ひくり、と自分の顔が引き攣るのを感じた。

 

 聞き違いだと思いたい。思い込みたい。

 もしくは同音異義語。隙だとか鋤とか数寄とか。

 数寄な人生に送っている自覚はあるし。概ね目の前の奴等のせいで。

 

 埒も無い考えに逃避している内に、だんだんそれが本当な気がしてきた。

 だって、ありえなくないか?

 

 天狗に告られるなんて。

 

 

春風のエフェメラ

 

 

 じっと熱っぽい目で見詰めるその顔は、そこそこ整ってはいるものの。

 如何せん男だ。紛れも無く男。

 優先順位を間違えてるかもしれないが、自分としては最重要項目だ。

 俺は至ってノーマルだ。可愛い彼女に夢見る健全な男子中学生だ!

 何が悲しゅうて男にそういう意味で好かれなくてはならないか。

 

 そして何が問題かといえば、そう言い切った時の相手の反応だ。

 そう、相手が人間じゃないという点はここにきて大きい。

 何がって、万一キレられでもしたらまず勝てない所が。

 

 どーすればはっきりとかつ穏便に断れるのか、誰か教えて欲しい。

 

 

 

 

「えーっとね、京太くん?」

 青褪めて硬直したままの想い人を見かねたか、遠慮がちに声を掛けられた。

 びくっ!と過剰反応してしまった京太に、困ったような笑みを向けた。

「そうまで怯えられるとはねぇ・・・・・・」

「あ、あのな羽鳥、落ち着けまずは落ち着いて話し合おう!?」

「落ち着くのはお前だろ」

「・・・・・・あ?」

 正面ではなく、横から入った声に顔を向ける。

 正面の奴と色違いの同じ顔が、我関せずといった様子で本を捲くっていた。

 ・・・・・・・・・・・・・何か、違和感。

 

「飛鳥ちゃん、クール〜」

「アホらしい」

 楽しげに声を掛ける羽鳥に、ますます違和感。

 普通、弟の(というか誰かが)居る前で、愛の(!)告白を始めるだろうか。

 いや、普通が通用しないのは重々承知なのだけど。

 

 

 腑に落ちなくて見詰めていると、羽鳥の視線が一度京太に戻り、そしてその斜め後方へ流れた。

 確かその先には・・・・・・・・・と視線を追って振り返ると、案の定壁に掛けられた月別カレンダーが目に入る。

 そういえば、今日から月が替わるというのにまだ捲っていなかった。

 昨日が3月末日だから、今日は・・・・・・・・・・・・

 

「オイ、羽鳥・・・・・・・・・?」

「は〜い、なんでしょう♪」

 からかい全開モードな声に、全てを悟った。

 

「エイプリルフールかよ!?」

「はっは〜、信じた?ねぇ信じた?」

「趣味悪い嘘に無駄に演技力発揮してんじゃねぇよ!あー、ビビった・・・・・・」

 見事に引っ掛かった腹立ちよりも、安堵の方が大きい。

 でもって疲れた。

 立ち上がってカレンダーを一枚毟り取ると、そのまま自室へ引っ込む事にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「羽鳥」

「・・・・・・え?あ、何?飛鳥ちゃん」

 どこか反応が鈍い。

「とりあえずな」

「うん」

 飛鳥は読んでいた本をパタンと閉じると、構えた。

 

「逃げ道は一つまでにしておけ」

 でもって、俺を使うな。

 そう言って放り投げた本は、呆けたままの羽鳥の頭に見事にヒットした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今回のタイトルは思音さんにつけてもらいました。

ギリシア語のエフェメロスは 一日だけの命 の意味

だそうです。最初は『春風の言祝ぐエフェメロス』と言ってましたが、長いので削らせました。他は『春告げ鳥のお告げ』とか。

 

以下、オマケ

あんまりと言っちゃあんまりなので、京羽救済編

 

 

 

 

「痛い・・・・・・・・・」

 羽鳥からはあまりない、じっとりした目付きで見上げられ辟易する。

 本の角を当てたのは少し反省する所かもしれないが、謝りたくはない。

 

「頭と心がダブルで痛いー・・・・・・」

「意外と余裕じゃないか」

 前言撤回。少しも反省すべきことなどあるものか。

 そもそも勝手に飛鳥を巻き込んだ羽鳥が悪いのだ。同情の余地はない。

 

「自業自得だ」

「だって、明らかにこれっぽっちも脈無いんだもん」

「そ・・・・・・・・・」

 

 それがどうした、俺には関係ない。

 そうだな、諦めろ。

 

 どちらかを言おうとした筈なのだけど。

 

 

 

 確かに。羽鳥の用意した逃げ道に、京太の表情は明らかに安堵を示したけれど。

 部屋を出る直前、僅かに別の色が混じった気がしたのだ。

 多分、羽鳥はそれを見ていない。飛鳥は人の感情の機微に疎い。

 だからそれが何かは解らないけれど。

 だけど。

 

 

 

「そうでも、ないんじゃないか」

「へ?ああ、慰めてくれなくていいよ。

 いくらエイプリルフールっていっても、飛鳥ちゃんに嘘は似合わないもん」

 

「・・・・・・・・・そうだな」

 

 頷きはしたけれど、果たしてどちらが嘘だったのやら。

 いまいちはっきりしない自分の裡に、やはり嘘は向いてないなと納得した。