本の進みが遅いので気付いた。

 前髪を掻き揚げる仕種が多い。

 そういえば、ちょっと俯くと何度と無く視界に入るし、時々眼に刺さる。

 

 一筋、指に絡めてクルクル回す。……ふむ、けっこう伸びたかな。

 身体の成長は殆ど止まったようなものだけど、髪や爪は普通に伸びる。

 面倒だけど、そろそろ……

 

「髪、切った方が良くないか?」

 口に出そうと思った台詞が、僕の声帯を震わす前に聞こえた。

「……双子のシンパシー?」

「何だそれ」

「いや、同じ事考えてたもんで」

 まぁ、同じ日に切ってるし、伸びる速度も笑えるくらいにお揃いなわけだから、そういう事もあるか。

「鬱陶しそうだよな」

 納得した飛鳥が頷く。

 ……って、あれ?推定調?

 首を捻りつつ、どこかに向いた飛鳥の視線を追えば、やっぱりというか、ちょーこが居た。

「……だね」

 ガァと転げまわりつつ、時折顔を顰めてふるふると首を振る。

 なるほど、鬱陶しそうだ。

 

「切った方がいいよな。眼が悪くなる」

「そうだね。でも鴉さん、もうしばらく出張だよ」

 出張って何だよ、と口にする度に疑問を感じるものの、時々そう言ってはしばらく出かけ、まとまった金を稼いでくる以上、当人の申告に倣う他ない。

 そんな彼はこの家での散髪役も担ってくれている。

 羽鳥は、その気になれば割と何でもこなせる器用貧乏だと自認しているが、鴉はそこから『割と』と『貧乏』が抜ける。

 こっそり打倒目標だ。

 

「鴉さんでなきゃ無理か?」

「ってことはないけど、苦労するよ」

「そうだな、あの髪型は技術が要りそうだ」

「え。いや、あれは………」

 起きてると動き回るんで寝てる間に切ってたから、後頭部が切れなかったのが定着しちゃっただけなんだけど。

「何だ?」

「何でもー」

 まぁ、夢見たいなら黙っておこう。

 

 

「ま、やりたいならやれば」

「………」

 鋏を渡してやるも、何か考え込んでいる。

「どしたん?」

「羽鳥」

 あ、何かヤな予感。

「お前、ちょっとむこう向いてここに座……」

「ヤだ」

 最後まで言わせてなるものか。

「まだ言ってない」

「実験台になるのは御免だよ」

「実験台は言い過ぎだ。せめて練習台」

「同じだって。やだよ」

「たまには奉仕精神見せてみろ!」

「ヤだよ遊びに行けなくなる!

 ちょーここそ山から出ないんだから多少ガタガタでもいいじゃん!」

「いいわけあるか!女性にとっての髪がどれだけ重要だと思ってる!」

「あんなちんちくりん相手に何が女性だこのロリコン!

 人に献身求めんならまず自分から捧げろ!」

 言いながら、何か問題発言したような気がした。

 何だろ……ロリコン?ちんちくりん?それとも………

 

「………わかった」

 しまった。献身、か。

 失言を悟った頃には、先ほど渡した鋏を押し付けられている。

「『まず』は、お前が切れ」

 らしくなく、揚げ足を取っているだけでなく、うっすらと口の端を上げている。

 無論、眼は笑ってない。

 あ、ちょっと怒ってる。

「あ、ははは……」

「笑ってないで受け取れ」

 そっちこそ、どうせ笑うなら楽しい時にお願いしたい。

 どうやら、失言はひとつではなかったらしい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 今、人の悪い顔をしているのだろう自覚は飛鳥にもある。

 羽鳥の笑顔は思い切り引きつっているが、何やら不愉快な事言われたので逃がす気は無い。

「それって、終わったら役割交代なんだよね……?」

「往生際が悪い」

 了承のための条件、のようにも受け取れる言い方をしてしまったのは羽鳥だ。これでいて意外と気位は高いので、一度取り付けたやりとりを反故にはすまい。

「わーったよ、座って」

 諦めたように一つ息を吐いて、座椅子を示した。

 

 

 別に、唯の勢いや揚げ足取りで食い下がったわけではない。

 羽鳥は何事もコツを掴むのが早い。

 飛鳥が右往左往している横で、さっさと要領よく仕上げている場面が幾度あった事か。

 羨ましいとは思わない。己の天分に納得せずに妬むのは意味が無いと知っている。

 それに飛鳥は飲み込みは遅くとも、羽鳥の動きは追える。

 その気になれば、羽鳥の所作を正確に模倣できる。そうして動いている内に、要点もわかる。

 そういう風にできている。

 ちょーこに失敗はしたくないので、この方が効率が良いだろうと判断しての事だ。

 

 今回は背を向ける事になるので、羽鳥の手元は見えない。

 頭巾を取って、眼を閉じて背もたれに委ねた。

 見えないのなら、視覚は必要ない。意識を研ぎ澄まし気配を追えば、羽鳥の動作なら正確に捉えられる。

「わぁ……」

「何だ」

「なんか、やらしいなって」

 ゴッ、と鈍い音が響いた。

「っつー……頭突きは僕が刃物持ってる事鑑みてよ!」

「頭突き……」

 だったのか?こちらも星が飛んだ。

「あれ?呆れて仰け反っただけ?」

 多分、複合。

「あまり阿呆な事抜かすな」

「だってさ、繰り返すけど僕は刃物持ってるわけだし」

「だから?」

「……何でもない。始めるから動かないでね」

 梳る感触。下から順に、撫で付けるようにゆっくりと。

 女のように長くもなく、元々櫛通りの良い髪なので、すぐに終わる。

 シャキリと一度、空で鋏の開閉する音がする。

「じゃ、切るけど」

「さっさとしろ」

「何でそう偉そうかな……」

 不平は漏らすが、さんざん嫌がっていた割には楽しそうな声音だ。

 何であれ楽しみを拾い上げる羽鳥らしいと言えばらしい変化か。

 

 

 しゃきん、しゃきん

 慎重すぎるほどに丁寧に。ごく少量づつ、床に黒い髪が散る。

「新聞紙でもひけば良かった」

「掃けばいいだろ」

「言い出しっぺがやってよ?」

 

 しゃきり、しゃきりと安定したリズムは単調で、少し眠い。

 何だか意外に――――――心地良い。

 

「ま、こんなもんかな」

「っ!」

 首にフッと息を吹きかけられ、思わず身体が跳ねた。

 肌に貼り付いた髪を掃う為だったのだろう、大げさに驚いたのがおかしかったか、クスクス笑いながら肩や背を掃っている。

「笑うな!」

「ああ違うって、そうじゃなくて……」

 コツリ、肩に僅かな重み。

「うん……うん」

 クスクスと、笑い声とともに肩に振動が伝わり、茶色い髪が揺れるのが視界に映る。

「うん、いいな。思ったより楽しかった」

「……そろそろ代われ」

「まだだよ。前切ってから。眼瞑っててね」

 言われた通りに再度眼を閉じると、気配が近くなる。

 時折、鼻や頬にひやりとした鋏の感触があたる。

 微かな息遣いを感じる。

 近いな、と思った。

 

 鋏の動きが止まった。

「まだ閉じててよ」

 指がそっと顔を辿る。

 パラパラと軽くはらって、最後に額に指ではない感触がして、気配が離れた。

「終ーわり」

「……座れ」

「はいはい」

 先程渋っていたのが嘘のように、大人しく位置を交代した。

 

 

 さて、最初はどうするんだったか。

 思い出していると、羽鳥が頭巾を取り体の力を抜いた。

 鴉さんに切って貰っているより、ゆったりとして見える気がした。

 それが何故か思い至り、飛鳥は手にした鋏に視線を落とす。

 銀色の煌きと、そのすぐ傍にあるすっきりした首筋。

「……なるほど」

 やらしい、とはこういう意味か。

 急所を刃物に晒して平然としていられるのは、持っているのが飛鳥だからだ。

 住職達にも絶対の信頼を寄せてはいるが、それでも自分達は警戒心の強いイキモノで。

「んー?」

「なんでもない。動くな」

 先程ひどく寛いでいた己を思い、頬が熱くなった。眠くなるなんて、相当安心しきってる証拠だ。

 羽鳥がむこうを向いていて良かった。不審に思われない内に済ませてしまおう。

 ………さっき漏らした一言で、不審どころか看破されているかもしれないが。

 

 整えるように梳く。

 色の薄い髪が陽に透ける様は気に入っている。

 少し名残惜しく思いながら、僅かに掬い上げて刃を当てた。

 

 しゃきん、しゃきん。

 しばし金属音だけが響いたが、それに笑い声が混じりだした。

「なーんか、くすぐったいや」

「そうか?どこだ」

「そーじゃなくて、面映い。本当きっちり僕のトレースなんだもん」

「独創性見せてやろうか」

 くつくつ笑っているから揺れる。このままなら意図してではなしに独創的な髪型が出来上がりそうだ。

「遠慮しまーす」

「なら黙れ。笑うな」

「んー。でも、ちょっとならいいかも」

「本気か」

「そこまでソックリ同じにしなくていいってこと。

 あ、そこちょっと切り過ぎちゃったから残しといて」

「そういう事か」

 自分の髪に触ってみても特に違和感を感じないので、たいした失敗ではないのだろうが。

 

「むー、眠いなぁ」

「起きてろ。後ろ終わったから、舟漕いだら眼に刺さるぞ」

「怖っ!」

「いいから目閉じろ」

「へーい」

 

 眠っているでもなしに大人しくしている羽鳥は少し新鮮だ。

 普段喧しいほどに表情を彩る眼も口も、閉じていれば印象が違う。

 顔立ち自体は似ている自分たちだから、多分先程の自分もこんな顔をしていたのだろう。

 

「終わったー?」

「ああ、まだ開けるなよ」

 顔に付いた髪を払い落とす。

 粗方はたき終えて、もう付いてないかと顔を近づけて……

 呼気が、絡んだ。

 

 なるほど、とまた思った。

 

「・・・・・・もっかい言うけど、きっかり真似しなくていーから」

 まだ眼を閉じたまま、羽鳥が囁く。

「・・・・・・そうだな」

 筒抜けなのが気になるが、お互い様なのだろうから、いいか。

 これ以上余計な事を言われないうちに、笑みの形に上がった口元に唇を寄せた。

 

 

 

 

 久方ぶりに覗いた茶色い瞳が楽しげに煌いた。

「うん、切ってもらうってのもまた一興」

「・・・・・・そうだな、意外と楽しめた」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ひたすらいちゃつき話? いや、なんか思いつかなくて。王道萌えシチュのひとつである散発ネタに走ってみました。王道ですよね?

羽鳥はいっつも楽しそうなので、この題は飛鳥で行こうと思ったものの、私、飛鳥は『簡単に笑わさない事』と定めております。無論、対ちょーこ仕様は除く。

ああもう書きにくいったら!いや自分制約ですけどね。でもってこの程度の自分ルールはあった方が書きやすいんですけど、けど!

ちなみに、羽鳥は『簡単に泣かさない』ただし嘘無きは含まない。これは概ねどのキャラにも言えるんですけどね。原作で泣き虫キャラでない限りは。

そんなわけでちょーこ関係なら飛鳥は泣かせてOK。って話題がずれたな。

人様の生み出したキャラを、ちょっとやそっとの理由で泣かせたりできません。ってのと同じ理屈で原作で殆ど笑わないキャラに楽しそうにさせるのは大変です。

対ちょーこ仕様の笑顔、となれば楽だけど、天狗のお題としてはちょいズレる感が。まぁちょーこありきの天狗なのでそれでもいいんですけど。