2005年3月6日

ただいまカラヴァッジョの聖マタイの絵がある何とかフランチェージ教会の席に座って書いております。ここまで早速散々歩いて結構疲れているのでこうしたところで一回書いておかないと後で帰った後ひどい目に会いますから。疲れているときに何か思いつくのは至難の業。小手先のことは思いついても実際に見た中身のことまであまり頭が回らなくなりますから。

さて、今日はまずヴァチカンに行くつもりだったのですが、地下鉄のホームを赤線でバッティスティーニ方面に行こうと歩きながら、そのあまりに人の少なさに気が付き、よく考えたら今日は日曜日であったことにようやく思い当たりました。あたりまえですが日曜日は教会にとってはミサの日ですから開いてないわけです。ということで多少天気が悪いことが気になるもののコロッセオに行き先を変更。



朝の九時前にはコロッセオに着いたのですが、この時点でお客さんはほとんどゼロに近かった。これで晴れていれば最高だったのですがあいにくの雨。14エウーロ払って音声ガイドにかじりつきながらいろんなことに感心したりして楽しかったのですが、終わったころには足が棒になっておりました。

具体的に何が興味深かったかというといろいろありましたね。それまでは映画で見た知識と実際に見たものを比べていろんな事を想像していたに過ぎなかったのですが、実際に説明を聞くとその状況が目に浮かびます。

一番驚いたのが、この巨大な競技場の真中に奈落を作って、そこから競技者があたかも無から飛び出すような仕掛けを作っていた、ということ。つるべの原理、つまりてこの原理でもでも使っていたんでしょう(考えてみればこの時期にすでにピタゴラスは過去の人だ。そう考えると文明というものは恐ろしい。)、一種のエレヴェーターのような仕掛けで出てきたようです。今冷静になって考えてみると井戸の水を汲むのに使う原理がある以上、人力で同じ原理を使って上にものをあげること自体は決して不可能ではないですね。ただ、その人数が10人一度、ということを聞かされるとそれは大変な仕掛けであったことが容易に想像ができます。どうも今現在はいることができない舞台側の方面からは多少はその構造をしのぶことができたようなのでそれが見れなかったのはなんとも残念でした。

次に驚いたのが、どの皇帝のときだったのかをいまいち思い出せないのですがハドリアヌス帝のときだったか、凱旋を記念して大競技会を催したわけです。そのとき舞台の上に乗った剣闘士1万人、対する猛獣1万1千匹が地で地を洗って大狩猟を繰り広げた、というお話。そのときの動物の骨かは知りませんが下のほうに残っていたとかいないのとか。お客さんの数が4万人から7万人ぐらいと想定される競技場においてこのような大狩猟はまさに興奮の坩堝だったことでしょう。下層階民の人たちは45度以上もある急な階段をはって上がっていって、元老院の貴族たちも30度近い階段を駆け上がってこの様子を見ていたわけだ。

その光景はまさに血で血を洗ったものであったに違いなく、人々はまさに興奮の坩堝に巻き込まれていたことだろう。

あと、興味深かったのが、競技場の口が二つあるんですけど、片方が生きて出て行く勝者の道、もう片方が死んで運ばれていく死者の道、という話。勇ましく戦って栄誉ある死を遂げようとするものは自らの死を栄誉あるものとして終わらせてもらえるように群集に乞うのです。そしてそれが許されたものは死の刻印の焼き鏝を押され、偽装すら免れない形でその場から取り除かれ、その死はそこに確定する。たとえそのまま生き残ったとしても、そのものの一生は恥辱にまみれたものになることであろう。

つまり、死の偽装を成功したとしても、結局体に刻印は残るわけで、そのまま生き残ることは難しかったわけです。まさにデッド・オア・アライヴ。

コロッセオにまつわる話は大変血なまぐさいもの。競技者の平均年齢が30を越すこと自体まれであり、また一般市民においてもそれを越すことがそれほどあたりまえでもなかった時代であったからこそ成り立ったものでもあったのでしょう。キリスト教がこの国に浸透するにつれて徐々にその熱気も廃れていき、そこにあった大理石も時代の流れの中でサン・ピエトロの建築材になるなどいろんなところに運ばれてしまいコロッセオはその原形をかろうじてとどめるだけのものになったわけです。

あまり詳しくは知らないのですが城の外壁に関しては後世になって新しく観光客用に再現されたものであるのは間違いありません。入り口から見て反対側に見られるドーリア・イオニア・コリントの順の柱に関しては当時のものだと思います。尤も、かなりがんばって修復したあとがあります。



さて、これらの見物が終わると僕らはパラティーノの丘に行きました。この丘から見える古代ギリシャの模倣の建築物、またローマ皇帝時代の遺跡群は絶景です。奥のほうにはアウグストゥスの競技場やチルコ・マッシモという、古代ローマ王タルクイニウスが作った原始的な競技場など非常に牧歌的な風景を見せています。松の木は一つ一つ誇り高くそびえオリーブの木々は風に戯れオレンジはまぶしく光る。そうした風景の中に明るい日差しと柔らかな風を受けると自分の中の時間と空間が遺跡の風景にあいまって古代の中に飛んでいくようです。



そうこうしているうちに昼になりました。最初の予定で食事をするはずだった場所が休みで、せっかくだからということで僕のお勧めのスペイン広場のトラットリーアまで足を伸ばすことに。ウェイターのおじさんは2週間前と同じように同じセンスを披露しながら僕らに食事を運んでくれました。なんと言うか、うちのルイージにすごく似ているんですよね、このトラットリーア・ジージのおじさん。ジージはルイージの愛称なのですが、たまたまにしてもずいぶん似た人が世の中にいるものだなと。顔が似ている、ということはよくありますが、センスが似ている、というのはあるようで実はあまりないことだと思います。

ちなみに後日談として、兄の採点としてあの店はだめだそうです。なぜかと言うと比較的良く食べるほうのぼくらが二人ともプリモセコンドを完食するのにあえいでいるような店は問題があるとの事。まあ、プリモだけ食べて後はアンティパストかコントルノで済ませればいいだろうと思うのですが。(僕がだめだって言ったのは、違う店だよ。:兄注)

昼を食べ終わるとコンドッティ通りをひたすら下っていって橋にであったところで左に曲がり、ナヴォーナ広場に。ここで四つの河の噴水などに再びめぐり合った後、当初からいく、といっていたフランチェージの教会が3時半まで空かないため急遽河を見に行くことに。河まで行くと今度はカステルサンタンジェロが見え、それではと中の見学をすることに。

トスカの舞台カステルサンタンジェロ。中に入るのは初めて。いったん地下に潜ってそこから馬車がとおるような通路を上がっていき、あとは順路に沿って中世から近代にかけての聖十字軍の制服の展示を見た後、一番上までやってきました。あまり知らないんですけど、ここから身を投げるわけですよね、トスカは。

しかし、身を投げるのならやはり橋側でしょう。ほかの方向にどのように身を投げたとしても骨折程度ですんでしまいます。しかし、よく劇にあるように後ろ向きに飛んでいく、というのは僕はないと思います。というか、そんな女性はあまりにも現実的でポエジーがない。実際火事で高いところから飛び降りなければどちら道死ぬ、という状況で飛び降りることができないのは男性で、女性は正面から飛び降りて気を失ってでも助かるほうが多いそうです。だからこそ、後ろ向きで、撃たれるように落ちてゆくのが美しい。尤も、この場合信頼関係が第一になりますけどね。

ここまで書いて思ったけど、どうでもいいですね。歌う人が巧ければどんな風に落ちて言っても納得すると思うですハイ。



そして再びナヴォーナからフランチェージへ。このカラヴァッジョの物語性は本当にインパクトがある。その捕らえられた瞬間の筋肉の凝縮、発せられる緊張感は見るものの心を確実に捉える。ローマにあるカラヴァッジョの作品の中でもぜひとも見てほしい作品です。

話として恥ずかしながらまったく知らないんですけど、左の絵はイエスと話しているマタイなんですよね???マタイと言えば福音書を書いた使徒なわけだから非常に重要な人。分かることはこのときに指を指された彼から伝わってくる緊張感、また他の人たちの今にも動き出しそうな瞬間を捉えたさまはいかにもカラヴァッジョ。ややもすると漫画チックになりがちの彼の絵ですが、ここのものに関してだけは見ほれてしまいます。ほかの何かを飛ばしてでも見に行くべき作品だと思います。そして出来ればマタイに関するエピソードを知っておいたほうがいいんでしょうね。それにしてもあの正面の絵のマタイの足の上がり具合は絶妙だ。あれを見ただけで驚いていることがよく伝わってくる。また右側の絵に関しても今にも殺されそうな彼のまとう服。鈍器(でなかったらごめんなさい。何か凶器を間違いなく持っていた。)を振り下ろそうとする若者と止めようとする天使。他のものはただ生白き体をさらして恐れおののいている。そこにはそれほどたくさんの色がないのに、ものすごくたくさんの色があるように見えてしまう。また、使われている色はそれだけにインパクトが強い。



さて、今度はホテルに帰ってまいりました。時間が遅いのでかいつまんで。結局あのあとトレヴィの泉で早速コインを投げてきました。そしてネットカフェで明日からの方針を検討。

シチリアは結局却下になりました。かなり気持ちを盛り上げていたところですが、あまりにも時間がかかるのに未知数のことが多すぎる、というのがその理由。食事はリストランテトリトーネ。非常に上品なかつ質の高いレストランです。ただ、僕は2週間前に着てまたここにきたものだから、店の人におまえは遊んでばかりいるのかとからかわれました。良い記憶力です。今度またローマに来たときには多分覚えてないことでしょうが。それでもまた寄りたい、と思わせるものを持っている、ただおいしいだけではない店だと思います。




明日はヴァチカン。寝る時間もほしいので今日はこんなところで。