゃない。なんか見ちゃいけないところを見ちゃったみたいでさ。これなら、女とヤってるところに入ったほうがまだマシって思ったよ。
結局、30分もしないで帰る事にした。うん。しょうがないからさ。タクシーで帰るかなみたいな。
アパートの外にアイツの愛用のママチャリがあってね。ははあ。これは遠くにいったな。と俺は思ったんだけどね。結構俺って細かいところに気が付くんだよ。ね。結構探偵みたいだよね。俺ね。
そいでまた怪しい通りを通ってさ。
ファミマの通りに出て気が付いた。
橋本がいるんだよなファミマに。
ブルーのストライプのロンT着てさ、なんか雑誌読んでるんだよ。
多分、来た時から居たんだと思うんだ。あいつが外にいるなんて思わないからさ。きっと素通りしたんだと思う。うん。
なんでかな。
そん時、俺見なかったことにして帰ろって思ったんだ。
そしたらさ。アイツ気づきやがってよ。ガラス越しに雑誌片手に手ふってんの。
なんか嫌な予感がしたんだよね。
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