つらく孤独な戦いに、幾度か気が遠くなりながらも何とか勝利―――――――したかどうかは謎だが、とりあえず完食――――――――したはいいが、休む間もなくその厄介な物を作り出した台所の後片付けをしなければならない事に、何となく理不尽さを感じる。

 

 

 

 皿を運びながら大きなため息ひとつ。嘆いていても仕方ないので手を動かすか。

 

 意外に切り替えの早い飛鳥が落としていた視線を上げると、もっと切り替えの早い筈の喧嘩相手が神妙な顔して立っていた。

 

 

 

「羽・・・・・・・・・何か用か」

 普通に呼びかけそうになったが、先程の仕打ちを思い出し、殊更不機嫌そうな声を出した。

 

 少しムッとしたようだが、手伝う、とだけ言って隣に立った。

 

 

 

 

「全部食べるとは思わなかった」

 水音と共に小さな呟きが流れてきた。

 我ながら意地になっていた自覚はあるので返答に窮し、聞こえなかった事にした。

 手を止めた羽鳥の持つ鍋が、カタリと音をたてて置かれる。

「不味かったっしょ?」

「・・・・・・・・・いっそ芸術だな」

 その返答が気に入ったのか、クスクスと羽鳥が笑う。

「確かに。作った我ながら気が遠くなったよ。でも飛鳥ちゃんが残さないか以上、こっちとしてもねー」

「・・・・・・・・・?」

 違和感に手を止める。

「・・・・・・待て、お前のもか?」

 思わず振り向いて問うと、キョトンと目を瞬かせた。

「そりゃそうでしょ?」

 何を聞きたいのか分からない様子の羽鳥と、話がかみ合わない。

 いや、こっちの前提が違うのか。

 つまり、

 

「嫌がらせじゃあ・・・・・・?」

 気が抜けたような飛鳥の声で羽鳥も察したらしく、ないよと心外だと言わんばかりに眉を寄せる。

「食べ物を粗末にするような手段は趣味じゃない」

「なら、さっきのは・・・・・・」

「精神状態がバッチリ反映されちゃったらしいね」

 

 苛ついているときに調理をすると、味が尖ったり濃くなったりはするが、何て極端な。

「喧嘩両成敗。一緒に責任とってもらおうかと」

「他の分は?」

「あんまりかと思って、作り直した。量多かったろ?」

「ああ」

 二人前だったのか。

「捨てんの勿体無いし。代わりに盛り付けには気合いれてみたんだけど」

 おかげで余計に裏切られた。

 彩りが味に影響を及ぼす範囲を軽く超えているのだから、期待させるような力の入れ方は勘弁してほしい。

 

 心底うんざりした心情が顔に出たらしく、羽鳥がばつの悪そうな呈を見せる。

「・・・・・・・・・ごめん」

「・・・・・・どっちが?」

 小声の謝罪に、他意無くどちらか分からなかったから聞いただけなのに、意地の悪い問いに聞こえたらしい羽鳥に睨まれた。

「まずいもん食わせた事!それだけ!」

「・・・・・・・・・・・・・・」

 多分、聞き返さなければそれ『だけ』ではなかったのだろう。

 今日は悉く時機が悪い。そもそも飛鳥には羽鳥が何を怒っているのかも把握できていないのだ。

 むくれている羽鳥を前に、理不尽さを感じているのはこっちだと思う。

 しかし張り合うのも面倒で、洗いかけの鍋に手を落とした。

 里芋が底にひとつ残っていて、なんだか頭が痛くなる。

 ベタリと張り付く理不尽さを感じるけど、面倒なので流してもいい。

 飛鳥は譲れないことは本当に貫くが、その範囲はそれほど広くない。

 大した事ではないのだ。謝ってもいい。

 そういう所は羽鳥にも通じる事で、だけどもその範囲がピタリと重なる訳ではない。

 その差異が時に感心を、時に今回のように苛立ちを引き起こす。

 

 大した事ではないのに。もう一度、声に出さずに繰り返す。

 心配したのだろう、きっと。怖がらせてしまった。

 それ以上に腹立ちを覚えているらしい理由は飛鳥にはわからないけれど、おそらく説明されても分からないから、考えなくていい。

 でも、多分飛鳥が謝っても余計に苛立たせるだけだという予測はつく。

 どうしたものか。

 

 

 

「なーに固まってんだか」

 小突かれた。軽くだが。

 鍋を持って芋を眺めながらの考え事は、不味い物を作った自覚のある当人としてはいたたまれなかったのかもしれない。

 そんなつもりは無かったのだが。

 

 

 不機嫌な表情を浮かべながら、羽鳥の指が張り付いた里芋を引き剥がす。

 摘み上げたそれに歯を立てる際、ガリと音がしたので、それが住職たちに充てた分ではなく、先程飛鳥が何とか飲み下した方だとしれる。

 嫌そうに顰められる眉は、自分もよく指摘されることではあるが、羽鳥には殊の外似合わない。

 

 ・・・・・・というより、見たくないだけか。単純に、俺が。

 ストンと納得したところで、半分ほどの大きさになった里芋を、羽鳥の手ごと引き寄せた。

 

「な、何?」

 虚を疲れて、半端に口を空けたまま幾度か瞬く。

「両成敗、なんだろ」

 言って、半欠けの芋を口に含む。指ごと。

「・・・・・・・・っ!」

 羽鳥が引きつった顔で息を呑む。

 流れたツユまで舐めとって放す。

 

「あー・・・・・・も、何だかな」

「何だ?」

「馬鹿らしくなってきた・・・・・・・・・布団でも敷いてこよ」

「頭が冷えるとそういうものだからな」

 喧嘩というものは。

 

「ん。冷めたけど、火も着いちゃったよーな気も・・・・・・」

「何で」

「ノリとしては『お熱い内に食べてv』って感じ?」

「?・・・・・・何をだ?」

「あはは、わかんないだろーと思ったよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

最後は床勝負になるって事か?←こらこら

 この羽鳥は何だかいつもと様子が違うなぁ。流行のツンデレでも入ってるのか?

あ、喧嘩の理由はお題No16「子供時代」の件なんですけど………って、まだUPしてませんね。