「こんな所に居た」

 木の上でぼんやりと、随分とすっきりしてしまった景色を眺めていた時だった。

 

 

「・・・・・・何をしてる」

 下方から声を掛けられ、彼本人というよりその連れに対して眉を顰めた。

 

「お散歩。ね?」

 腕の中のものに同意を求めるように。

「室内に居なくていいのか」

「景色に飽きたみたいで、むずがるんだよね」

 羽鳥がそう言うと同時に、その事を証明するようにそれが小さく蠢いた。

 今は眠っているようだけど。

 

 

 トン、と殆ど音を立てずに着地する。

 同じ目線になった兄に、非難めいた眼差しを向けるのは本意ではないのだが。

「そうじゃない、外に居たりしたら・・・」

「何のために村ごと焼いたと思ってんの。

 ま、それでもあの辺にはもうしばらく近寄らせないつもりだけど」

 唯一の生き残りを、感染させるような真似はさせない。

 それでも、いつまでも外に出さないわけにもいかないからと。

 それぞれに傷付いた皆が過敏になっている中、おそらく彼だけが正確に見極めている。

 傷付いていない筈はないのに。

 

 

 

「何してたの?」

「別に、何も」

 何もしたくなかったから、そうしていただけの事。

 

 目を逸らす飛鳥に、羽鳥は一歩近付いて、

「悲しい?それとも、淋しいの?」

 主語の抜けた質問は唐突で、ひどく直接的だ。

「さぁな」

 

 

「覇気がないなぁ」

「色々駆けずり回ったけど、無駄だったなと思ったらな」

「そんなことないよ」

 また、一歩。

「無駄なんかじゃ、ない」

 断言。だけどもまだ、遠い。

 

 

 だったら、答えてみろ。

「何ができた?俺達に、何ができる?」

 無力さを痛感するしかできなかった自分達に。

 

「じゃあ、この子を育ててみる、とか」

 提示された道を、一笑に付す。

「安易だな。代わりにはならない」

 それは誰にも、何物にも。

 

「代わりじゃないし」

「なら何だ」

「それは各々の受け取り方次第」

 自分で考えましょう、と意味ありげに笑った。

 結局、はぐらかしているだけじゃないか。

 そうとしか取れなくて不快な表情を隠さない飛鳥に、まぁまぁと諭す。

「でも、とりあえずこの子が幸せになれば無駄じゃなかった事にはなる」

「理解できない」

「あっさり死なせたらそれこそ全員無駄死に。それと比べたら有意義。異論ある?」

「そこまではな」

 それでも、失くした物が大きすぎた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「この木、病気だね。空洞ができてる」

 唐突に羽鳥が話題を変えた。

 先程まで飛鳥が居た樹に手を伸ばした。

「穴ができたらもう直らない。広がりやがては自重に耐え切れず折れるか枯れるか」

 ぽっかりと黒く在るそれを辿るように指を辿らせる。

 ひとつ叩くと、コツンと音は響いて消えた。

「ポッキリ、いっちゃったんだね。きっと」

 過去形。

 それが示すものに思い当たり、はっと息を呑む。

 

 病に罹ったわけでもないのに、嘆き悲しみが強すぎて居なくなってしまった存在を。

 

 

 

「・・・・・・・・・・さみしい?」

「よく・・・・・・わから、ない」

 再度掛けられた問いかけに、先程よりも素直にそう言った。

 本当に、わからないのだ。

 

 

 

「んー・・・・・・・・・ココ、が」

 もう一歩。距離を詰めた羽鳥が、飛鳥の胸元を叩いた。

「ぽっかり空いた感じ」

 ほんの軽く叩かれただけなのに、やけに響く心地がした。

 それこそ、あの樹のように。

 

「寒い、冷たい、頼りないほど軽くて、受け止められないほど重い。暗い、怖い・・・・・・・」

 訥々と、ひとつひとつ思い出すように羽鳥が綴る。

「・・・・・・・・痛い」

 最後にポツリとそう締めた。

 

 

 

「さみしい?」

 それが、寂しいということならば。

「そう・・・・・・だな」

 それは言葉によって形を与えられた。もう曖昧なままではいられない。

 この、言霊使いめ。

「寂しい、な」

「うん。だよね」

 認めてやったら、ふっと少し安心したように笑んだ。

 

 

「僕らはさー、それなりにおっきくなったけど、悲しい事には慣れてないよね」

 世界が狭いんだ。

 

 先程の感覚を、思い出すように辿った羽鳥も、きっと戸惑ったのだろう。

 闇を宿している。あの日からずっと、広がり続ける闇を。

「・・・・・慣れたくもない」

「そうだね。その方がいい。例えずっと打たれ弱いままだとしても」

 そう、居られるのならね。

 

 

 何でもないように同意する羽鳥は、だけども飛鳥の目をみないで、先程の樹の前に立つ。

「折れちゃダメだよー。僕が困るし・・・・・・・・・嫌だ」

 樹に向いてはいるが、対象が本当にそれかは怪しいところだ。

「戻らないんだろ?」

 後は、死に行くまで。

 

「うん、でも病気が治れば広がるのを止める事はできる。

 もうできてしまった穴には別の物を流し込んで補填してやれば、折れる事はない」

「別・・・・・・?」

「ん。調達できるかはわかんないけどねー。とりあえずー・・・・・・」

 そこで言葉を切って、

「パス」

 飛んできた物体に驚いた。

 皆が壊れ物のように接するそれを・・・・・・その子を、放り投げれるのは羽鳥くらいなものだろう。

 

「な、お前何を」

 慌てて抱きとめ、非難するが、

「子供は体温高いんだ」

 遮って告げられた声に息を呑む。

「あったかいよね、その子」

 途端、腕の中に意識が向いた。

 

 

 

「僕じゃあ、無理だから」

 実感させられない、と言う。

 当然だなと、飛鳥は思う。

 同じ体温を有する羽鳥では、飛鳥に熱を移す事はできない。

 そもそも、元よりあるものでは補填できる筈が無い。

 

 

 じわりと、冷たい胸の奥、腕の中の熱が伝わる。

 おさまる事のなかった不安は、羽鳥の言霊によって定められ、これ以上膨れ上がる事はないだろう。

 失った痛みは一生癒える事はないだろうが、死に至る程ではないと気付いた。気付か、された。

 

 

 

 

「コレでか?」

「コレはないでしょコレは。物じゃないんだから」

 投げたくせにそんな事を言う。

 

「あのね、知っての通り僕は無責任だから、育てられる自信ないんだよね。

 四六時中気にしてなきゃいけないなんて絶対ムリ。だから」

 そこまで一気に言って、それから大事に言葉にした。

「だから君が、守ってあげて」

 

 

 

「飛鳥ちゃんが必要だよ。居ないと困る」

 

 にこりと綺麗に笑って、飛鳥も気付かなかった、だけども必要だった言葉を告げる。

 この、詐欺師。

 そうして飛鳥の曖昧な想いを定め、居場所を与えるから。

 選ばせているように見せて、実の所飛鳥に自由はない。

 だって飛鳥は、羽鳥を通した世界しか知らない。

 

 だけど。腕の中に視線を落とす。

 じわじわと、暗く冷たい空虚に少しずつ流れ込むこの温かさが、確かな想いに固まるまで。

 それまではきっと、この優しい嘘に浸っていても良いのだろう。

 

 

 

 もしも。

 もし、飛鳥の世界を形作る存在まで無くなれば、自由になるよりも世界に拒絶される方が早いだろう。

 その空虚はきっと、何で埋めたとしても、折れなくとも。足掻きようもなく枯れる他ない。

 だったら。

 だったらそれまでは、与えられた居場所に立っていようと思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

また勝手設定に従って話を作ってしまいました。

ちょーこが登場しているのにちょーこラブじゃない飛鳥ちゃんを初めて書いた気がします(21番「お誕生日」よりも書き始めたのが早いんです)。そんなの飛鳥ちゃんじゃねぇ。

・・・・・・いや、過去バナシだから。過去だから!←なぜか必死な私

つか既にラブは芽生え始めてるようですが。さすが飛鳥ちゃん。でも自ら道化になる事にしたのはいいけど、モノローグが恥ずかった!

前に50質で「羽鳥が居ないと生きていけない、とまで行くと行き過ぎですが」と書いたのですが、今回もろコレですね。きっぱり生きてけないらしいです。

 

谷山浩子さんの「愛をもういちど」をリピートしながら書きました。みんなの歌とかで聞いたことありませんか?こんな曲↓

だから聞きたい事はたったひとつさ もう一度きみは愛せるか 変わり果てたこの地球を きみの目の前に居るひとりの人を もう一度

楽しそうな曲調がいいなと思います。