うりだい! -人徳という名の文字列-

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瓜生良治という人がいる。

この人がいなければ,今のPalmの世界はなかったろうという偉大な方々が何人かいるが、彼もまたその一人である。

氏は日本初のPalmユーザーグループ「PUGO」の発起人である。
さらに日本のUG(ユーザーグループ)も束ねる「全国PalmUG連絡会(PUG-J)」でも求心力そのものの活躍をされている。少なからずPalmの世界でイベントに参加したことがある人ならば、一度ならずとその名前を耳にするという、全国的に名の知れた重要人物なのである。

ハードでもソフトでもないもうひとつの世界の有名人が瓜生氏なのだ。

という、大仰な紹介をして本人と会うと百発百中肩透かしを食らうことになる。
なぜならば童顔で爽やか系の飄々とした氏は(若く見えるが年齢は不詳)、所謂ヲタクとも政治家のそれとも無縁な風貌であり出で立ちであるのだ。

一方で彼は「ジャンケンキング」とも呼ばれる。まあ、勝手に呼んでる。
ユーザーが集まる大きなパーティ(飲み会ともいう)では瓜生氏の関西仕込みの軽妙かつスムースなトークと共に行われるジャンケン大会なしには、決して終わることはない。ある種の舞台芸術の域に達している(やや大袈裟な表現をしてみた)。

私も何度かお会いしている。
大体、癒し系の顔で笑っている。スポットライトに浴びていない時の氏は、実にあたりさわりなくその風景に溶け込みほこほこと周囲を笑かしにかかっている。

その裏で実は、日々、献身的にPalm世界の連携に駆けずり回り(本業とは別にだ)精力的に動き回っていることもまたすぐに気付くが、もっと重要な氏の才能に驚愕する。

それは「人徳」だ。
無論、日々の献身的な努力や大きなリスクから小さな作業まで、一身に背負うパワーと行動力も誰にも真似できないが、それ以上に彼自身の魅力は最早持って生まれたものとしか考えられない。

どこにでもハマる、どこにでも馴染む。
彼は花であり華であり、そしてなにより触媒である。

時に触媒型の人間に出会うことがある。非常に稀だが。
その人の周りに人が集まる。その周りで動き始める。
衝突やいさかいも最終的には「彼のため」と、また動く。
このタイプの人間は「性格が良い」であるとか「努力家」であるとか「頭がよい」などと、色々な美辞麗句がつきまとうが突き詰めれば「人徳」という言葉に集約されるタイプ。
触媒型。

それは誰もが憧れるあり方のひとつだが、瓜生氏はそういうタイプの人間だと思われる。
まあ、見事に誉めたおしているが、欠点を知るほどに長い付き合いではないともいえるのだろう。ただ当たらずとも遠からずではなかろうか。

まだまだ新参者の私でさえ、それが見て取れる彼と出会ったPalm(とそのコミュニティ)はまた幸運だ。

そんな瓜生氏なのであるが、2001年7月に突然、自分のHPをつくったのが「うりだい!」である。
これは、「Uriu's Diary」の略からもわかるように、不定期に更新される日記である。

「Palm。Mac。仕事。本。マンガ。映画。人。コト。思い。気分。 」
というサブコピーどおり、日々気の赴くままに書かれるコラムというところ。ボリュームも、時に文体すらも赴くままに、それは鋭い時評であったり、時におまぬけな逸話披露であったり、ハートウォーミングなレポートであったりする。

どこがどうというわけではないけれど、瓜生氏そのままといえる。
例えば私の友人の一人は一切の基礎知識なく「うりだい!」を読んで、「この人に会ってみたい」といわしめた。

「うりだい!」でかつて一番の代表作といえそうなものに「一人でがんばっているあなたへ」と題されたコラムがある。

これは沖縄の伊平島に住む、たったひとりのPalmユーザーからのメールを機に、まだまだ日本には直接会えない人がいっぱいいる。ということに改めて気づいた瓜生氏の思いと、それを機にはじまった読者とのメールのやりとりから成る葛藤のレポートでもある。

まあ、凡庸な私のような人間からすれば、会えない人がいることに何の不思議もないわけであるけれど、瓜生氏はこう言う。
「ネット上のコミュニケーションを求めている人は、それ以上に実際に会うことを求めているのではないか?」と思い「瓜生は会って欲しいと思うのです」と。

この思いに打たれる。飄々としながら実に熱い誠に稀有な人なのである。

その類稀な行動力はやがてPUG-Jにて「都道府県別掲示板」を設置することである種の結実をするのである。

「ネットが発達しても人と人は会うべき」という信念に基づいて改めて考えるこの項は、Palmユーザーに限らずぜひご一読をお勧めする。人徳の人である瓜生氏は実は信念の人であって、人間が好きな人なのである。


更新もされないのに私は、時折訪れては既読の文章を開いてみたり、伸び縮みするウリ坊をただ眺めて次のサイトへと向かったりする。
それは文章を通して、瓜生氏に会いに行くことに違いない。

Palmなんて単なる機械だよな。とよく思う。
機械にただまとわりつく種類の人間は決して多くはない。
瓜生氏もこう語る「Palmって、やっぱり、きっと、“コミュニケーション・ツール”なんですよ、多分...。 」。
瓜生氏はPalmファンではない。恐らく。Palmユーザーのファンなのかもしれない。


ぜひ一度この宿を訪れ、主人に会いたくなって欲しい。


参考資料(嫌がらせともいう)

【後日談】
この文章を書いた後、やにわにコミュニティ論がこの世界の片隅で盛り上がった。今の世界にコミュニティなんているのかしら、祭上げる神様なんているのかしら。と。
僕は思うのだ。少なくともその恩恵をこうむった人間は一人いる。
僕の半径30cmはその影響で人生をちょっぴり軌道修正されてしまった。
それでいいんじゃないかと思うのだ。





Back Last Update : 2002/12/12