「あの二人、起きてると思います?」

 トントンとリズミカルに包丁を操っていた手を止め、羽鳥が問うた。

 もっとも、手を止めたのは質問の答えを求めての事ではなく、単に薬味分の葱を刻み終えたというだけの話なので、こちらとしても正確な返答をする必要はない。そもそも判断材料は同じだけしかないのだし。

 

「先程の様子だと、危うい印象ですね」

 二人に姿を思い返しつつ、鍋の中身を二本掬い上げる。

「だから僕と鴉さんが今こうしてるんですもんね。・・・・・・・・・もう少し」

 こう、というのは未だ新年まで一刻以上も残しているというのに、既に年越し蕎麦を茹でている状況を指す。おそらく日付が――ひいては年が変わるまで持たないだろうとの判断だ。ついでに言えば、そんな二人を厨房に入れればどれだけ火傷や切り傷を拵えるか解らないので、必然的にこの面子になる。

 ちなみに最後の一言は渡した蕎麦の茹で具合を指した物だ。

 

 差し水をして、今度は山葵を卸し始めた羽鳥に向き直った。

「ところで、君は眠くは?」

「模範生じゃないので」

 この程度の夜更かしは慣れてます、と悪びれない笑顔と伴にざりざり丁寧に卸されていく山葵。

「朝起きれるのなら何も言いませんが」

「あー、ちょっと自信ないかも?」

 苦笑と伴に卸されて尚、包丁でトントン叩かれている山葵。

 

「・・・・・・羽鳥、皆山葵はあまり得意ではないのだし」

「わかってます」

 台詞の最後はにっこり笑顔で遮られた。

 

 山葵というものは、空気に触れた分だけ活性化する。つまり丁寧に細かくすればする程に少量でも効く、と。

「いつもの調子で入れたら、寝ぼけた目も覚めると思いません?」

 ワクワクと、悪戯をしかける子供の顔で。

 

 一年の締めくくり、最後の最後まで楽しみを見つける羽鳥に半ば感心し、

「そうですね」

 あっさり同意してしまったのは、別に今年最後の仕事を押しつけられた腹いせ、というわけではない。

 

 

 と、思いたい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「鴉さん、蕎麦湯まだありますかー?」

「ありますよ。塩分に気を付けるように」

「ダイジョーブですって、ホラ僕若いからv」

「そうですか」

「・・・・・・ちょっと突っ込んで欲しかったんですけどー」

 

 狙い通り、若干2名ほどの覚醒を促した蕎麦を片付けると、皆手持ち無沙汰になる。

 テレビを眺めつつ話すくらいしかないわけだが、その声も専ら二人分になってきている。

 

「ところでこのテレビ、いつの間にゲーム専用から昇格したんですか?」

「君達が弥栄家に居る間に。さすがに寺に二人だけでは音が足りないのでね」

「どっからアンテナ線を・・・・・・ってのは聞きませんけど。何だ、今回の正月に合わせてかと思いました」

「まぁ大晦日に紅白は必須ですかね」

「リアルタイムで見れるとは思ってませんでし・・・・・・」

 

 ゴン

 

 た。という最後の声は、突如響いた鈍い音に掻き消された。

 

 

「うっわー飛鳥ちゃん・・・・・・・・・」

「良い音がしたのう」

「大丈夫ですか?」

 

「は、はい・・・・・・」

 思い切りぶつけて赤くなった額を押さえ、それ以上に頬を紅潮させて飛鳥が俯く。

 

「さっきから船漕いでるなーとは思ってたけど」

「う・・・・・・」

「眠かったね。うんうん恥ずかしくないよ?夜になったら眠くなるのは自然の摂理なんだから」

「うぅ・・・・・・」

「大丈夫、ホントにぜんっぜん恥ずかしい事じゃないって!」

「・・・・・・・・・・・・」

 力一杯励ます羽鳥と、それによってますます落ち込んでいく飛鳥と。

 

「よしよしv」

「羽鳥、あまり追い詰めないように」

「わざとです」

「わかってます」

 本当に、いい性格をしている。

 

 自分にはあまり干渉する気はないとはいえ、いつもの事ながら飛鳥も大変だろうと見やるが、てっきり怒り出すと思われた飛鳥の反応が無い。

 どころか、

「飛鳥?」

 ぐらりと傾く体は、今度はぶつかる事無く、手を掛けたままだった羽鳥が支え直した。

「もう、落ちてます」

「・・・・・・眠ってる?」

 あのやりとりの中で眠るとは、意外と神経が太いというか・・・・・・・・・

「よっぽど眠かったんですよ。飛鳥ちゃんは規則正しいお子様体質だから」

 夜9時過ぎるとフラフラになるんだよねー?と心底楽しそうに飛鳥の顔を覗き込む羽鳥との差はどこから来たのだろう、と少しだけ考えた。

 どうせ答えが出る筈もないが。

 

 

「じゃ、僕飛鳥ちゃん寝かせてきますね」

「ええ」

「では、わしも寝るとするかの」

「はーい。お休みなさいませー」

「良い御年を」

 

 

 パタンと障子が閉まって数秒、羽鳥がクスクスと笑いだした。

「案の定、お子様と年寄りがリタイアしましたね」

「羽鳥、その物言いはどうかと」

「鴉さんは告げ口したりしないでしょう?」

「しませんが・・・・・・・・・お子様はともかく、住職は地獄耳です」

「へ・・・・・・?」

 バッと羽鳥が障子に向き直る。しばし気配を探って、頭を掻く。

「聞こえましたかねー?」

「明日になればわかるのでは?お年玉の額が飛鳥よりも少ないのを覚悟しておきなさい」

「え、って、あるんですか?去年も一昨年も貰った覚えが無いんですけど」

「去年までは忙しくてロクに行事をこなす暇もありませんでしたから。今年からは本格的に」

「わぁ、頑張って大掃除やらおせち作りに励んだ甲斐がありましたv」

 羽鳥の顔が輝いた。

 うきうきとした様子で飛鳥を抱え直すが・・・・・・

 

「じゃ、飛鳥ちゃん置いてきます!」

「それはいいんですが、その抱え方は・・・・・・・・・」

 肩に腕を回した姿勢そのままで行くのかと思ったらそうではなく、

「こうまで完全に寝こけてると運びにくいんですもん」

「まぁ、そうですが」

 これは所謂・・・・・・・・・

「お姫様抱っこ、後で知ったら絶対嫌がりますよね」

「やはり確信犯ですか」

「トーゼンでしょう」

「そうですか。あ、羽鳥ちょっと待って」

 廊下の向こうに消えかけた所を呼び止めると、キョトンとした表情で寄ってくる。

 

「何でしょう?」

「飛鳥には言い損ねましたから」

 眠る飛鳥の黒い髪を掻き揚げて。

「良い新年を」

 こめかみに、軽く唇を落とす。

 

「オヤスミのキス?わぁ、鴉さんが親らしい事やってる・・・・・・」

「どういう意味ですか」

「いえいえ何でも」

 クスクスと笑う茶色い髪にも、同じものをひとつ。

 

「あれ、鴉さんももう寝るんですか?」

「決めていませんが」

「じゃあ付き合ってください。除夜の鐘聞きたいし、それまで格ゲーのコツでも教えて欲しいかなーって」

「いいですよ」

 了解の意を伝えると、ニッコリと子供らしい笑顔。

 

 

「さっきの、本当に寝る前にも、もう一回お願いしますね」

 

 

 そう言って、今度こそ廊下に消えた羽鳥が戻ってくる間。

 ゲーム機の準備くらいはしておこうかと思う。

 

 今年も最後まで退屈せずにすみそうだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ただ今12月31日9時半。よ、良かった予告通りに年越しソバの時間までに間に合って。

とても即席書きなのが丸わかりな文章なのは目を瞑ってくださいませ。急いで書くと台詞ばっかり・・・・・・・・・情景描写は苦手なんですってば。

鴉さんを沢山書けて新鮮でした。このツーショットもかなり好きなんです。しかし飛鳥ちゃんとほぼ同じ理由で、ウチではカップリングに絡みません