言うだけ言って、すぐにいつもの調子で隣を歩いている羽鳥を横目で見ながら、飛鳥は今言われた事を反芻していた。

 僕の特権、と言ったか。

「・・・・・・・・・・・・・・・・」

 

 何となく不当な気がする。

 

 他の誰に聴かせたいわけじゃないけれど、自分だけ禁止されている事に対する不満だろうかと結論付けた。

 傍からすれば突っ込み所満載でそういう問題ではないと思うのだが、本人にとってはそういう問題らしい。

 

「なら、お前も俺に一曲捧げろ」

「ヤだね」

 その場限りの奴らに聴かせるのだから――――と思いつきで言ったら、さっくり断られた。

「・・・・・・・・・お前な」

「レベル差が開きまくってんのに聞かせたくないよ恥ずかしい」

 先程と逆に、言い捨てて早足になった羽鳥の腕を、逃がすまいとわし掴んだ。

「羽鳥」

「うぅ・・・・・」

 正面から向き合えば、言葉に詰まる。

 飛鳥が最終的に羽鳥に逆らえないように、羽鳥も強く出た飛鳥にすこぶる甘い。

 

 後一押し。

「お前の権利だけ主張していくつもりか?」

「・・・・・・・・何、を」

 折れた。

「じゃあ、ここ最近でお前が最も気に入った曲」

「え゛」

 何故かカァっと赤くなった。

 

「え、えーっとー、どれにしよっかなー」

「待て。今何か思い当たったんじゃないのか?」

「いやいやそんな」

「何を誤魔化す必要があるんだ?」

 本気で分からなかった飛鳥の問いに、羽鳥は視線を盛大に泳がせた後、軽く俯いた。

 

「・・・・・・何度か、こっそり練習してみたんだけど」

 あんなに巧くはできなくて、と呟くような声。

 珍しいな、と飛鳥は思う。色々と。

 羽鳥が模倣しきれなかった曲。

 それでも何度も練習してみた位に気に入った曲。

 興味が湧いた。

 

「それが良い」

「イジメだぁ・・・・・・」

「ガタガタ抜かすな」

 柄悪いしー、と悪態つきながらも観念した羽鳥が足を止め、横笛を構えた。

 

 ふっ、と一息吹き込んだだけの音が伝わる。

 確認というより単なる癖のようなもので、羽鳥の心の準備らしい。

 

 

 何拍か置いてから、再び吹き込まれた空気を滑らかに動く指が操る。

 

 

 

 悪くない。

 出だしほんの数小節でそう感じた。

 

 周囲の人の流れが止まる。

 あぁ注目されているなと思う。

 それでも、先程と違って悪くはないけれど。

 

 

 清涼な、水のせせらぎと新緑の印象。

 驚くほど、飛鳥の好みに合っている。

 目立つのは嫌いだけど。と飛鳥は己の笛を取り出した。

 気紛れに。邪魔をしないよう、そっと音を添えてみた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 拍手は起こらなかった。

 歓声もない。

 ただ、凝視されている。

 

 何でだろう。もしかして、音を添えるだけのつもりで実は台無しにしてしまったのだろうか?

 腑に落ちないで佇んでいると、何故だか先程よりも更に赤面している羽鳥に袖を引かれた。

 

「も、もう行こっ!」

「何を焦ってるんだ?」

「それを僕に言わせるっ!?」

 半ば飛鳥を引き摺るようにその場を離れた羽鳥の、未だ赤い耳を見ながら。

 そういえば、言ってなかったなと思い出し、口を開いた。

 

「さっきの、良いな」

 びくっと羽鳥の肩が跳ねた。

「気に入った。誰の曲だ?」

 

 ずべしゃあ!

 

 羽鳥が派手に素っ転んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

シューベルト・・・・・・だったかな?こういう話がありましたよね。知人が弾いてる曲が気に入って、「素晴らしい。誰の曲?」と訊いた所「お前だろ」と返ってきたとか。

えーっと、つまり最後のはそういう事です。羽鳥が赤くなったのも吹くの渋ったのも転んだのもそういう理由。うちの飛鳥ちゃんは自覚無き天才。

ところで何で遅刻してきた飛鳥がこんなに態度でかいんだ。お前遅刻した事忘れただろう。羽鳥も。