振り向いた先には、人の壁。

 

 

「あ、れ・・・・・・・・・?」

 はぐれたと気付いたのは、紙コップに口をつけた直後。

 喉を過ぎた温かい液体の、味なんか全然わからなかった。

 

「嘘ぉ・・・・・・」

 うっかり足を止めてしまったのも拙かった。この時点で慌てて人込みを掻き分けていれば、まだ合流できたかもしれないのに。

 

「どーしよ・・・・・・・・・」

 少し、途方にくれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 初詣の人込みを舐めてました。

 そこそこ有名、程度でしかない神社に、まさかここまで参拝客が集まるとは。

 いや、悪いのは無料で配っていた甘酒に、「タダより安い物はないし♪」と飛びついた羽鳥自身なのだけど。

 すぐに戻るからいいかと、連れの3人に声も掛けずに離れたのが拙かった。

 たった数秒で、ものの見事に見失いました。

 正しくは「タダより高い物はない」だったっけ。諺というものは存外真実を突いているらしい。

 境内に入ったばかりで一人になるくらいなら、金を払った方がマシだった。

 

 

(大勢の中の一人ぼっちは、寂しいから)

 

 

「寒・・・・・・」

 冷める前にと飲み干した甘酒も、体を温めてくれる程には至らない。

「どう、しよっかな」

 言葉は同じでも、先ほどの呟きとは違い、呆けるのは止めて真面目に考える事にした決意表明だ。

 

(いっそ、蹴散らしてしまいたい)

 

 人に流されながら、つらつらと考える。

 迷ったら入り口で待ち合わせ。

 そのくらいの約束はしてある。

 いざとなれば一人で帰ってしまってもいい事になってるし。

 だから問題は、このまま一人きりで参拝してくるか、どこかUターンできそうな所でして適当に屋台を冷やかしつつ先に待っているか。

 第三の選択肢として適当な女の子ナンパしてもいいけど、とも考えたけれど初詣に都合よく一人の子が居るとも思えない。よって、やっぱり二択。

 

 お参りしてみたいと言ったのは自分だけど。お御籤も引いてみたかったけれど。

 あくまで皆で、だ。

 一人では、はしゃぎようがない。

 

(どうしてだろう 背中が、疼く)

 

「意地だけで参ってきてもいーんだけど・・・・・・」

 どんな神様なのか調べてもいないが、どうせ人間の為の宗教だ。異形が参ったところで恩恵は期待できまい。

(隠した翼が、痛い)

「どっちかってゆーと嫌がられそうだよね」

 だからだろうか。新年早々にして幸先が悪い。

(こんなに大勢の人の中、人でない物の証が暴れたがっている)

 

 

「やっぱ先待ってるかな」

 置いていかれるのは嫌い。

 置いていかれるくらいなら、何食わぬ顔して待っていたい。

 少しでも先に、例え背伸びをしてでも、それが何かを諦めた結果でも。

(大勢いたところで、この中に僕を置いて行かない生き物はいないから)

 

 僕達は、一番若い天狗だから。

 人より長く生きるモノだから。

 例えばそこ行く女性の腕の中、生まれて間もない赤子さえ、その内羽鳥を抜かしてゆく事だろう。

 

「・・・・・・・・・・・・ヤバイ、思考が暗い」

 不穏なループに嵌りかけている事に気付いて、ひとつ舌打ち。

「迷子になったくらいでこーなるってのは、どーゆー構ってちゃんだよ、僕ってば・・・・・・・・・」

 ふるふると頭を振って、切り替えを図る。

 

「考えて行き詰るなら、考えない方法で行こう!」

 景気付けにと一番大きな硬貨を取り出し、構えた。

 簡単な事だ。二択なのだから、裏か表かコイントス。

 

「この五百円、表なら一人で参拝とお御籤、裏なら屋台に消えるって事で」

 

 爪弾く。

 ピーンと軽い音を立てて落下してくる硬貨を目で追って。

 

 裏か表か。判りやすい二択に手を伸ばして――――

 

 

「羽鳥!」

「へ?」

(第三の選択を示すのは、いつも)

 

 横から伸びた手に掴まれた腕は、見事硬貨を取り落とした。

 チャリーンと響いた音が、微かに聞こえたような掻き消されたような。

 多分、今息を切らしている飛鳥には聞こえなかった位の小さな音で・・・・・・・・・

 

「・・・・・・って。あれ、飛鳥ちゃん?」

「・・・っに、やってんだ、お前はぁ!」

 

 怒鳴られました。かなり勢い良く。

 腕掴まれたままなんで、耳がちょっと痛いです。

(いつも、この半身で)

「・・・・・・・・・お金、落としちゃった」

「馬鹿」

 キーンとする頭での受け答えは、聞かれた事とは若干ズレたものになったのだけど、やけに納得されて且つ馬鹿にされたような。

「つーか落としたのは飛鳥ちゃんも一役買ってるんだけどなぁ・・・・・・」

「何か言ったか」

「何でもー」

 迎えに来てくれたのだから、文句なんか言える立場じゃない。

 そう、迎えに・・・・・・

(追いかけてきてくれるよう)

「あ、迎えに来てくれたんだ?」

「遅い!」

 ごもっとも。もっと早く聞いてしかるべきだっただろうに。

(僕は謀り、煽る)

「この人の流れ逆行して、わざわざ探してくれたんだ・・・・・・」

 人込み、嫌がってたのに。

「お前を一人にしておいたら、きっと散々寄り道して、どれだけ待たされるか分からないからな」

 そんな皮肉、プイと視線を背けながら言っても照れ隠しにしか聞こえないし。

(だって、他にはいないから)

「そうなったら各自責任でもって行動って事になってるじゃん」

「まぁ、確かにお前は一人でも帰ってこれるだろうけどな・・・・・・・・・」

「そりゃ、それくらいは・・・・・・・・・・・・れ?」

 お前は?

 って事は、もしかして?

「まさか飛鳥ちゃん、一人で帰れないなんて事は・・・・・・・・・?」

 真面目な飛鳥は僕と違ってそんなに外出、ましてや遠出はしないし。そういえば行きの電車で自動改札に戸惑っていたような覚えが。

「なっ・・・・・・!」

「あーゴメン!そんな訳ないよね、馬鹿にしてんじゃないから・・・・・・・・・・・・って飛鳥ちゃん?」

 怒って振り払われると思った腕は、未だ強く掴まれたまま。

(可能性があるのは)

「・・・・・・・・・笑いたければ笑え」

「・・・・・・・・・イエ。ちょっと意外だっただけ」

 掴まれた腕は、飛鳥にとっても生命線だった模様。

 

「・・・・・・それでよく住職達から離れる気になったね?」

 僕は大丈夫だと思っていたのなら、尚更だ。

「・・・・・・俺は、人込みが嫌いだから」

 だから、それでどうして逆行してまで探しにくるよ?

「うん・・・?僕は飛鳥ちゃん程苦手じゃないけど」

「でも、得意じゃない。人も、一人なのも」

 言い切られた。

 

 わぁ、人の心情言い切ったよコイツ。

 

(置いていかない可能性を持つのは、今の所この弟だけ)

 

「・・・・・・・・・うん。ありがと、飛鳥ちゃん」

 助かったよ。本当に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さぁ!神様に挨拶しに行こーぉ!」

 ここの神様は、思ったよりも万物に優しいらしい。

 改めてお賽銭してくれば、またご利益あるかもしれないし。

 

「妙に浮かれてないか?挙動不審だぞお前」

 嫌そうに言いながらも、今度ははぐれないように、腕は掴まれたまま。

 それがまた、嬉しい。

「うーん、ちょっと酔ってるみたい」

「人に?」

「甘酒に」

「そんな物に酔える程可愛い体質か」

「五百円の」

「・・・・・・高いな」

 その位するなら酔うか・・・・・・?って、どんなの想像してるんだか。

 

「運勢占い付きだったし」

「どんな甘酒だそれは」

「凶か大凶引きそうになってたら、なんと大吉引いちゃったみたい♪」

 正確には、大吉に引かれちゃったみたい。

 効果はきっと、待ち人来たるとかそんなの。

 

(だから、まだ大丈夫)

 

 だから五百円でも惜しくないのさー、と楽しげに足を進める僕に、少し考えて飛鳥ちゃんが一言。

「なら、籤はもういいな?」

「え?引くつもりだけど」

 正式な籤はまだやってないのだし。

「ほぼ二人分の交通費くらいしかないぞ」

「へ?」

「お前、金落としたんだろう?」

「あー・・・・・・」

 僕が落としたのは五百円なのだけど。どうも、財布ごと落としたって思われてるのかな。

 

「籤の代金を引くと最後のバスが歩きになるけど、それでも引きたいか」

「・・・・・・選択権は僕にあるの?」

 代金を出すつもりらしい飛鳥ではなく?

「別に、あの程度の距離歩くのは苦でもないし、お前が欲求不満だと後が鬱陶しい事になるからな」

 わざわざこんな所まで来たのだし、と続ける声はとても自然で。

 と、いう事は。その場合でも僕だけ歩きとかじゃなくて、付き合って歩いてくれる気だと。

 

「・・・・・・・・・引きたい」

 それに、歩きたい。

(こうして僕は、また試すけど)

「わかった。行くか」

 交通費くらいはあるんだよ、と告白するのはギリギリまで後にしよう。

 

(信じてないわけじゃあ、ないから)

 

 

「絶対大吉引く!!」

「何だその自信・・・・・・」

 

 新年早々、幸先は良いようだから。

 

 良い一年になりそうだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

現在1月4日、午前1時。3日にUPできるって言ったくせにスミマセン。ついアキバと神田に遊びに行ってしまいまして(-_-;)

 

何も考えずに打っていたら、なんでこの話だけ地の分に一人称があるんだろう・・・・・・?

前の二話では「私」も「俺」も台詞でしか使用してなかったのに、なんで「僕」は多用?いやどうでもいい事ですが。

書きながら思った事その1、何でこんなにラブラブだよ?何でウチの話はカップリングじゃないと言い張ってる組み合わせの方が甘いのか。

その2、羽鳥女々しっ!女々し過ぎてどうにもしようがなくなり、しかし削るにも難しい状況でしたので、いっそ隠しました

つーわけで反転すると女々しさが倍増します(ヤケ笑)

あまりオススメしませんが。正月には特に。