ジャックと13の秘密

       〜蝋燭に隠した魔法の鍵〜

 

 

 

 

 

 玄関をくぐった途端、目の前がオレンジ色で埋め尽くされた。

 

 

 

 

 

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

「あれ、無反応?冷たいなぁ」

 固まってんだよ。

 明るい声に反射的に突っ込みを(ただし心で)入れ、順序が狂ったが頭がやっと状況に追いついた。

 

 

「近ぇよ」

「ああ、それは失礼」

 鼻先にさらされていたものが30cm程離された。

 焦点の合う位置まで下がればそれは予想通り、この時期にのみ店頭で見かける顔付き南瓜だった。

 南瓜をくり貫いて作る、ジャック・オ・ランタン。

 素人が彫ったにしては巧い。この距離で見てもアラが見つからないあたり、もしかしたらこの状態で購入したのかもしれないが、おそらく違う。

 今、これを掲げている奴の手によるものだろうという妙な確信があった。

「・・・・・・よくできてんな」

「うん、自信作!」

 やっぱりな。灯篭の向こうから、久しぶりの羽鳥の笑顔が覗いた。

 

 

 

「飛鳥も来てんのか?」

「ん。ちょーこをお菓子で埋めてる」

 階段を上りつつ聞けば、2段下の羽鳥が顔で居間を示した。

 ちょっと面白い量だから、見てみれば?と勧められ、山盛りの菓子を想像してげんなりした。

「久々だってのに、ちっとも変わってねーな・・・・・・」

「久々だから余計、だよ。僕も会いたかったし」

 誰に、と迂闊に聞かない方が無難か。

 そんな事を思いながら自室のドアをくぐると、少しの間逡巡した後羽鳥も足を踏み入れた。

 図々しいくせに、良くわからない所で遠慮がちなのも変わってないか。

 招かれたのでない空間は入りにくいのだと、さも天狗という種族的なもののように話していたが、多分言訳だろう。その設定は確かゾンビか吸血鬼だ。

 だからきっと、言い訳だ。

 俺は、一度と言わずに拒絶したから。

 

 

 

 

 

 入ってしまえば切り替えが働くのか、後ろ手でドアを閉めつつ満面の笑顔で再び持ってた南瓜を掲げた。

「あらためて、Trick or Treat 京太くん?」

「だから何でそんな流暢なんだよお前・・・・・」

「凝り性なもんで♪さぁ、お菓子をくれなきゃイ・タ・ズ・ラが君を待っている〜v」

 ふざけてはいるが、それなりに艶事を仄めかす発音で悪戯を予告されて、やれやれと鞄を漁った。

 

「・・・・・・・・・あ」

 しまった、玄関で気付けば良かったのに。

 菓子の類を切らしている事を、今になって思い出してしまった。

 朝は持っていたのに。ちょーこに強請られて、さっさと終わらすに限ると渡してもまだあって、この手のイベント好きな同級生にもギリギリ悪戯を回避できるだけ残ってたので凌いで。

 後は帰るだけと、帰り際に口に入れたのが最後だ。

 まさかこの為に彼らが来てるなんて予想してなかった。

 

 強張ったのを見て取ったか、楽しそうだった羽鳥の笑みもその形のまま固まった。

「え、と・・・・・・・持って、なかったり・・・する?」

 まともに顔が見れないが、羽鳥の声には京太以上に困惑の色が見える。

 別にそんなに菓子が欲しかった訳ではないだろう。イタズラは好きだろうが、他愛もない事に限る。

 玄関で気付いていれば下らないそれで済んだろうに、先程の予告が拙かった。

 菓子が貰えそうだと判断しての宣言は、菓子よりも軽いイタズラよりも望んでないものな筈なのだけど。

 

 間に挟まる想いを知っているだけに厄介だ。

 彼が、京太を好いていること。

 

 

 どうしよう。

 実のところ、京太の事情だけで言うなら大したミスではないのだ。

 羽鳥は京太の拒絶が怖くて、言うほどの事はできない。今だって不用意な発言で追い出されやしないかと、引き攣った笑みのまま、ビクビクして伺っている。

 だから問題は、その辺すべて承知の上で無碍に扱うのは、ちょっとばかり可哀想ではないだろうかと、ほんの僅かにだが思ってしまった胸の内だ。

 

 招かれなければ家に入れないのは吸血鬼。

 魔物の仮装をしたところで、家人がドアを開けないと入れない子供たち。

 

 ……京太の許可が無いと、部屋に入れないこの天狗。

 

 招いた以上、何らかを与えるのが義務じゃないか?

 何をとち狂ってとも思うが、だって、嫌いなわけじゃない。

 だから、

 

「どんな?」

「え」

 何を聞かれたかわからなくて、目をぱちくりさせている羽鳥に、

「どんな悪戯するって?」

 開き直ってみた。

 

 

 

 

「・・・・・・・・え。え、ぇええ!?」

 喚くなよ。よっぽど変なこと言ったみたいじゃないか。

 ・・・・・・・・・言ったかもしれないけど。

 真意を探ろうとする視線を感じる。やっぱ早まったかもという後悔につき見れないが。

 いや、しかしこのままだとかなり非道な奴じゃないか俺。期待させるだけさせといて。

 ああもうなるようになれ、と目を合わせると、急な動きに驚いたように羽鳥が一歩下がった。

 さぁ、どう来るか。

 

 しばらくの見合いの後、視線を落としたのは羽鳥だ。

「これ、あげるよ」

「あ?」

 多分、落とした視界に入っただけだろう、持ったままだった南瓜を押し付けられた。

「その辺のー、目立つあたりに飾ってもらおうかな。ちゃんと顔こっち向けて」

「そりゃまた・・・・・・受験生には結構な嫌がらせだな」

「イタズラだから。傷むまで捨てちゃ駄目だかんね」

「それイタズラじゃなくて罰ゲームのノリだろ」

 呆れたように溜息ひとつ。

 

 逃げられた。

 ・・・・・・逃がした、と言うのが正しいか。

 

 なんとなく、面白くない。

 せっかく覚悟を決めて・・・・・・・・・は、いないが。決めてもいいかな、位には決めかけていたというのに。

 己の優柔さが招いた結果ながらも、どうにも未消化な蟠り。

 

 だったら。

 

 

 押し付けられたままだった南瓜をくるりと反転させた。

Trick or Treat?」

 どうも発音が負けている気がするのが口惜しい。

「・・・・・・・・・・・・はい?」

「持ってねぇの」

「そのランタンは僕が・・・・・・」

「もう俺のだろ」

「そうだけど、いやでも・・・・・・」

「で?」

「えーっと・・・・・・・・・・」

 目は合わせたまま、羽鳥の手がゴソゴソと作務衣の上を探るように辿り、パタリと落ちた。

「あ、あはは・・・・・・」

「持ってねぇの?」

「はは、は・・・・・・」

 乾いた笑いが空しく響く。

 

 

「あのぅ・・・・・・持ってないと、どーなるのでしょおか?」

 恐る恐る、といった様子の羽鳥の問いに、

「イタズラ、なんだろ?」

 答えた俺の笑みに、どの程度の迫力があったかは知らない。

 

 

 南瓜分空いていた距離を詰める。

 このランタンと同じく、至近距離でも粗の見当たらない顔が驚きに彩られるのを見て、肩に手を置いた。

 身じろいだ羽鳥の背が軽くドアにぶつかって響く。

 唐突に、飛鳥がちょーこに持ってきた菓子ってのは手作りなんだろうなと思った。

 でもってコイツも手伝ったのだろう。南瓜を彫っただけではあるまい。

 掠る紅茶色の髪から、仄かに甘い香りがするから。

 

 甘ったるいソレに少しだけ流されそうになりながら、体の線を辿るように手を動かした。

「ぅわっ・・・・・・!?」

 色気のない悲鳴ながらも派手に体を震わせた羽鳥の、袷の間に掌を滑らせ――――――

 

 

 

 

「ちょ、ちょっと待って京太くん!実は・・・・・」

「お。見っけ」

 予想通りの物を取り出したのだった。

 

 

 

 

 

「へ・・・・・?」

「やっぱ持ってたな」

 ニィと人の悪い笑みで、セロファンに包まれた飴玉を、これ見よがしに振って見せる。

「え、あ・・・・・・・・・あー!」

 自身の胸元と飴を交互に見た羽鳥が悲鳴を上げた。

 

「お前がこういう日に全部渡してるとは思えねーんだよな。ぜってー一つや二つ隠し持ってると思ってたぜ」

 どーでもいいけど仕舞う場所変えないと融けるぞ、と続ける言葉は聞こえているやらいないやら。

 放心状態でズルズルと扉沿いにへたり込んだ。

 

 

 

「あー・・・・・」

 ドアノブにコツリと頭を凭れさせ、呻く。

「羽鳥?」

「そういえば、前に、飛鳥ちゃんに、言われ、たっけ」

 疲れた様子でぽつぽつと呟いている。

「何て?」

「逃げ道が多すぎる、って。・・・・・・・・・・・・今までになく後悔中」

 うあー折角のチャンスがー、頭を抱えて唸っている。

 ・・・・・・・・・保険が多いくせに、こういうとこ素直だよな。直球というか。

 

「どうだかな」

「ん?・・・・・と言うと?」

「音、したしな」

「ああ・・・・・・・・・なんだ」

 セロファンをぴらぴらさせつつ胸元を指差すと、あっさり納得したようだった。

 

 こういうとこ素直だよな、とまた思う。

 普段の羽鳥なら、もう少し疑ってかかっても良さそうなものなのに。

 実際、羽鳥が胸元に手をやったとき、カサリという音がしてはいた。その途端に手を下ろしたのだから、高確率で菓子類だろうとは思ったが、そんなもので確信が持てる筈もなし。

 まぁ、人より良いらしい天狗の聴覚なら判別可能なのかもしれないか。

 

 それでも、

 もし、持って無くてもいいかと思っていた事、気付いても良さそうなものなのに。

 

 

 

 

「お前、去年より・・・・・・つか段々情けなくなってねぇ?」

「しゃーないじゃん。惚れた方が負けってのが理なんだから、会う度に負け犬街道まっしぐらだよ全く」

「・・・・・・・・・お前さぁ」

 会う度に惚れ直させるような言動は絶対とってないと断言できる。

「んー、なに?」

「いや、いい」

 最後の最後で及び腰になるくせに。

 さっきだって、隠し持ってる事白状しそうになっていたくせに。

 

 

 

「やれやれ、手強いなぁ」

 ねー?とジャックに愚痴る奴に言いたい。

 

 そっちこそ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

またしても間に合わなかった2005年ハロウィン話でした。

どう唸ってもタイトルが捻り出せなかったので、またしても思音さんに考えさせました。もちろんサブタイもv

内容が恥ずかしいので読ませたくなくて「ハロウィンネタ!さぁ意見言え!!」とだけ言ったのですがジャックだの秘密だのが出る辺り、さすがのシンクロ率。

はっはっは!冗談だったんだろうけど採用してやったわ!!これで恥ずかしさも共有さあ!!

 

一年の内に何があったのか、京太くんが陥落しそうで私もビックリです(←おいこら) あー恥ずかしい。くっついた後より余程恥ずかしい。

恥ずかしさにのた打ち回っていたら、今現在思音さんも呻いてます。よし共犯。