オヤスミと、確かに言われた筈だった。

 適当に相槌を打って灯りを落とすと、良い夢を、と笑み混じりの声が返ってきた。

 

 

 それなのに。

 

 

 

「ねーってば、飛鳥ちゃん何引いたのさ?」

 それなのに、今現在安眠妨害されているのは何故だ。

「いい加減にしろ、羽鳥」

「気になっちゃったんだもん」

「大人しく寝られないのか」

「教えてくれれば」

 睡眠を妨げられた飛鳥の目付きと声は、暗闇の中でさえ相当ドスの効いたものになっているのだが、如何せんそれを一番浴びる率の高い羽鳥には効果が無い。

 

 

「木に結ってきたって事は、良くなかったんだよね。凶?それとも正月は殆ど排除されてるって噂の大凶?」

 外れ籤を引くのも運の内、って言うしねぇ。飛鳥ちゃんそういう運はありそうだし。

 そう言って笑う羽鳥は、昼間しっかり宣言通りに大吉を引いていた。

 その場では何も言って来なかったのに、今になって気になりだしたらしい。傍迷惑な事に。

 

「どうでもいいだろう、そんな事」

「じゃあ言ってよ。教えてくれたらこの『初夢用七福神イラスト』をプレゼントv」

「・・・・・・いつ買ったんだそんなもの」

「飛鳥ちゃんが結びに行ってる間」

「・・・・・・・・・そういえば金持ってたんだったな、お前」

 あの時点では無一文だとばかり思っていたけれど、そんなものに散財していたとは。

 頭が痛くなってきた。

 

「そんな訳でコレあげるから〜」

「要らん。潜り込んでくるな」

 ゴソゴソと勝手に飛鳥の枕に紙を敷き込むのを諌めても、怯む羽鳥ではない。

「まぁまぁ。これ枕に入れて寝たら、富士や鷹は無理でも倍率の低そうな茄子くらいは見れるかもよ」

「いつから初夢は抽選制になった」

「うーん、確かに1等にしては富士山はキャパありそうかな」

「何が確かにだ」

 誰がそういう話をした。と言いながら、何やら羽鳥のペースになっているなと思う。

「効力があると思うのなら自分で使え」

「余裕を持ってこそ優しくなれるってね。大吉の僕から幸福のお裾分けだよ」

「余裕ぶって早々に運も金も使い切りそうな奴に言われたくない」

「勿体ぶるより、ある内に使い切るが吉。何なら一緒に寝よう?」

「だから要らないと言って・・・・・・・・・・・・」

 同じ夢が見られるかもよ?と笑う羽鳥の申し出を断りかけて、少し引っ掛かった。

「お前、元よりそのつもりで買ったのか?」

 結びに行っている間、というのなら羽鳥も籤を引いた後。

 大吉の羽鳥には必要ないというのなら、必要だったのは。

 

「・・・・・・まぁ、ね」

 少しだけ決まり悪げな羽鳥に、飛鳥の方こそ舌打ちをしたい気分になった。

 今になって籤の事を思い出したのかと思っていたが、正しくは、七福神を渡す頃合を逃したまま寝る段階へ来てしまったという事らしい。

 

 施しなら、冗談じゃない。

 

 

 

「末吉」

「へ?」

 しつこく聞いて来た答えをやったというのに、呆けた声の羽鳥に苛立ちが募る。

「だから、末吉だ。凶でも、況してや大凶じゃない」

「あ、あぁ。・・・・・・そうなんだ」

「ああ。だからこんな物必要ないし・・・・・・・・・・離れろ」

 それきり黙り込んだ体を押し出してやろうとしたら、逆にぺったりしがみつかれた。

「何だ。結んでくる事、なかったのに」

「後生大事に持っている事もないだろうが。いいから離れろって」

「似合いなのになぁ」

 後半はサラリと無視して、羽鳥が呟いている。

 躍起になって剥がそうとしても無駄らしいのは、経験で分かる。

 飛鳥はひとつ息をついて、もう少し付き合ってやるかと諦めた。

 

「末吉が似合うというのは、どんな皮肉だ?」

「後半ツキが向いてくる末吉はあるけど、末凶ってのは無いよね?使い切っても最初だけ良けりゃ吉なのかな」

「何の話だ」

「コツコツ積み重ね型の飛鳥ちゃんは、その内実力で何でも掴み取れるだろうねって事・・・・・・・・・・・・・やっぱ今日ここで寝ようっと」

「ここって・・・・・・」

「添い寝のお許しを。枕が狭いなら、腕枕でもお願いしたいね」

「何で俺がそん・・・・・・」

 文句を言いかけた口が、羽鳥のそれに塞がれて止まった。

「ん・・・・・・努力型が最終的に実って終わるのが、古えからの決まり事っしょ。兎と亀然り蟻とキリギリス然り」

「・・・・・・それで?」

「刹那快楽主義の僕が気を回すのは御門違いだったね。気を悪くしたなら謝罪と、さっき言った同衾願いを態度に込めてv」

「脈絡が無いぞキリギリス」

 いつの間にか馬乗りになられているのを、手際の良い奴だと思いながら。

「兎の方がまだ可愛げがあるかなぁ。序盤で運も実力も使い切って終盤慢心して転落。まぁ太く短く楽しんだ者勝ちだと思ってるけど」

「構ってやらないと生きていけない生き物に例えて嬉しいか?」

「うん、今回はそれでいいや。そんな訳だから」

 

 構って?

 そっと耳元で囁かれた息声に、さてどう対応するべきか。

 

 

 基本的に、こんな時でも羽鳥の声に弱い自分が一番問題だ、という自覚はあるのだけど。

 黙っていたら合意ととったか、耳元から首筋に掛けて唇を滑らし始めた羽鳥を放っておかない方が良いだろうとは思う。

 ・・・・・・・・・まぁ、全く合意でないという訳でもないが。

 鎖骨に口付けられたところで、牽制の意味合いを込めて腕を上げると、暗くてよくは見えないながらも不服そうな瞳が睨め付けるのが分かった。

「今日は僕引く気ないから。大人しくしてた方が楽だよ?色々と」

 ・・・・・・・・・そうだろうな、とは思う。

 だからといって、されるが儘に甘んじている気は無いので、止めるか進めるか決めかねたまま抱き込んでみた。

「ん、その気になった?」

「さあな」

「じゃあ認めてくれるまで頑張りますか」

 しゅるり、密着していたからか、夜着の帯を引き抜く音が妙に響いた。

 同時に、肌蹴られた前身ごろから差し入った掌に胸元を撫でられて、ザワリと肌が粟立つ。

「ぅ・・・・・・」

「声出せばいーのに」

「うるさい」

「はいはい」

 

 いかにも軽くあしらった感の、肩を竦める仕草が腹立たしく。

 負けじと、まだ殆ど乱れていない羽鳥の夜着の裾に手を入れた。

「っ・・・・・・」

 背を軽く滑らせた途端に、噛み殺した呻きと共にその身がピクリと跳ね、その反応におやと思う。

 元々、羽鳥に限らず背中は弱いのだが・・・・・・・・・飛鳥に言うだけあって声を殺す方ではないし、今のはそういったものとは違う気がした。

 

「・・・羽鳥」

 勘は良い方だ。殊、この半身に関しては。

「・・・・・・なに」

 微妙に固い声。間違いないなと確信した。

 意図は未だ分からないけれど、何が核になっているかは。

「何を考えてる」

「・・・・んー、とりあえず一方的にでもこーやって奉仕しておけば、律儀な飛鳥ちゃんは追い出せないし、腕枕せざるを得なくなるんじゃないかなってゆー姑息な策略かな?」

「自分で姑息とか言ってるんじゃ・・・・・・・・・いや、いい」

 突込み所は多かったけれど、本意を流されてどうする。

 

「翼を出せ」

「・・・・・なんで」

 訝しがるというよりは、渋る様子。

「いいから出せ」

「ヤだよ邪魔じゃん」

 そっけなく言って、興が失せたとばかりに離れようと身を引きかけたのを、咄嗟に押さえ込んだ。

 目前に曝された首元、耳の下数センチの頚動脈を覆う柔らかい箇所に歯を立てると、ビクリと身竦む。

「んっ・・・・!」

 急所であるそこを押さえると大人しくなる事を、もう知っている。

「羽鳥、翼」

「う、ん・・・・・・」

 軽く付いた痕を舌でなぞりながら強要すれば、コクリと素直に頷いた。

 

 空気が、変わる。

 解放された気配を感じて、満足する。

 

 闇に融ける黒。暗さにあまり強くない視覚の代わりに確かめるように形をなぞると、あ、と小さく声を洩らした。

「ん・・・・・・も、何だってー、の」

 羽鳥は感じた事をそのまま隠さないので、追い詰めるのは割と楽しかったりするのだが、それは今はさておき。

「昼間・・・・・・多分はぐれていた間、何考えてた?」

 どことなく背を庇う仕草は、おそらく気付いたのは飛鳥だけであろう小さな違和感だったのだけど。

 

「・・・・・・これで分かってて言ってるんじゃないってのがまた、厄介だよね」

「何の話だ」

「知んない。・・・・・・・・・あーもー、何で僕ら黙って事を進めらんないわけ?」

「お前が言う台詞か」

「今回喋ってんのはそっちだろ!」

 キレられた。

 珍しいといえば珍しい。あるいは誤魔化したいだけか?

 飛鳥は見極めようと黙って見詰めるが、それが返って羽鳥の機嫌を下降させる。

 どういうわけか、お互いに相手が熱くなると逆に冷静になる傾向にある。

 ある意味バランスが取れているようでいて、時には見事に擦れ違って険悪さが増す。

「もーいい、勝手に進めてやるっ」

 不貞腐れた羽鳥に突き飛ばされるのも、必然だったのかもしれない。

 

「だっ・・・・・・!」

 布団の上だったのでさほどの衝撃は無いが、苦情のひとつはくれてやらねば気がすまない。

「おい羽鳥!!」

「うっさい!」

 声は予想より下の方からした。

 ついでに冷気も下から来た。

 寒さにゾクリと肌が粟立ち、続いて別の・・・やはり寒気に似た感覚が飛鳥を襲う。

 要するに、最後の一枚を剥かれ且つ飛鳥の中心を押さえ込まれたのだ、と気付く頃には既に次の段階に行っているのだから、全くあなどれない。

 ツ、と飛鳥の形を辿るように舌を滑らすのが、視界の隅に映る。

「く、ぅ・・・・・・」

 ツキンと痛みに近い痺れが背筋を走り、体が勝手に跳ねる。

 故意に立てているのだろう水音が、やけに頭に響いた。

 

「そーゆーのも色っぽいけどね」

 呑気な声が降ってきた。

 多分、声を堪えているとかそういう類のものだろう。

「そういうって・・・・・・」

「気になるならレポート2枚くらいで列挙したげよっか?」

「断じて止めろ」

 冗談なのは分かっているが、下手に頷いたりすると本当に書いて来かねないのが恐ろしい。

 遠慮なさらず、とクスクス笑う様子からして機嫌は大分直ったようだが、代わりに好きにされている飛鳥の機嫌が下降気味なので、やはり嫌な釣り合いが取れている。

「ついさっき黙って事を進めろと言ったのはどの口だ」

「今からコレを銜えようとしてるこの口かな・・・・・・ぃだっ!」

 良い位置に居るので綺麗に膝蹴りが決まった。

「その手の軽口は嫌いだ」

「いったー・・・・・・状況的に今更だっての」

「黙れ」

 少しやり過ぎた気もしたので、身を起こして不平を洩らすそれに軽く口付けた。

 2,3度瞬いた羽鳥が大人しく目を閉じたので、もう一度、もう少し深く。

 この手のフォローでちゃんと不満を忘れてくれるあたり、分かりやすく現金だ。お互いに。

 

「ん・・・・・・。えっと、続けていい?」

「・・・・・・ああ」

 あまり放っておかれたくない状態なのだし、とは言わない。

 そのまま再び足の間に顔を埋めた羽鳥に、分からない筈もなし。

 快感に弱いのは種族的な特性と割り切るしかない。その割にいつまでたっても理性が残るのも同じく。

 とはいえ、それも何だか面白くないので、目の前でひらひらしている暗い色の羽を引っ掴んだ。

「ひゃ!?」

「色気が無い」

「イヤそんなの僕に求められても・・・・・・・ってそうじゃな、くて」

 更に軽く歯を立ててみたりして。

「ぅんっ・・・・・・あ、のね、こーゆー事、してる最中にっそーゆー、事されると、うっかり噛みそうに、なるんです、けど・・・・・・」

「気張れ」

「うわ何その俺様な他人事調」

 噛まれたら困るでしょお!? 喚く羽鳥が喧しかったので、羽の付け根近くを握ってもう一噛み。ここが一番弱い。

「あっ、あ・・・・・・」

「羽鳥」

「ん・・・・・・」

 ビクつく体を宥めて促すと、素直に行為を再開する。

「ふ・・・・・・んっ、く・・・・・・!」

 羽鳥によって熱が高められる合間に、飛鳥も翼に指を滑らせるので、吐息はもうどちらのものとも知れない。

 

 闇の中、ふわりとした手触りの羽が黒にしか見えない事が、少し惜しい。

 強い陽光の下だったなら。

 髪の色程に顕著ではないが、比べて僅かにだけど淡い風合いが見て取れるのに、と。

 羽鳥は、己のそれを軽く疎んでいて、飛鳥の漆黒を羨むようだけれど。

 飛鳥としては、似つかわしくて良いと割合好んでいたりする。

 

 昼間、神社という霊的な場所柄ゆえか、微かに背がチリついた。

 羽鳥が何を思ったかはわからないけれど、双子の特性なのか単なる経験論か、伝わるものもある。

 後ろに居ないと気付いてすぐに後先考えずに引き返したわけだけど、それでももう少し早く見つけてやりたかったと思うのだから、つくづく甘い。

 飛鳥は、全て引っ括めて羽鳥の『色』を気に入っているのだと、果たして伝わっているのやら。

 

 言わないけれど、気付けと羽に口付けたら、ピクンと震えた羽鳥の歯が先端を軽く掠って、飛鳥を高みへ追い上げた。

「くっ・・・・・・!」

「ん・・・・・・」

 コクンと喉を鳴らした羽鳥が、汚れた自分の掌に舌を這わしている。

 ゆっくりと指の一本一本を舐め取る仕草は、わざと見せているのだろう。

 そうと分かっていても、煽られない事もないのだけれど・・・・・・

 

 時間をかけて全て綺麗にすると、チラリと飛鳥の様子を伺い、呆れたように溜息ひとつ。

「甲斐性なし」

「何だと」

「頑張ってんだからさー、そっちももう少しアクション起こしてくれてもいいと思うんだけど?」

「お前が勝手に始めたんだろ」

「うっわ、この期に及んでそーゆー事言う?」

「喚くな。・・・・・・・・・わかってる」

 引き寄せれば、大人しく腕に収まった。

 嬉しげに擦り寄るのを抱きすくめて、確認。

「真意を見失いそうだが、求められてるのは添い寝だな?」

「へ?」

「最初にそう言った」

「えっと、うん。言ったけど・・・・・・あのー・・・・・・?」

 さくさくと乱れた夜着を整えてやれば、心底わからないという様子だ。

「その条件呑んでやる。眠れ」

 更に引き寄せて、共に横になった。

「・・・・・・え?えっ?僕このまま?」

「寝ろ」

「なっ、何それ放置プレイ!?」

 喚くのを無視して抱き締めた腕に力を込めると、ひくっと喉が鳴るのが聞こえた。

「甲斐性なし・・・・・・」

「・・・・・・もうそれでいい」

 面倒くさくなって肯定してやると、羽鳥はうー とかあー とか呻いて飛鳥の夜着を握り締めた。

 

「見つけてやっただろ」

 耳元で呟けば、ビクリと体が跳ねる。

「置いてきたけど・・・・・・見つける。引き摺ってでも連れて行く」

 馬鹿な奴。

 どうせ、見付けられない程離れたりはしないくせに。

「何が不満だ」

「・・・・・・・・・不満とか、そんなんじゃ、ない」

 ふるふると、羽鳥は腕の中でかぶりを振る。

「あーもー、本当に!これで分かってて言ってんじゃないってのが詐欺だよ」

「だから、何の話だ」

「うっさいこの天然。・・・・・・いーよ、もう。それで」

 あと、コレで。そう付け足して、大人しく飛鳥の襟元に顔を埋めた。

 

 一段落ついたな。

 ただの添い寝に納得したようだと判断して、飛鳥はそっと、抱き締めていた力を緩める。

 全くもって、手間のかかる奴。

 未だ羽鳥にぎゅっと握り締められている夜着は、きっと明日には皺になっているだろうけれど。

 腕の中の、一時的に差のついた体温がまた混じるまで、そしてその白くなる程きつく掴んだ指から力が抜けるまで、こうしていてもいいだろう。

 そうすれば、

 

 

 富士も鷹も茄子も望んでないけれど、それなりに悪くない夢が見られるような気がするから。

 同じ夢であれば良い。ただそれだけを思って目を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

と書いといてなんですが、きっと先に寝るんだろうなぁ飛鳥ちゃん。だってお子様体質だし。羽鳥はしばらく寝るどころじゃないだろうし。

 

ごめんなさい遅れに遅れまくって。そろそろ年明けてから半年経ちますね・・・・・・この5ヶ月何やってたんでしょう私。

一応毎日ワード開いてたんですけど、最後の10行が決まりませんで。その割に夜仕様部分はさっさと書けたのは意外ですが、まぁメインはソレじゃないですしね。

とはいえ、『羽鳥誘い受・最後までは行かないと思います』と言っておいたので、「どうせ私にヌルくないものを期待してる人はいないよね〜」と思音さんに言ったら、「請求制にしたからには請求制ラインギリギリくらいには書きなさい」と言われて困りましたが。それなりに頑張ったんですけどライン・・・達してます?いやだって元より双子で生々しいのは書かないって言ってあるし、最後までは行かないって言っちゃったし!・・・・・・・・・いっそ最後までやった方が楽でした。