「金のさくら、さらさら

  銀のさくら、さらさら」

 

 

 

 ・・・

 ・・・・・・

 ・・・・・・・・・

 ・・・・・・・・・はあ?

 人に聞かせるつもりのなさそうな小さな呟きは、だけども宿題中などという、普段なら気にならないような机の隅の汚れなどが無性に気に掛かる神経過敏時間においては鼓膜を大いに刺激してくれた。

 声の方向であるベッドをそっと伺ってみれば、京太の本棚から適当に漁ってきた漫画本をアイマスクよろしく顔の上に置いている羽鳥の姿。

 

「ココ掘れわんわんポチが鳴く」

 訝しげに睨んでいても気付かないようで、またも囁き声。

 

「枯れ木に花をさかせましょう」

「・・・・・・寝言か?」

「へ?」

思わず突っ込みを入れれば、片手で漫画を持ち上げた先で、寝起きとは思えないクリアな瞳。

「口に出てた?」

「思いっきり」

 ってのは誇張か。ほんの小声だったわけだし。

 と思っていると、近い事を思ったらしい羽鳥が、そんな大きな声を出した感じはしないなぁと言いつつ口元に手を当て首を捻る。

「言ったとしても音にかき消されるくらいの・・・・・・」

 そこで、今気付いたように部屋を見回した。

「あれ、音楽掛かってなかった?」

 今更だなオイ。

「リピートにしてなかったんだよ」

「一周するまでに宿題終わらせるつもりで?」

 うるせぇよ。ああ、そのつもりだったとも。

「邪魔が入らなきゃ終わってる筈だったんだけどな」

「えー?なるべく静かにしてたのに」

 確かに羽鳥にしては静かだったが、気が散るものは散るのだ。

 散らなかったとして本当に宿題が終わっていたかはさて置いて。

 

 羽鳥が京太の部屋を強襲したのは小一時間程前か。曰く、昼寝中のちょーこの傍で騒いで飛鳥に叩き出されたらしい。かなり詳細に目に浮かぶ。

 京太的にも追い出したかったのだけど、腕力の問題で不可能だった。まぁ、今回は読み物を与えておけば大人しくするとの事だったので好きにさせていた訳だ。

 実際大人しかったのがかなり意外だ。寝起きには見えないけど寝ていた可能性も高いか。

 

「ところで、人様から借りた本をそう扱うのはどうかと思わないか?」

「ん?ああ大丈夫、僕ら人より新陳代謝少ないから顔の皮脂とかつかないって」

「そーゆー問題じゃねぇよ。人として誠意の話だ誠意の!」

 この場合の『人より』というのは他の人よりという意味合いじゃなく『人間より』なのだろうというのが分かってはいるのだけど、合えて人としてと言わせてもらう。妖怪だから仕方ないかと許せばエスカレートしていきそうな気がするので。

 

「・・・・・・意外に細かいんだから。わかったよごめん、もうしない」

「よし」

 ちょーこ並みのガキならともかく、パッと見同世代に躾をしている気がするのはどうなんだろう。

 何か微妙な心持になりそうなので、咳払いをして切り替える事にする。

 

 

「で、花咲かじじいがどうしたって?」

 さっきの三つのフレーズは、羽鳥に貸していた努力友情勝利が三本柱の少年漫画には出てこない。

 最初の一つに聞き覚えはなかったが、後ろ二つは疑いようも無い。

「ああ、下から聞こえたから。ちょーこが起きたみたいだね」

 どういう耳してんだコイツ。

「で?飛鳥が絵本を読まされてるって?」

「うん、そのようで。正確には読まされてた、かな。過去形」

 アイツ本当ちょーこに対してだけは顔違うよなぁ。

「花咲かじじいを?」

「そう、花咲かじじい」

「・・・・・・・・・花咲か『じいさん』な」

 自分で言っておいてなんだが、訂正が入らないと落ち着かない。

「うん?肯定されると反抗したくなるお年頃かな?」

「うるせぇよ」

「でもさ、この家の絵本のはそうだけど、原典は『花咲かじじい』じゃなかった?」

「原典?」

「原典っていうか、編集楠山正雄のやつ?」

「知らね」

 絵本の形態以外の日本昔話を読んだ事のある奴は少ないと思う。

 

 

「で、ちょーこは現在枯れ木に花を咲かせる灰をご所望のようで」

 ところで今は秋で色づき始めたのは葉であって、春の花は勿論のこと枯れ木とも遠い季節だったりする。

「それは・・・・・・何て答えてんだ」

「戸惑ってるねぇ。ちょっと面白い」

「悪趣味だぞ。二階から一階の盗聴をすんじゃねぇ、何でもアリじゃねーか」

「僕を追い出した報いとでも思う事にした。そもそも一階の物音なんて余程静かでないと聞こえないと思うんだけど、何で僕はほぼ最初から聞き取れてたんだろうね?いつから音楽止まってたのやら」

「うるせぇよ」

 どうせちっとも問題解けてねぇよ悪かったな。

「台詞がさっきと一緒だよー、もっとバリエーションつけてくれないとツマンナイ」

「何だって勉強中の俺が寝転んで漫画読んでるお前を楽しませなきゃいけないんだよ」

「いーじゃん、どーせ進んでないんだし」

「誰のせいだ誰の」

「静かにしてたっての。その程度で根を上げるなんて大した集中力だことで」

だったらお前にこの問題が解けるとでも言うのか、と言ってやりたかったけれど、万が一にも解かれでもしたらこっちの精神ダメージが半端ない気がするので止めておいた。

 

 

 

「で、決着はついたのか?」

「そのよーで。・・・・・・・・・ふむ」

「何だよ」

「飛鳥ちゃんはあんまし適当な事は言わない筈だよなーって思ってね」

「なんだ?咲かせてみせるとでも言ったのか?」

「近い事をね。とりあえず京太くん、一週間後の今日明けといて」

「なんで」

「花見?」

 何故に疑問系だ。

 そして何の花だ何の。桜か?桜なのか?どんな手段を使う気だ秋に。そんなもん見たかないぞ俺は。

「オレを巻き込むな」

「オッケ、僕らだけでそりゃあもう好っき勝手にやらせてもらいましょう?」

 力を込めて宣言するな。

「・・・・・・・・・わーったよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 というやりとりから一週間。

「・・・・・・何だこれ」

「へー、こりゃ見事な部分紅葉」

 羽鳥の言葉の通り、一つの木の一部分だけ色付いている様は、不自然だった。

 

「ナルホドね」

 枝を眺めて羽鳥が納得したように呟いた。

 何が成る程なんだよ。

 

 

 

「おー!」

「ちょーこ、花は無理だったから、俺にはこの程度の事しかできないが、少しは気に入ってくれたか?」

「? うん!」

 

 

 

「ちょーこ、自分の言った事忘れてるに一口」

「賭けにならねぇよ」

 何となく、飛鳥の幸せオーラが近寄りがたいので、少し離れて軽口を叩き合う。

 

「僕もちょっとだけ練習してたんだけどね」

「何を」

「右手に注目〜」

 ひらひら、と左右に振って、ぐっと握る。左手は少し下に添えて。

 何だ?と瞬きした瞬間、

 

 ポン!

 

 という軽い音と共に、目の前に花が現れた。

「今はこれが精一杯・・・・・・なんて」

 定番だがネタが古い。とはいえ、

「幼稚園児にはこっちの方がウケんじゃねーの」

 こういう瞬間的に華やかな方が目に楽しいだろう。

「自然の前では野暮ってもんでしょ。

 うちの小さなお姫様はもう囚われの身じゃないから小手先芸は不要だって」

 まだ引っ張るかカリオストロ。

 別にあいつは囚われてたわけじゃないだろうと思ったけど、言うのはやめた。

「つか、悪者役か怪盗役かハッキリしろ」

「魅力的な二択で」

「そもそも姫って柄か、アレが」

「ふんわり王女とか」

「知らね」

「王子様が健気だよあの話は。王女様の為に命懸けなのは童話で良くある事だけど、それが身も心も軽い王女様に通じてない辺りが。ま、最終的には通じるけど」

「解説してくれても読む気ないからな」

「小さいお姫様といえばさ、何でリトルプリンスが星の王子様なんだろ?原題って何だっけ、フランス語だよね?」

「知んねーよ」

 放っておくといつまででも喋り続けそうだったので手で制して黙らせる。

 無駄そうだが一応言っておかなくては。

 

 

「あんま目立つ真似すんなよな」

 今回のこれは飛鳥のしたことだが、この兄弟は互いが互いのストッパーであり且つブースターでもあるような感じなので、羽鳥に釘刺す事も大事だろう。

「目立つかな?」

「明らかに不自然だろーが。ちょーこ守る時とかはともかくとして、他での天狗パワーは控えろよ」

「へ?」

「へ、って・・・・・」

 

 

 今一理解していなさそうな雰囲気の羽鳥は数度瞬き、その後少し気まずそうに頬の辺りを人差し指で掻いた。先程花を一輪出現させた指。

「・・・・・・手品の種明かしをして、興醒めする人って損だよね」

 かと思えばそんな、どう繋がるのか分からないような台詞を口にする。

「はぁ?」

「大掛かりな物ならともかく、宴会芸程度のものなら、必要なのはちょっとした手先のテクニックと心理的盲点をついた誘導話術であって、タネ自体は単純なものが多いわけだけど」

 ちなみにこれはテクニックの方が重要、と言うと同時に今度は花が二本。

「器用な奴」

「よく言われる」

 何となく、渡されるまま受け取ってしまって対処に困る。

「そんな僕は、タネがシンプルな方が感心するね。仮に聞いた事無い機械使ったんですって言われたら、そんなのあるんだー、で終わっちゃう」

「何の話だ?」

 京太としてもいい加減羽鳥の話し方にも少しは慣れてきて、多分その内帰ってくるのだろうとは思うのだけど、回りくどくてしょうがない。

「君にとっては僕らの術がそれだよね。理解できないものだから、何があってもおかしくない。でもそこで思考を止めちゃ勿体無い」

「オレは、科学の世の中で生きたいんだよ、理解したくもない」

 そう言い切ると、羽鳥はしょうがないとでも言うように肩を竦めた。見ようによっては少し寂しげにも見える。

 

「例えば、あそこ」

 指差す方向を見上げれば紅葉している枝を携えた幹があり、

「・・・・・・何か、傷ついてるか?」

 その一部に故意に傷付けたような痕があった。

 それを確認して顔を戻せば、羽鳥がこくりと頷き、口を開く。

「紅葉が起こるのは葉緑素が壊れ、色素であるクロロフィルが分解されると同時にアントシアニンを形成する過程においての現象。元々あったカロチノイドも緑がなくなることで目立つようになるしね。

だから人為的に傷をつけてやれば、その先の葉緑素は壊れ、部分的にサイクルを早める事が可能になる―――――君の好きな科学だよ」

「・・・・・・好きじゃねぇ」

 何だこの敗北感。

 

「何でそんな事知ってんだ」

「何年生きてると思ってんの」

「いくつだ」

「人にしたら15くらいかな?」

 だから、いくつだよ。

 

「飛鳥もそれわかってて実行したわけか・・・・・・」

「飛鳥ちゃんは多分色素名までは知らないと思うけどね。山に住んでると法則はわかるようになるんだよ」

 そこで一度言葉を切って、羽鳥はくすくすと笑う。

「ま、君の心配もあながち間違っちゃいないよ。広範囲に渡ってなにで傷付けたかを考えたら、多分君の言う天狗パワーだ」

「それは慰めのつもりか」

 それとも普通に皮肉か。

「え、何で?」

 キョトンとした羽鳥は、慰めが必要となるような場面である事などまるで気付かなかったようだ。

 非科学的な存在に科学説法されてしまったわけだが、本人的には至って違和感ないらしい。

 まぁ、そうか。術さえ使わなきゃただのUMAだ。ただのってのも変だが。

 そういや昔、恐竜と怪獣の違いがわからなかったものだ。

 色付いた葉を見る。術だってもしかしたら、こういう事かもしれない。

 

 

「よくわかんないけど、まぁ元気出して」

 今度は3本の花が咲く。

「・・・・・・ホントにタネあんのか、それ」

「やだな、よくある手品じゃないか」

「マジでこっちのがちょーこにウケると思うけどな」

「それに対する返答はさっき言ったよ」

 

「ちなみに最高で何本までいける?」

「4本」

 ぽん、と音がして実演された。

「キリが悪いな、もう1本頑張れよ」

「僕のやり方じゃあ指の股以上は無理なんだよ」

 何となく、隠し場所がわかった。そうか、袖口じゃなかったか。次は凝視してやろう。

 そう思って奴の手元を凝視していたのだが、

 

「僕が持てる数なんて、たかが知れてるんだ」

 陽を遮るように、もしくは陽に透かすように手を翳す羽鳥の声が、どうもコイツこそ落ち込んでいるような気がして、

 

 

 

「王子様のバラが他のバラと違う所はどこだって、狐は言った?」

 コイツ並みに訳の分からん振りをしてしまった。

「へ?・・・・・・え、っと、星の王子様?」

 バラと狐と王子様で察したか、話が早くて助かる。さっき話題に出たしな。

「山ん中、ヒマなんだろ。そういう小手先芸が上達するくらいに。

 あんなのの世話焼いてりゃお前らだってヒマ無かったろうけど、行動範囲の狭いちょーこはもっとだ。

 お前ら、ちょーこの退屈どんだけ紛らわせてやった?」

 羽鳥は虚をつかれた顔をしている。何か言え、言ってるこっちが恥ずかしい。

「・・・・・・・・・どーせ、忘れちゃうよ」

 やっと喋ればそんな台詞で、ちょっとムッときた。

「人間甘くみんな。三つ子の魂百までは伊達じゃねぇぞ。

 読んでもらった絵本の内容は忘れても、印象くらいは残るんだ」

「・・・・・・・・・」

 

 どこか呆けた感じの羽鳥の手が、ゆるゆるとこちらに向かって伸ばされる。

 何だ、5本に挑戦か?と思っていると、

「あ・・・」

「何だ?」

「あ、いや」

 伸ばしかけていた手を、何だか少し驚いたように見つめた。

「何だよ」

「・・・や、自重しないとね。飛鳥ちゃんじゃないんだから」

「はぁ?」

 何の事やら。

 

「何でもない何でもない。えっと、三つ子の魂百まで、だっけ?」

 話を戻した羽鳥は、ふむと軽く腕を組む。

「・・・・・・百まで、生きるかなぁ」

「話の焦点そこじゃねえよ」

「生きて欲しいな」

 聞いてねーし。

「生きんじゃねーの、あいつならそんくらい」

 憎まれっ子世にはばかると言うし。

 別に憎まれてはいないだろうが、迷惑撒き散らし娘なのでいらん恨みは買いそうだ。

 

 

「君も、長生きしてね。でもって、できれば覚えてて」

 何を。お前らをか。

「3つまでに会ってないから無理。オレは忙しい」

 本当の所、こんな強烈な奴らの事は死ぬまで忘れっこないだろうさ。

「じゃあ、暇になったら遊びに行こうかな。あと半世紀くらい?」

 めげない奴だった。

 確かにあと50年もすれば定年退職してるだろうが、これ本気で言ってんだよなぁ?

「・・・・・・だから、いくつなんだよお前」

「それはヒミツ。ねーねーいいじゃん、退屈しのぎにはなるって」

 ぽん。数を増やせない代わりに今度は紅白交互だ。無駄におめでたい。

 

 

 

「5本できるようになったら考えてやる」

「うん、頑張るよ」

 今、オレはこいつの退屈しのぎを与えてやった事になるんだろうか。

 正直、いくつまで生きるか分からない天狗の特別になるのは重い。

 

 だけど、まぁいいかとも思う。

 どうやらオレは、死ぬまで退屈とは無縁そうだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

鳥っコの御題なのだから京羽は自重、と思ってたのにどうしよう、割かし理想の京羽が書けてしまいました。

だから京太くんを出すと話が持ってかれるって・・・!とかいう問題じゃないかもしれない。後半は飛鳥ちゃんどこー?

いや、この『退屈』という題で3つくらいネタ考えたんですけど、いまいち面白くなかったり御題に沿ってなかったりしたもので、これが一番『退屈』が前面に出てたもので、つい。