葉守りの神は知っている

 

 

 

 

 

「本当に、ごめんなさいねぇ」

「いーから早く行けよ」

「アンタには言ってないわよ。じゃあ天狗様方、失礼しますね」

「あ、奥さん、ちょっと……」

 羽鳥が、これから外出することを恐縮する弥栄夫人を呼び止めた。

 振り返る彼女の手をとって、口元に寄せる。

「宿り木の下です、お許しを」

「あら、まぁ!」

 気障な仕草に、それでも夫人は軽く頬を赤らめて喜んだ。

 

 

 

 

 

「お前、よくやるなぁ……」

 パタンと閉まった扉を見て、げんなりした顔で京太が言う。

 自分ではわからないけれど、おそらく飛鳥も似たような表情をしているのだろう。

「ちょーこのついでにでも、お土産期待できないかなーってね」

 言われた本人はニッコリと笑った。

 聞いた方は、大きく息を吐いて壁に寄りかかり、

「あ、京太君あと半歩こっちで宿り木」

「うげっ!?」

 電流でも流れたかのように飛びずさった。

 

「そこまで嫌がんなくてもいいのにー」

「うっせぇ近寄んな危険物」

「シツレーな。ゲームが示されてる以上、意地でもルールにのっとって遊ぶもん」

「……つまり?」

「宿り木の下のみ注意。文句言わせないかんね」

 

 

 と言うようなやりとりが交わされているようだが、どんな顔しての宣言だったのかは知らない。

 テーブルに所狭しと並んだ料理を片っ端から平らげて行くちょーこが喉を詰まらせたりしないか、見ているのに忙しいからだ。

 その内に、気付いた京太が参戦した。

 羽鳥はと視線をやれば、ニコニコとその様子を見ている。飛鳥にも言える事だが、箸は飾り程度だ。

 鳥肉が主なパーティーメニューとやらは、精進料理に慣れた身には重い。

 そもそも、そう食物の摂取が必須なわけではないのだ。

 

 それでも、4人分の筈の皿はどんどん空いてくる。

 ちょーこの食べっぷりはよく知っているが、中学男子の食欲も驚くほどだ。

 残り気味の野菜をつついている内に、殆どの皿が綺麗になった。

 

 最後の一枚が空いたのを見て、羽鳥がポンと手を叩いた。

「さて、ちょーこはもうケーキ食べた?」

「うん!よーちえんのけーきおいしかったー」

「そっか。実はお土産に持ってきてるんだけど、まだ食べられる?」

「わーい!たべるー!」

「一日に二個は多いだろ、明日にできねぇの?」

 ちょーこの歓声と、京太の物言いが同時だった。

「んー、手作りだからできればその日の内に味見て欲しいんだよね。

 せっかく飛鳥ちゃんが、あーんなに気合入れて作った力作なんだし」

 羽鳥が力を込めて主張する。

「い、いや多いと言うなら明日でも」

「やー!ちょーこたべるー!」

 その一言で決定、さっさと運んできた。

 

 

 

 

 

「わーv」

 蓋を開けると、京太は目を丸くして、ちょーこは黄色い悲鳴を上げた。

 作った甲斐があるというものだ。

「うんうん、凄いねーv」

「お前は中身知ってただろうが」

 知ってたどころか、デコレーションはかなり手伝わせた。演出は羽鳥の方が上だ。

 

「なぁ、手作りって言ったよな・・・・・・?」

 物凄く訝しげに訊かれた。

 別にこいつに信じられなくてもいいので黙っていると、羽鳥が対応していた。

「言ったよ」

「マジで?」

「マジでv」

 実は少々気恥ずかしい。

 

 

 

「おいしー!」

 歓声が嬉しい。苦労も報われるというものだ。

「手作り……?」

 まだ言うか。

「そうだってば。いやー上達したもんだ」

「職人芸だろ……」

「おや、やっと褒めたね」

「うっせ。なんでお前が嬉しそうなんだよ」

「飛鳥ちゃん褒められるの好きだし」

「……寄んな、このブラコン」

 笑顔で言い切った羽鳥に、京太は呆れたように視線を外して毒づいた。

 それに羽鳥は少し首を傾げ、軽い苦笑を漏らした。

 

「そーだ、京太くんにもお土産あるよ」

 言って瓶を取り出した。

「って酒かよ!?」

「まーまーお兄さん、どうぞどうぞ」

「誰がお兄さんで一体どっから出したこのグラス!?っつか未成年に飲ませんな!」

「かたい事言わなーい。あーホラホラ零れる零れる」

「ぉお!?」

 つられて溢れそうな分を啜って、ハッと我に返って羽鳥を睨み付けた。

「飲まないっつってんだろ!背伸びなくなったらどうしてくれる!」

「いーじゃん、僕はそれくらいの君も好きだよ」

「お前に好かれたって・・・・・・・・・!」

 また京太が視線を外して、羽鳥が苦笑。

 

 

 ・・・・・・さっきから、こいつらのやりとりに何やら微妙な線で腹が立ってくるのは何故だろう。

 何となく、馬鹿らしい答えに行き着きそうな予感がしたので頭を振って追い払った。

 改めてちょーこの顔を見ようと視線を戻すと・・・・・・・・・目的のものはケーキに埋まっていた。

 

「わぁぁちょーこ!?」

「えっ何ナニ!?・・・・・・おや」

「あー……」

 上から飛鳥、羽鳥、最後のまたかと言わんばかりなのが京太。

 

「静かだと思ったら。そーいや寝る時間過ぎてんな」

「でも、あんなにいきなり落ちる子じゃなかったと思うけど」

「よっぽどケーキが気に入ったんだろ。食い意地張ってっから」

「なるほど。あ、飛鳥ちゃん、オロオロしてないでフォーク刺さってないか確認して」

「だ、大丈夫だ」

「じゃあクリーム拭いたげて。窒息しない内に」

「お前も手伝え!」

「へーへー」

 

 二人がかりで拭えば、幸せそうな寝顔が現れる。

 やっと拭き終えて、ホッと一息。と、

「あ」

 飛鳥の顔を見た羽鳥が短く声を上げた。

「なんだ」

「んーっと」

 クリーム塗れの自分の両手を見て、唸ったかと思えば顔が近付いてくる。

「付いてる」

 頬に濡れた感触。

 そう言えば拭いてる最中1度擦ったような。

 飛鳥はそう思っただけなのだが、

 

 ガタンっ!

 

 動揺した奴も居た。

 

 

「どしたの京太君」

「べ、別に!」

 否定して、一気にグラスの中身を煽った。

 ・・・・・・あの酒、弱くないぞ。

「そ?なんか痛そうな音がしたような」

「何でも無ぇって!てか仲良すぎだろ男兄弟のくせに」

 自分で注ぎなおして、もう一杯。

 ふらついたのか、壁際へ移動して凭れて飲んでいる。

「仲良いのは良い事だと思うけど……それよか京太君、大丈夫?」

「何でもねぇって言ったろ」

 目が据わっている。

「や、そうじゃなくて……そこ、宿り木の下なんだけど」

「あ?」

 据わった目が上を向く。なるほど枝は真上だ。

 

「というわけで、突撃〜!」

 言って羽鳥が京太に駆け寄る。

 駆けると言っても、身振りが大きいだけで速度は遅い。

 にもかかわらず、羽鳥が隣に座るまで、京太はぼんやりしたまま動かなかった。

「えーっと、京太くん?大丈夫?」

「……あ?」

「ダメそーだね。もう寝た方がいいよ。立てる?」

 

 

 

「……意気地なし」

「何か言った飛鳥ちゃん?」

 ぼそりと呟いただけだが、聞き返すまでもなく聞こえていただろう。

「有言不実行」

「酔ってる人に手は出せないでしょーが」

「酔わせたくせに」

 相も変わらず逃げ道が多い。

「……飛鳥ちゃんに何かデメリットがあるわけ?」

「ある意味精神汚染だ」

 結果はどうでもいいから早く白黒つけやがれ。

 

 

「ま、機会があったらね」

「機会は作るものだとか言ってなかったか?」

「作ってるじゃん。こうして行事にかこつけて押しかける程度には」

「作るだけ作って生かす気はないようだけどな」

「人によって駒の進め方が違うだけの話だよ。将棋だって飛鳥ちゃんより強いよ?」

 実際勝った事がないので一瞬言葉に詰まる。

 それで流れが途切れ、羽鳥が肩を竦めた。

「……勝ちたいように見えない」

「大負けするよりかマシ。また全面否定されるようなら、今度こそ殺しかねないから」

 

 

 何と、言った?

「……羽」

「さて。京太くーん、歩ける?無理そうなら運ぶけど」

 ペチペチと頬に手を当てて意思確認。

 半分眠りの世界に行っていた京太の瞳に、少しだけ光が戻る。

「とりあえず立とうね。僕に腕回して……いや頭じゃなく肩に、って、え」

 スルリと後頭部に回された手に力が篭り、

 

 

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 何だこの状況。

 羽鳥の頭でこちらからは見えないのだけど、何が起きているのかは多分分かる。

 ビックリした。

 羽鳥はきっとそれ以上に驚いているのだろうけど。

 やがて、離れたらしい気配の後、ゆっくりと羽鳥が口元に手をやって、

 

 

「ななな、何してくれて、えええー!!?」

 叫んだ。顔も赤い。

 ああ、本命にはこうなるのか。何だか新鮮な気がする。

 

「……うっせぇ、文句、言えねぇ、だろ」

 途切れがちの言葉は酔っている証拠か。

「文句はないけど!宿り木のキスは権利であって義務じゃないんだよ!?」

「だから、権利、だろ。騒ぐ、なって」

 悪酔いしてるのか、眉を顰める。

 まぁ、悪酔いもするだろうな。

 再び馬鹿らしくなったので、ちょーこを抱き上げて立ち上がった。

 

 

「じゃあ俺はちょーこ寝かしつけてそのまま寝るから、後始末は頼む」

「えっ、ちょっ、飛鳥ちゃん!待ってよ!」

 付き合ってられるか。

「良かったな、次で王手じゃないか」

 どっちが、かは知った事じゃないが。

 とにかく、珍しく言い負かした事に少しだけ満足しつつ、扉を閉めた。

 

 

 

 

 

「……今回は、間ぁ、開けずに、来たよな」

「……冬場は行事が多いからね」

「そんだけかぁ?」

「期待させないでよ酔っ払い。それとも僕は期待してもいいわけ?言った事の責任持てんの?」

「お前に対してそんなもん持ってられっか」

「……うわぁ、いっそ潔い」

「持たない、けど、来るなら」

「京太くん?」

「理由つけて、毎回、会いに、来る…なら……」

「君が……許してくれるなら、行くよ。……だったら?」

 

 

 

 聞こえたのは、ここまで。

 聞き耳をたてるつもりはない。聞かれたくないだろうし、聞きたくもない。

 

 ただ、直後に

 

 

「起きろー!!言う事言ってから寝てよー!!」

 

 という、嫌でも耳に入る叫びが聞こえてしまったので、たいした話はしてないだろうと思う。

 ……応援も妨害もする気はないが、ほんの少しだけ同情してしまった。

 ま、飲ませたの羽鳥だしな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

25日に更新なら、そう遅くも無いのではないかなーとか思ってます。25日から書き始めてるのが問題ですが。でも6時間かかった。

タイトルは例によって思音さんに考えさせました。一行も考えていない状態から。「今回はヤドリギの予定〜」とだけ言って。前回が『秘密』だったので今回は『知っている』になった模様。

そろそろくっつけてやろうかと思ってたのですが、京太君が素直じゃありません。どーにもノーマル嗜好だからなー。

次あたりで決着つくんじゃないでしょうか。次は……バレンタインかな?というか今更ですが何で続いてるんでしょうね企画物。最初はそれぞれ独立した話の予定だったのに。

飛鳥ちゃんのケーキについての描写が殆どないのは、考えようとするたびに新井理恵の「ろまんが」のコンチ君の台詞が頭をよぎりまして、ああいう方向性だと思うから困る。あれ以上は思い浮かばない……。どんなかといえば2巻128ページ1コマ目「お嬢様の喜ぶ姿を見るとついついやめられなくて…最初はサンタさんとお家程度だったものが次第に住人も増え家の内装にもこだわるようになり、そういえばその家の住人にもクリスマスパーティーをさせなくてはとツリーやらケーキやら豪勢なごちそうを作ったりしましてね。昨年はペットの犬に5匹の子供が生まれました」「ソレってケーキの上に飾るお菓子の家の話ですわよね」

……これを超えるのは無理だ。羽鳥も飛鳥もちょーこの為ならこれくらいやらかしそうな気がします。この場合突っ込み入れてる弥生ちゃん役が京太くんか。