紅茶と砂糖菓子と君と

 

 

 

 

 

 

「とりっくおあとりーとぉ!」

 

 

 玄関をくぐった途端に聞こえた稚い声に、げんなりした。

「誰だよこいつに余計な事吹き込みやがったのは」

 聞くまでもないが。

 

 一歩下がったところで並んで立っている奴らを睨みつけた。

「おお、ちゃんと言えたね。さすがは食への執念?」

「偉いぞちょーこ」

「へへー」

 おそらく魔女の仮装であろう、黒いワンピースを纏い同色の三角帽を被ったちょーこが、満面の笑みで両掌を上に向ける。

「けーた、おかし!」

「何かムカつく・・・・・・」

「おかしー!!」

「よし、ちょーこ。イタズラしちゃえ♪」

「あおんな羽鳥!・・・・・・ったく、ホラよ」

「わーい!」

 鞄から取り出したクッキーを渡すと、歓声を上げて居間へ掛けて行った。ついでに飛鳥もそれを追って。

「準備いーね」

「調理実習だったんだよ」

「へぇ?この日にお菓子にするってのはユーモアのある先生だね」

「偶然だと思うけどな」

「かもね。それはさておき、居間においでよ。お茶淹れる所だったから」

 機嫌の良さそうな羽鳥に、片手を上げて了解を示した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「紅茶も飲むのな」

「日本茶の方が多いけどね。茶菓子によるかな」

 今日はクッキーだから。思ったより臨機応変らしい。

「砂糖はいくつ?」

「ストレートでいい」

 カップを受け取ると、なかなか良い色と香りをしていた。安い茶葉しか無い筈なのになと少し感心する。

 もっとも、いくら茶の質が良くても、この面子じゃあまり意味はなさそうだ。

 ちょーこは菓子が全てで、あの様子では流し込むための飲み物の味などわかるまい。飛鳥はそんなちょーこを眺めるのに忙しい。

 もったいねぇかも。そんな事を思っていると、クッキー片手に羽鳥が首を傾げた。

「クッキーに埋もれるちょーこって、妙に似つかわしい気がするなぁ」

「何だそりゃ?」

「イメージだよ。砂糖菓子、特に焼き菓子っぽい気が」

「ああ、髪の色とか?」

「それだけじゃないけど、うん、それも大きいかな」

 そう言われてクッキーとちょーこを見比べてみる。よくわからん。

 

「それにしても、てっきりイタズラの方になると思ったのになぁ。あ、僕もやろっかな。もう持ってないよね?」

 羽鳥がニヤリと人の悪い笑みを浮かべる。

 そんなに人が困るのを見たいかお前は。

「仮装もなしに何言ってやがる」

「必要ある?何なら翼出すけど」

 そうだった、こいつら本物だったっけ。

「洋物の行事には関係ないだろ」

 こいつはクリスマスやバレンタインにも悪ノリしていた気もするが。

「霊的な物が高まる日ってのに国境線は無いよ。和風に考えるなら、神無月の末日にハメを外して人に目撃される妖しがいてもおかしくない」

「へぇ、そういうもんか?」

「や、適当にでっち上げただけ」

「お前なぁ・・・・・・」

 うっかり納得しかけたのが悔しい。

 

「ってことで、Trick or Treat 京太くん?」

 何故か無駄に流暢だ。それもまた腹立たしい。

「ん」

「へ?もう一つあったの?」

 鞄から先程ちょーこにやったのと同じ袋を取り出すと、二度も思惑を外された羽鳥が目を丸くする。少し気分が晴れた。

「たくさん作るんだねぇ?ご丁寧にリボンまで着けちゃって」

「いや、海原のだから」

「・・・・・・・・・え?」

 リボンを解いていた指がピタリと止まった。

「太るだの、ちょーこにやれだのっつって、押し付けられたんだよ」

「・・・・・・・・・ふぅん。全然太ってないのに、彼女」

 二袋目を開ける前に、紅茶を足す事にしたようだ。先程と違ってカチャカチャ言わせながら二杯目を注いでいる。

「だよな、変な奴。まぁ要はちょーこにって事だろ。実際取られたしな」

 羽鳥がシュガーポットを引き寄せるのを視界の端に、食べる速度の落ちないちょーこを眺める。もうすぐ一袋目が終わりそうだ。

「・・・・・・・・・取られたのは、君の作った方じゃないか」

「どっちにしろアイツが一袋持ってったんだから同じだろ。どーせ大して味も違わねーよ」

「・・・・・・・・・・・・・・・すぎる」

「あ?」

 やけに低い声で、何か良くない事を呟かれた気がした。

 

「何か言っ・・・・・」

「けーたー、おかしー!」

 しかし、聞き返すよりも、食べ終わったちょーこが叫ぶ方が早かった。

「今食ったろ!!」

 スコーンと良い音をたてて頭を叩くが、効果はない。この石頭。

 とはいえ、飛鳥は何か文句を言ってくるだろうと身構えたのだが、予想に反して何も無かった。

 いい加減、過保護を自覚したのだろうかと飛鳥を見れば、何故か血の気の引いた青い顔をしていた。

 

「具合悪ぃのか?」

「い、いや・・・・・・・・・。ちょーこ!何でも買ってやるから出かけよう!!」

「わーい!ひどりすきー」

 やけに必死な呼びかけに、歓声を上げてちょーこが飛びついた。

 ちょーこを抱えるようにして飛び出して行った姿を呆然と見送った。

 

「何だぁ?あいつ」

「・・・・・・逃げたね」

「逃げた?何から」

「八つ当たりから、かな」

「あ?」

 わけわかんねー、と視線を戻すと、やけに色濃い紅茶が目に入った。

「何でお前の茶、そんな色してんだ?」

「あはははは、うっかり砂糖入れすぎちゃって」

 そういえば紅茶ってそういうもんだっけ。

「それは食わねぇの?」

「いらない。紅茶が甘すぎるから、これ以上甘い物を取りたくない」

「ふーん。けっこう鈍くさいのな」

 どんだけ砂糖入れたらこうなるのやら、黒っぽい液体を口に運ぶ羽鳥の眉根が寄る。

「全くだね。甘過ぎて胸が焼ける。何かすごいイライラしてきた」

 え。不穏な物言いに凝視する。

 にっこりと、カップを置いて、羽鳥が笑う。

 どこがどう、とは言えない。むしろ完璧な笑みだったと思えるのだが、

 

 何と言うか、人の危機感を最大限煽る笑顔だった。

 

 

 

 

 知らず体が後じさるが、その前にがっしりと両肩を掴まれた。

「は、羽鳥・・・・・・?」

「京太くん。トリック オア トリート?」

 今度は甘えの混じったような、少し拙い発音だった。しかし琥珀色した目が全く笑っていない。

「や、やっただろ!?」

「あれは嫌。いらない」

「お前が手滑らせたのは俺と関係ないだろ!」

 理不尽だ。逃げた飛鳥の気持ちがわかる。

 

「ああ、そうだね。君は多分それほど悪くない。僕に妬く資格はない。怒れる立場じゃない。でもね?」

 小首をかしげる笑顔が近い。ひいっ、上がりそうな悲鳴を辛うじて堪える。

「や、妬く・・・・・・?」

「君の事好きだって告白済みの僕に、女の子から貰った品を横流すなんてのは、あまりにデリカシーの欠けた行為だと思わない?」

「告白って・・・・・・・・・ちょ、ちょっと待て!だってあれは――――――

 何の事だかわからなくて、一瞬後に思い出した。

 だって、あの言い方は冗談だった筈なのに。

 スルリと肩に置かれていた両手が首に回る。

 こんな時でなければドキリとするような、蠱惑的な仕草であった。

 

「問答無用!!」

「ぎゃあああああ!!??」

 こんな時で、なければ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 命があったのは僥倖か。

 しばしして、彼の弟と同じように逃げるように飛び出していった羽鳥の後姿を、やはり先程のように呆然と見送りながら、口元に手を当てる。

「マジかよ・・・・・・」

 喉も痛いし、胸が焼ける。

 どれだけ手が滑ったらこうなるんだという程に、ひどく甘い。

 

 カップに残る、元はまともに紅茶であった液体に目を馳せて深く息を吐いた。

 イメージだよ、と奴の声が蘇る。

 髪や瞳など、少しだけ言った本人を連想させる。

 もっとも、柔らかな色と甘い笑顔を振りまくその本質は、決してそのもの甘くなどないのだろうが。

 

 むしろ苦ぇよ。

 もう一つ息を吐き、口に当てた手を降ろした。

 忘れる事にしようと心に決めた。

 

 こんなのは、菓子の代わりのイタズラでしかないのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ハロウィン用に考えていたのですが、思っていたよりも長くなりそうなので諦めた話でした。

しかしあまりに京羽が少ない(というか無い?)ので今回仕上げてみました。京羽の基本は羽鳥の片想い。京太くんはノーマル。

同じ茶髪でも、ちょーこの髪はパステルカラーな砂糖菓子。羽鳥はそれより濃いけど透明感ある紅茶色・・・・・・というのをやりたかっただけなのですが。

予定では飛鳥ちゃんを出す気はなかったのですが、まぁちょーこある所に彼ありということで(笑) ちょいと災難でしたね。一応逃走に成功したようですが。