チェネレントラ
(Rossini:Dramma giocoso in due atti)




最近日本でもよく取り上げられるようになった作品。まあ、セビリャの理髪師とちがって
そんなに手垢にまみれてない分、ちょっとわかった風な人が「ここはそうじゃない
の!!!」と人が演技しているときに大声で席から叫ぶような事もないので、気楽だとい
う事もあるのでしょう。(ほんとにそこまでやる人が居るかどうかは置いといて)


原作は、シンデレラ。


実際、最近日本でやるときは、この題の方が皆様に親しみを持っていただけるという理由
で、わざわざ題を変えて公演するようになっています。まあ、まさか日本語訳の題をその
まま使うわけにも行かないんですけど。だって、



灰被り


ですよ。全く持って僕らが知っている話と何も連想が付かないじゃないですか。いや、イ
タリア人にとっては、こっちの方がしっくりくるんでしょうけど。明治初期にこちらの作
品を日本に紹介するとき、訳を担当した人が、直訳して題とする勇気がなかったから?い
やでも、彼の気持ちも分からなくはないんです。だって、劇中の人物が、彼女の事を「灰
被り!!!」「灰被り!!!!!」って、連発するんですよ。そして日本に一番最初に紹介
されたのは、比較的大人にやさしい内容で、最後に彼女の姉妹が鳥に眼を摘ままれる事も
ないじゃないですか。

義理とはいえ自分の妹をこんな呼び方で使用人のようにこき使うこんな嫌なキャラクター
に囲まれたら、仕返ししないと、読んでいる人の気が済まないでしょう。そういう意味で
あえて、シンデレラ、という呼び方をそのまま使ったんでしょう。非常に苦渋の選択であ
ったと思われます。日本語の中で特に漢字は、インパクトがひらがなより明らかに強いの
で、外国文学って、推理小説以外はうまく訳せないんだと、ぼくは今の時点でほとんど確
信にいたっています。


いや、ぼく個人的には、子供には元バージョンの方が良いと思うんですよ。子供って、蛙
をストローで膨らまして破裂させるとか、とんぼの羽をちぎってみるとか、そういう事結
構何の問題もなく出来るじゃないですか。だから、姉妹が眼を食われるだとか、そういう
話も難なく付いて行けると思うんです。そして、そういう世界があるからこそ、自分の身
の回りを不当に扱っちゃいけない、という事を覚えたんだと思うんですよ。

やっぱり、童話が変わっていったのは、大人が読んでて自分の身につまされて耐え切れな
いからなんでしょうね。



ウワ、おれ極刑かも、みたいな、



ところで、この作品は、5年ぐらい前でしょうか、妙に童話の元本が出版されまくって流
行してましたが、それに紹介されていた内容と、普段私たちが知っているシンデレラの、
ちょうど中間の話なんです。


なんでかというと。


これ、コンメディア・フランセースの脚本から取ったリブレットをもとにして書いた作品
なんです。

当然ですが、舞台の上で、鳥に姉妹が襲われるなんて演技は出来ません。


かといって、今知られている方の話は、登場人物がカットされ過ぎていて、ぬるいんです。
どうも真実味がない。

その当時から有名な話で、徐々に徐々に話の内容が変わっていたようなんですけど、その
うちの一つなんでしょう。そこら辺の細かい事は残念ながら手もとの本には書いてません。


ともかく、有名な方との間に、マイナーチェンジと呼ぶにはあまりな設定の違いがあるの
で、先に説明しますと、


魔法使いのおばあちゃんは、王子、ドン・ラミーロの教育係(まさにアレクサンダーにお
けるアリストテレス)である、賢者、アリドーロ、というキャラクターになってます。し
たがって、かぼちゃの馬車もなければ、12時という時間の制約もありません。

例の「本当は恐い赫赫然々」(すいません、正確な題覚えてません。個人的には、偏り過ぎ
てて嫌いな本だったので。)を読んだ人のために:シンデレラ(アンジェリーナです。いえ、
このオペラでの事ですけど。元はフランス人で、アガティーヌですね。アがつけばなんで
も良かったようです。)が絶望して母を墓前で呼ぶシーンもなければ、母の昔の親しい友
人(おばあちゃんの原形)が出てきて、彼女の財産の形見を分けてもらうシーンもないです。
ぼくは個人的にこちらの展開が一番好きなんですけど。詳しい事を知りたい方は、もう本
屋にないかもしれませんが、探してみれば面白いと思うかもしれません。






王子に従者が付いてます。その名もダンディーニ。これはもう、劇独特のキャラクターで
すね。王子と取り替えっこして、話の中盤まで王子として演技し続けます。知らないでオ
ペラを見ると、真剣にお金を損します。イタリア語分からないで聞いても絶対にわからな
い展開ですから。


継母居ません。というか、原作の方は確かいて、いじめられていたと記憶しているんです
が。間違っていたらすいません。


これぐらいですかね。致命的な変更点と言ったら。後、話の展開が違う所は追って説明し
ていきます。正直、僕らが知っている話とは、全く関係ない話と思って呼んでいただきた
い。



第一幕


男爵、ドン・マニーフィコ(日本語に訳すと、天晴れ親方、みたいな感じの名前です。)の
家。

灰被りチェネレントラ(この際、煩雑なので、シンデレラに統一します。意味が灰被り、
という事を頭から消さないでください。)の二人の姉、ティスベとクロリンダは、(この二
人の区別は、オペラをやる人以外には付かなくても良い物です。)前妻の子であるシンデ
レラに家の一切の仕事をさせ、くつろいでます。自分の境遇に嘆いて恨めし気につぶやく
シンデレラ。しょうがなく、二人に朝食のコーヒーを煎れています。


そこに、一人の乞食(実は賢者アリドーロが身を窶している)が現れ、食べ物を恵んでくれ
といいます。

ここで、二人の姉は、汚い物を扱うように、追い出そうとしますが、ちょうどコーヒーを
入れていたシンデレラは、パンと一緒に彼にそれを渡します。感謝するアリドーロ。それ
を見た姉妹は、再び追い出そうとします。


そこに現れる使者。

王子が結婚の相手を探すために、パーティー(舞踏会)を開くので、それに出席されたしと
の事。

二人の姉妹は大喜び。大騒ぎしている所、3人の父が現れます。自分の朝寝を邪魔されて
怒り狂って起きだして来る、ドン・マニーフィコ(以下マニーフィコ)。最初こそは怒って
いるものの、王子の結婚相手の候補として自分の娘が城に招待される事を知ると、二人の
姉妹とともに大喜び。当然のごとく、シンデレラは蚊帳の外です。


さて、父と姉妹の3人は着替えと用意のために奥に下がっています。そこに、サレルノの
王子、ドン・ラミーロ(以下ラミーロ)登場。教育係のアリドーロに、ここに妻として選ぶ
べき人間が居る、という事を聞かされての登場です。ちなみに、ラミーロは、話が政略結
婚的で、愛のない人と結婚など出来るか、と一人ぼやいています。


そこに片づけのために現れるシンデレラ。

そこにいた青年の姿を見て、思わず持っていたお盆を落としてしまいます。そして目が合
う二人。一瞬にしておたがいの中にそれぞれ好感の思いを抱きます。更に話をしているう
ちにシンデレラの事を気に入りはじめるラミーロ。特に、「慎ましやか」である事に、感銘
を抱きます。

ロッシーニにとっては、美しい事はまあ大事として、更に「慎ましやか」である事は非常に
重要だったようです。実際彼のオペラにはしょっちゅうこの言葉(Modesto)という言葉が、
女性の最大の美徳として描かれます。何でもありに嫌気が差して、こうした所にもっとも
興味が行くのは、今も昔もあまり変わらないようです。ただ最近の日本の場合、ピュアで
ある、という何とも嘘臭い表現がはやっているのも事実ですが。


そこに現れるマニーフィコ。しかしラミーロは、従者に身を窶しており、王子の到着を待
っていると彼に告げます。更にダンディーニ登場。もう、嘘くさいと言ってくださいとば
かりの王子っぷりです。しかし着ている服がその階級である、という事を示している事も
あり、まんまと引っ掛かるその場の人たち。このまま城へ全員で行く、という事になりま
す。


そこで、シンデレラをさして、彼女は娘ではないのかと聞くラミーロ。

マニーフィコ、何とここで、娘は死んでしまった、と泣きながら皆に告げます。





これは、彼の精神世界そのままだと思います。前妻がなくなって、二人の子供が後妻の間
に生まれた今、彼女はもういらない存在、というわけです。ここら辺は、僕らが知ってい
る話より元本の方に近いですね。そう言えば僕らが知っている作品の前妻はどうなったん
でしょう。ぼくは知らないです。もう、5個ぐらいいろんなのを聞いていて、オペラ以外
のものが頭の中でごちゃごちゃになってます。


一人家に残されるシンデレラ。ここに賢者アリドーロ登場。ここでの彼の役は、まるっき
り魔法使いのおばあさんです。馬車と着物を与えて、シンデレラを城へと向かわせます。
ただ、話の趣として違うのは、これは、この娘を自分の教え子に引き合わせるためであっ
て、娘の幸せを願って、という事だけではないのです。そこら辺を、作品を書いている途
中に気が付かないわけもなく、彼はシンデレラの事をfiglia、すなわち娘と呼んでいま
す。彼が賢者、というキャラクターなのは、男のやるべきロールと女のやるべきロールを
兼ね備えているからなのです。ここでの彼の役割が、母親的なものに変身するため、どう
しても、中性的な存在である賢者、というキャラクターにしなくてはいけなかったわけ。


さて、城の中。


マニーフィコは、勝負はもらったとばかり意気込んでいます。早速応じに扮しているダン
ディーニに纏わりつく姉妹。ここで彼は、自分一人では二人と結婚できないから、一人は
自分の従者(ラミーロ。くどいですが、本物の王子はこっちです。)と結婚すればと勧めま
す。正直言って二人の事を少しも気に入ってないラミーロですが、一応アタックするもの
の、剣もホロロといった感じ。大騒ぎしている所に、一人の招待客が来た事が告げられま
す。


もちろんです。待ってました、シンデレラ。


ここは説明する必要無し、といいたい所なんですけど、マイナーどころか、メジャーな変
更があるため説明せざるを得ません。



まず、最重要事項。ガラスの靴は履いてません。それじゃあとでどうやって判別するかっ
て?かといって、12時の制約がないのに、ガラスの靴でどうやって演出できます?代替
品の説明は後で。

これだけでも結構ショックな話だと思うんですけど、更に変更があります。

ドレスは白ではないです。更にヴェール被ってます。

なんか全然違う作品みたいですね。

白はだめなんです。後半で結婚式にシーンが用意されてますから。このシーンで白を使う
演出家は、才能がないか、よほど度胸が良いのかどちらかです。いや、一方はエナメル中
心で、一方はフリフリつきまくりとか・・・だめですね。キャラクターが変わっちゃいま
す。

マニーフィコ、周囲の人間が驚いている所に戻ってきて、嫉妬やら羨望やら感嘆やら皆の
感情が渦になった所で、1幕終了。


第二幕

最初、マニーフィコの、結婚仕度金の前倒しの使い込みの憂うつや、娘達の勝利宣言など
がありますが、既に以上に煩雑になっているので割愛します。


ダンディーニ、公私を忘れて、本気でシンデレラに結婚を申し込みます。しかし、自分に
は心に引っかかっている人がいる、と彼に告げるシンデレラ。それは誰かに聞くと、それ
はあなたの従者のラミーロだと答えます。思いもかけない言葉に感激するラミーロ。本気
で落ち込むダンディーニ。


しかし彼女は、今私はあなたのものになると約束はできない、とラミーロにも告げます。
困惑するラミーロ。そこでシンデレラは、自分の左腕のブレスレットを渡し、右腕のもの
と対になっているこれを私の元に届ける事ができたならば、その時こそあなたのものとな
ると告げます。


このシーンは、リブレットとしては、問題があったようです。どうもオペラの舞台で自分
の一部として渡すのに、あまりにも品が無い物ではないかと。

いや、この腕輪は、実は服の一部を止めるための腕輪なので、外すとどうしても服が乱れ
る、というのが理由なんです。

そういう事が理由らしく、最近は、太い、普通に腕にはめるだけの腕輪を使っているみた
いです。それはそれで野暮ったい事この上ないですが。


ここで変そうごっこは終了します。彼女を見つける事を誓った所で、この場は終了。


さて、もう変装する必要のなくなったダンディーニと、マニーフィコの漫才のような掛け
合いの重唱はすばらしいのですが、話とは全然関係ないので、先に進みましょう。(すい
ません。今までもそうですが、自分の役を中心にレビューしてます。)

さて、家に帰った3人達。家にはシンデレラがいる事を確認して、やはり城であった娘と
は別人であるとかってになっとくします。



で、ロッシーニの喜劇に欠かせない嵐。

いえ、この時代の作曲家は結構皆書いていたんですけど、彼があまりにも交響曲の作曲に
おいて才能が群を抜いていたので、有名なだけです。一応念のため。




嵐で馬車が道を外してしまったと、近くにあった男爵の家に助けを求めに来るダンディー
ニとラミーロ。このシーン、設定では偶然、となってます。嵐が無かったら、二人は永遠
に会う事が無かったようです。なんて御都合主義の展開なんでしょう。まあ、人間の恋愛
なんて、そんな事で左右されるもの、というシニカルなメッセージに共感しなくもないで
すが。


シンデレラ、王子が来たのにびっくりして、顔を隠して逃げようとします。

ここ、無視されるけど、非常に大事な所だと思うんです。

要するに彼女、自分の父親の事は父親の事で、まだ心配なんですよ。

今はすっかり変わってしまったけど、彼女がいなくなったら、自分の母親の存在は、彼の
中でただでさえほとんど消えかかっていたのが本当になくなってしまう。そのことが人間
として危うい事だという事を無意識に理解していたから、ここで見つかってしまう事を拒
むわけです。


その右腕にあるブレスレットを見て、すぐさま彼女だと気づくラミーロ。彼は高らかに宣
言します。

彼女はぼくのものだ!!!



まあ、この後もごちゃごちゃありますが、そのまま結婚式の場面に移って、僕らの知って
いるシンデレラのごとく、皆円満解決、という事で終了します。そして、マニーフィコは、
彼女の父親としての存在を取り戻します。


これ重要なんですよ。この話って、どっちかというと、父親が、母が妻として一緒に過ご
した父親として戻ってくる、という話の方が、どっちかというとキワじゃないか、と僕は
思います。


まあ、オペラなんで、男女のメデタシがどうしても一番クローズアップされるんですけど
ね。


一人の不幸な女の子が、父親と、素敵な旦那を同時に手に入れる、という、僕らの知って
いるシンデレラより、ちょっとほろ苦くて、よりコミカルな作品です。はっきりいって、
これだけ長いにもかかわらず内容を飛ばしまくってますので、ぜひとも見ていただきたい
作品です。



シンデレラ、これにて終了!!!