ランメルモールのルチア
(Donizetti:Dramma tragico in due atti)



やってきました。オペラのホームページなのに今頃、初のオペラレビ
ューです。いえ、私個人としては大学三年生のときに演出をやらせていただいたと
きに一回パンフレットにコシファントゥッテの簡単なレビューをさせていただいているの
ですが、本格的なオペラの説明となるとはじめてです。



長くしようと思えばいくらでも長くできるのですが、あんまりだらだらとシーンの説明を
しても読み疲れて結局頭に入らないだけなので、順を追って説明し
ていきたいと思います。


言っておきますけど、私は学者さんではございません。よっ
て、手許にあるイタリア語のリブレットに書いてある説明を、自
分のコメントと共に訳させていただくだけです。本来こういうのは許
可を取らないといけないのでしょうが、何せ翻訳という作業を私がして
いるので、元はどこから取ったのかという証拠がまったく残らない。多少
の間違いはあるかもしれませんが、そこは本業の人がやっているわけではないので、少々
の事は眼をつぶっていただければと存じます。後、自分がこのオペラに持っ
ているイメージと違う、というのは、個人の感覚の差だと受け取ってい
ただきたい。言葉が分からない状態で見ていると、感覚だけでは分からないで、
実はそういう事が進行していたのか、という事があるはずで
す。むしろ、そういうものである、という事に喜びを感じてい
ただきたい、というのがぼくの所存です。


まず、舞台背景から。実は、この作品はもとはスコットランドの「ランメル
モールの契約の花嫁」(早い話が政略結婚)という名の小説から、
出てくる登場人物に多少の変更を入れて、オペラにしたものです。(小説からリブレット
への変更点の話は、次の章に書きます。)

盛り茂る丘、スコットランドはランメルモール(ちなみにラン
メルモールは地名ではない。日本に丘に対してそういう名称がないので、
あえて言うならば、奥羽山脈、のごとく、スコットランドの連なる丘をさ
す名称) の中での、家同士のいさかいに翻弄される男女の物語
です。

舞台は、時代としては、市民戦争の真っ盛りの頃で、ちょうど歴史的にも非
常に有名であるオレンジ王ウィリアムズ(この時点ではまだ王ではない。ち
なみに正式名称はウィリアムズ3世) と、ウィリアムズ2世が、フランスに逃
げた(1689年)ジェームズ2世と争っているとき。


これだけでは頭が痛くなって終わりですね。



話を先に進めましょう。1702年。ジェームズ2世の娘、アンナ・スチ
ュアードが戴冠します。




で、ここでどうしてもこの事を頭に入れてください。





アシュトン家はジェームズ2世側。つまりはアンナ・スチュア
ード派。

レーブンズウッド家は、ウィリアムズ3世派。




で、このお話は、アンナ・スチュアードが戴冠した後の物語です。



そして、この物語の主人公である、ルチアはアシュトン家です。

対するエドガルドはレーブンズウッド家。



こう書けば火を見るより明らかですね。ちなみに設定でエドガルドは、こ
の1702年の時点でしょうか、対抗する派閥によって、両親を殺さ
れています。

これだけ知ってれば、何とかオペラを追う事
ができます。(断言)

細かい事をいいはじめると、アンナ・スチュアードは1714年に死
んだ、という注釈もあるので、元本を持っていないぼくは主張できないですが、この
物語は恐らく王家を介しての両家の争いが、非常に微妙になっ
ている時期のお話だと思うのです。

ものすごく大事な所で推測になってすいません。オペラの流れを見た上での推測ですので
許してください。


もし、微妙な時期でなければ、恐らくエドガルドは秘密にルチアに会
っている、という時点で殺されているはず、というのが推測の論拠。
もし元本を持っている方が居られれば教えていただきたい。



ここまで追っただけでつかれた方も多いでしょう。まず、このリブレットのものすごくぶ
っちゃけた説明をして後、次の章で細かく追ってみようと思います。


第一場、第1幕。今はアシュトン家が主として構える、
かつてレーブンズウッド家が支配した城の庭。


イギリスの城址を見に行った事がある人は良いですね。これだけで場面に入って行ける。




ノルマンノ(アシュトン家の親しい友人。エンリコ・アシュ
トンと一心同体のキャラ)は、ルチアが、宿敵レーブンズウッド家のエ
ドガルドに恋に落ちたのではないかと疑う所から始まります。





いきなり黒いですね。もう、物語がうまく行かないのが眼にみ
えるようです。






大変良い家柄であるバックロー家のアルトゥーロに妹のルチア
を嫁がせたいエンリコ。



これが事の元凶。覚えておいてください。



家庭教師(ホントは教育者なのですが、そう言うと違う物になってしまうので。アレ
クサンダーに対するアリストテレスのような物と解釈していただきたい。)の不屈
の(Bidethebent) ライモンドは、母親が死んで結婚の
事など考える余裕がないのだ、と説明します。


彼はオペラ中では、賢者として諭す役となります。


それに対してノルマンノはこの間野牛に襲われた(!何つー設定。時代を感じま
すね。)時に助けた若者が実はエドガルドのはずで、毎朝会っているのだ、
とライモンドの言葉を否定します。





エンリコ、怒る。そのうち、俺も見た、俺も見た、と
口々に皆が言いはじめる。





ふざけているんじゃないんですよ。ほんとにオペラではそういう展開なんです。オペラで
は、合唱は、主人公達の感情という火に油を注ぐ、という役
目を果す事が多いんです。多分、原作ではもうちょっと細かい人間模様があるは
ずなんですが・・・









時が変わって、月の夜。



ロマンチックの代名詞。困りますね。僕らはこういう概念を1800年代か
らずっと使っている、それどころかきっと人間が意識を持って言葉を使いはじめた頃から
こういう認識があったに違いない。まったく僕らが進歩してない、という
所はこういう所から伺えてちょっと哀しい。



ルチアは侍従のアリサにエドガルドとは辞めちゃいなさいよ、
いい事ないわよ、と忠告します。


どこにでもいるんですね、こういう人。月の夜というシチュエーション
並みに古典的な少女漫画キャラ。




そこで、やってきましたエドガルド。

細かい話は後にしましょう。


とにかく、ひとしきりお互いの心を確かめ合って、エドガルドは、フランスに
出発します。お互いの愛の証に、指輪を交換して。




良い使い方ですよねー。本来、これが指輪の使い方だとさえ僕は思います。





結婚を誓い合い、第一場終了。(注目:第一幕ではあ
りません)



第二場。第一幕。エンリコ、アルトゥーロとルチアの結
婚式の日取りを決めます。




横暴ですね。





それだけでなく、フランスからエドガルドから送ってきた手紙を全部裏で握り潰し、あま
つさえ、エドガルドが裏切ったという証拠の、別の愛人への偽
の恋文まででっち上げます。(注:とても重要なプロット
です。)





こんな兄を持ったらあなたはどうしますか?




1.取り合えず家を出る。
2.兄の恋人に兄が浮気している事をうそでもいいから告げる。
3.警察に兄が狂ったと訴える。



うーん、今の時代だったら少しは打開策も見出せそうなもんです。しかし残念ながら彼女
はいわゆる世間知らずのお嬢様。


もう、背景真っ暗で奈落の底にああああああと叫びながら落ちていく
古典的な少女漫画の主人公のごとく絶望して、何と、アルトゥーロ
と結婚する事に同意するサインをその場でしてしまいます。



分かってます。




こればっかりは、オペラで見ていただかないと絶対納得できないシーン。まさに
オペラがオペラである所以。





で、また細かい所を抜かすと、エドガルドがかえってきて、誓約書を見て怒り狂い、ぼく
の指輪を返せ、君のなんかいらないとわめきたて、ルチアは気絶し、エドガルドは追い出
されて第一幕終了。(しつこいようですが、こ
こで初めて第1幕終了)




第二場、第二幕。そろそろ疲れてますね。もうすぐ終わりです。頑張っ
て読んでください。

ウォルフェラーグの塔の開放門(石の壁に高さ10メートル、幅8メート
ルの長方形の穴があいていると思ってくれればちょうどいい形になります。)の前。嵐
の夜。



不吉です。マンガならここでどこかでオオカミの遠吠えが聞
こえてきている所でしょう。




エドガルド、エンリコに対し、レーブンズウッド家の墓の前での、明け方
の決闘を申し込みます。



時代の概念は、皆様のよく知っていらっしゃる、ロミオとジュリエットと一
緒ですね。





場所は変わってアシュトン家の広間。


結婚式の最中、不屈のライモンド(大好きこの名前。)、恐るべき
事実を人々に告げます。




新郎アルトゥーロ、新婦ルチアに依って刺殺
さる。

ここから先、オペラに対する認識が相当変わってしまう所なので、こういう話に耳をふさ
ぎたいという方は、2ページ分ほど飛ばしてください。(無理な注文言ってす
いません。ホームページ上ではつながっててページじゃないんですよね)


ここでよく論議されているのは、果たしてルチアは、エドガルドに対
する純潔を守り切れたのか、という事なんです。


何せ、王家の物から民衆の物へとオペラが移行しつつある時期と入っても、まだまだ良家
によって財政的に支えられている時代。原作ではどうかは知りませんが、そういう細かい
決定的な所が書いていません。要するにごまかしているんです。



でもですよ。





考えても見てください。






簡単に兄にだまされて結婚誓約書にサインしてしまうほど、世間知らずな娘。




アルトゥーロに指輪を投げかえされたシーンではそのまま気絶しちゃうぐらい、根性
のないキャラなんです。




そんな人が、襲い掛かってくる(笑)口先だけで本当の愛の欠片もない男(いや、
本人はあるつもりなんだろうけど、こういう事はお互いの
気持ちですからね。)に抗い、短剣を突き刺すなんて芸当ができるか?



結論として、無理なんです。




あえて場面の説明をさせてもらうと。



ぐったりと放心しきっている新郎の重みから逃れると、ふと側にある乱暴に脱ぎ散らかさ
れた彼の服の腰にある短剣が眼に入る。何も考えずにそれを手にとり、音もなくそれを柄
から取り出す彼女。蝋燭の光に照らされる燃えるような刃。

突如彼女は、狂ったがごとく渾身の力を込めてその寝ている男の背中に突き立てる。飛び
散る血潮。これまた乱暴に剥ぎ取られ、傍らに捨てられていた花嫁衣裳が血に染まる。

その時には彼女の精神は既に人間としての自分を保っている事を拒否していた。

血に染まってしまった事を気にもせずに再び花嫁衣裳を体に纏うと、私はこれからエドガ
ルドの花嫁になるのとつぶやきながら、ふらふらと広場をにさまよう。あまりの光景に息
を呑む客達。エンリコは深く後悔するものの、時既に遅し。ルチアは完全に狂ってしまっ
た。



オペラに出てくるのは最後の四行だけ。でも、話の流れから言って、
こう解釈するのが一番妥当です。アルトゥーロを殺しただけで狂う、というのは話の筋と
して甘すぎる。

暗示として、血染めの花嫁衣裳、すなわち、汚された、という
イメージがそこにある。


オペラ、特に悲劇に扱われる話題は、もう全く容赦がないんです。かの有名なト
スカの原作に、次のようなくだりがあります。ちなみに思い出して書いているので
正確ではありません。
横たわるスカルピアの遺体を蝋燭の火でかざし、その流れ出る血もいとわずに手をかけな
がら、トスカはこうつぶやいた。
「これでやっとこの男の事を許す事ができる・・・」
こわいでしょ?





場面は戻ってレーブンズウッド家の墓の前。エドガルドはエンリコに殺さ
れる事を決意して、墓の前に佇む。そこに、城の中から聞こえる、死を悲しむ人々の嘆き。
現れる不屈のライモンド。告げられるルチアの死。彼女の潔白を信じて救う事ができなか
った自分に後悔しつつ、自らの胸に刃を突き立て、天でルチアに自分の思いが届く事を願
いながら、エドガルドも息絶える。




オペラ終幕。




どうですか皆様、ここまで飽きずに追っていただけたでしょうか。これだけ知っていれば、
オペラを見たときにその面白さが3倍にも4倍にも成ります。でも最低限知っておかなく
てはいけないのは、場面の説明の前の所までです。正直に白状すると、僕も
知らなかった設定があったし。(王家の対立と絡んでいる、というとこ
ね)



これだけ頑張って書いた後に自分でこんな事を書くのも何なんですけど、こんなに
詳しく知らないでも楽しめます。


でも知ると、僕らがなんで世界史を勉強しなくてはいけないの
か、という事の一端を知ることもできるし、知識が有用性のある物に
変化できるのです。


そうした背景も共に楽しめていただければと存じます。とりあえず、このオペラのレビュ
ーはこんな所で。