「んっ・・・・・・・・」

 ゆっくりと、自ら腰を落として行く羽鳥の口から呻きが洩れる。

 どうしても苦しそうなそれに、横になったままながら少し心配になる。

「大丈夫か・・・・・?」

「けっこ・・・キツイ、ね。きじょ・・・い、って」

「無理そうなら・・・・」

「へー、き。多分、も少・・・し」

 そこで概ね飲み込み終えたらしく、深く一息吐いた。

 お互いに、呼吸の整うのを待つ。

 

「痛く、ない・・・・・・?」

「こっちの、台詞だ」

 確かに、少しきついけど。

「じゃ、いっ、か・・・・・・・んん!」

 少し腰を上げて、また落とす。

 何度かそれを繰り返す内に、段々と呼吸が揃ってきた。

 

「ん、あっ・・・・」

「く、う・・・・・・」

 羽鳥が自分の好きなように動いて声を出す度に、包まれている飛鳥も締められる。

 与えられる断続的な刺激と、高まる熱に、徐々に思考が朦朧としてくる。

 意識の端から、とろりとした白い霞に侵食されていく心地がする。

 

 

 瞼の裏がちかちかと明滅する。

「は、ぁああっ!んあ、あっ・・・・!」

 頭上で一際高く上がった声を耳にした時、

「あ・・・・・・!」

 飛鳥の意識は白い闇に飲み込まれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 シャリ

 小さな音と、爽やかな香りを感じて目を開けた。

 まだ体はだるいけど、前回の目覚めよりかは幾分マシな気がした。

 何より、1人じゃない辺りが。

「羽、鳥・・・・・?」

 横を向くと、切り分けた林檎らしきものを銜えている羽鳥と目が合った。

 

「んむ、ほひは」

「飲み込んでから喋れ」

「んー」

 『飲み込んでから』と言った筈なのに何故か『全部食べ終わってから』、やっと羽鳥が口を開いた。

「お腹空いちゃったもんで。飛鳥ちゃんも食べるなら剥こうか?」

「じゃあ頼む」

「ん」

 月明かりしか光源の無い中、スルスルと器用に皮剥きされていく林檎を眺めながら、普通だなと思う。

 この上なく、普通だ。

「お前、具合は?」

「ん?元気だよー。予防にって、前もって薬飲んどいたし」

 確かに、普段となんら変わりない。

 

 いつもと、同じ。

 狂態を晒した割にはあまりにその名残が無いので、もしや熱に浮かされた夢だったかと疑ってしまった。

「しかし、夢にしては・・・・・・」

 つい、その思いが口に出た。突如、

 

 パキン!

 

 澄んだ音。何の音だ?

 音源を確かめようと、音のした方を向いて・・・・・

 

 トス

 

「え・・・・・・・・?」

 頭を預けている枕、その僅か先に何かが突き刺さった。

「なっ、何が・・・・?」

 月光を受けて銀色に煌めく刃物。

 それは大きさからしておそらくは、柄の折れた果物ナイフ。

 

 

「わざとじゃ、ないよ?」

 柄だけになった残骸を持ちながら、羽鳥が首を傾げる。

「あ、ああ」

 信じよう。狙って出来たら怖い。

 ただ、どうして高だか林檎でナイフが真っ二つに折れるような圧力が掛かったのか。

 

「夢だって言い張るならそれでもいーけどさ」

「は、羽鳥・・・・?」

「でも、折角頑張ったのになぁ。明日よくわかんない場所が筋肉痛になってそうなくらいには」

 夢ではなかったらしい。

「い、いや別に夢にしたかったとかじゃ・・・・・」

「飛鳥ちゃん途中でリタイアしちゃうから、後もそれなりに大変だったし・・・・・・」

「人の話を・・・」

「夢にしたいならそういう事にしといたげてもいいけど」

「だから羽鳥」

 畳み掛けてくる羽鳥に、何とか口を挟もうとするが上手くいかず、

 

 きっ!視線を鋭くした羽鳥が正面から目を合わせ、

 

 

「飛鳥ちゃんの自己中早○ばかー!!」

「仕方ないだろ煽られっぱなしだったんだから!お前の配分ミスだ!!」

 

 

 

 

 しょうもない兄弟喧嘩は、

「真夜中に教育に悪い事を叫ぶな」と、ばっちり聞こえていた第三者が間に入るまで続いたという。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

はい、お粗末様でした。