音の余韻が消えるのを待って、唇を離した。 イマイチかなー、と今まで鳴らしていた横笛を無意味にクルクル回していると、背後から拍手が聞こえた。
「鴉さん」 「珍しく練習ですか」 「ええ、まぁ」 確かに珍しいかな、と苦笑して頷いた。 僕は、飛鳥ちゃんの前では吹かないから。
「飛鳥は?」 「茄子の馬作り終えたんで置きに。でもってちょーこが玩具にしないように見張りに」 「茄子は牛です」 「あれ、そうでした?胡瓜は?」 「そっちが馬です」 言われて、形状を思い浮かべて、ちょっと納得。 茄子と胡瓜に割り箸や楊枝で足をつけた物。 ちなみに羽鳥の担当は胡瓜。バランスを気にする飛鳥とは違い、細かい拘りが無いのですぐに出来た。 どちらも盂蘭盆の準備だ。
本当は、昨日が裏盆。本家から帰ってきたのは昨夜遅く。 呼ばれていた用がまさにそれだったので、子鞠山での盆は毎年早まるか遅れるか。 別に、たいした事はしないのだ。あっちでもこっちでも。 人から流れたのか人に流したのか知らないが、殆ど人間が行うのと変わらない。 ちょっとした供え物をして、黙祷をして・・・・・・ 迎え火の代わりに羽鳥が、送り火の代わりに飛鳥が、それぞれ笛を吹く。
・・・・・・オリジナリティあるのはその位か。 といっても、代用きかないのは飛鳥ちゃんだけだろうけど。
「巧くいかなかったのですか?」 クルリ、また一回転させた所で声が掛かった。 「別に特にミスったってんじゃないんですけど」 再び苦笑。それで大体通じる。 たいていは自慢したいくらいに誇らしくて、だけどちょっぴりコンプレックス。 それをこの人には概ね理解されている。
「ま、重要なのは飛鳥ちゃんの方ですしね」 「そうですか?」 「来ようとしてるのを呼ぶより、未練があるのに帰らせる方が大変でしょう?」 「ああ・・・・・・それは、確かに」 道標なんて無くたって、きっと辿り着く。みな此岸が好きだから。 河の向こうか天の果てか、送り帰す方が余程技量がいることだろう。
「毎年、楽しみなんですよ。飛鳥ちゃんの笛聞くの」 飛鳥の演奏ならば、送ってもらう側もきっと不足無い。 「そうですか」 「早く、聴きたいな・・・・・」 宵が近い。今夜は羽鳥の出番なのに。 「僕すっ飛ばして飛鳥ちゃんのが聴きたいくらいです」 この辺はもう独り言だ。 どうでもいいような事が頭を回るから。 クルクルと、クルクルと。
羽鳥の会いたい存在は、人で無いから人の輪廻に加わっていない。 人と違い、狭い範囲で循環する魂を知っているから、長く生きればきっとまた会える。 だったら、こんな事何の意味がある?
パシ 「へ?」 無意味に回していた笛を止められた。 「そんな風に扱うものじゃありません」 「はぁ・・・・」 それはまぁ、そうだけど。
「どうして牛と馬なのか、わかりますか」 「はい?」 これまた随分と話が飛んだなぁ・・・・・・ 「知りません」 「知らなくとも、わかりませんか」 普段淡白なこの人が重ねてくるとは。 それが意外で、考えるよりも固まってしまった。
「飛鳥なら、きっと分かると思いますよ」 「え。それって・・・・・・」 「迎えが馬で、送りが牛です。その意味を考えておきなさい」 「あ・・・・・・」 笛から手を離して、背を向けられてしまった。 さすがに、そこまで言われて気付けない筈がない。 「ご、ごめんなさ・・・・・」 「謝らなくていいので、自分なりに考えておきなさい」 再度念を押した彼の背が見えなくなって、力が抜けてその場にへたり込んだ。
「ごめん、なさい」 もう一度、笛を構える。 息を、吹き込む。
本当は、本山から出た天狗の魂がどうなるかなんて知らない。
少なくとも、会いに来てはくれなかったから。 人よりも気配に敏感で、なまじそれが分かってしまうから。 分からなくて信じていられる人を小馬鹿にして、でも羨んで。
・・・・・・・怒らせて、当然だ。
息を、吹き込む。想いを織り交ぜた息を。 魂を吐息に乗せて、この細い筒を抜けて篝となるさまを思う。
曲になっていたかどうかも分からないまま、手を下ろした。
「良くなったな」 「ぅおお!?ひ、飛鳥ちゃん・・・・・とちょーこ、いつからそこに?」 どいつもこいつも何故に背後に立つよ? 「さっきから」 「からー!」 答えになってないし。 「居るなら居るって・・・・・」 「邪魔したら悪いかと・・・・・・・・違うか、邪魔したくなかったからな」 「・・・・・・さよですか」 今、赤くなってるんだろうなぁ僕。
「何かあったのか?」 「ん?」 火照った顔を冷まそうと、パタパタと手で扇いでいるのを止めた。 「いや、音色がいつもの印象と・・・・・」 「あー・・・・・・」 何と言うべきか。
「飛鳥ちゃん、供え物がどうして馬と牛か知ってる?」 「は?」 あー、多分さっきの僕もこういう顔してたんだろーな。 「知ってる?」 「いや。・・・・・・でも」 でも、何? 僕は聞き逃さないよう耳を澄ます。
「少しでも長く会っていたいから、じゃないのか」 「・・・・・・だろうね」 鴉さんの見立ては確かだね。
早馬駆けて迎えに参ります できるだけゆっくりお帰りください
分からなくはないのだけど、 僕はきっと、理解してはいないのだろう。
「あのさ、音本当に良くなってた?」 「ああ」 「遠くで聞こえたら、寄って来てくれるくらい?」 本音は割と必死なのが滲み出たか、訝しげな顔をされた。 「人攫いでも目指すのか?」 「ああ、あったねそんな話。じゃあまずは鼠駆除からかな」 珍しく茶化されたのに乗って、笑った。 流した方が無難かな、少しホッとした所だったのに。
「実際来ただろ。俺もちょーこも」 「きれーだったー」 時間差で答えるなよ天然ども。それも直球で。
「・・・・・・ちょーこ」 「ほ?」 「ごめんね」 首を傾げたちょーこを、抱きしめた。 「なにが?」 「頑張らなきゃいけない所で頑張ってなかったから」 「わかんない」 「だろうね」 クスリと笑みが漏れる。 「今日は僕謝ってばっかりだ」 「誰にだ?」 あ、飛鳥ちゃんちょっと引き攣ってる。 でもひっぺがしはしない、か。
「鴉さん、怒らせちゃった・・・・・・かも」 「何やったんだお前」 「鴉さんってさ、何でこの山にいるのかな」 「飛躍するな」 「誰か、いたのかな」 人か天狗かわからないけど。 盆を心待ちにさせるような、誰か。
「そういう事は詮索するより本人に聞くものだろ」 「そうだね」 そうかもしれないし、そうでないかもしれない。 もしかしたら、全部僕をやる気にさせるための演技だったのかも。
「はどり」 「ん?」 近い所から声がして、そういえば抱きしめたままだったと思い出して、少し身体を離した。
「ごめんなさいは、いった?」 「鴉さんに?」 言った事は言ったのだけど、受け入れてもらってない。 当然か。言葉だけでは。
「謝るのは、誠意を見せてからが筋かな。ちょーこ達にもね」 「ほ?」 「二人とも、練習付き合ってくれない?」 「珍しいな」
真相がどれかは分からない。 けれどもまぁ、どっちにしても今年の演奏はましなものになりそうだ。
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なんだか話がかつて無いほど纏まってませんね。その内書き直すかもです。しかしどこをどう直せばいいのか見当がつかない・・・・・・
「うら盆って裏盆って書くのかと思ってたら盂蘭盆なのね。表盆とかもあるのかと思ってた〜」
とか言われたので調べてみたら、裏盆って言葉もあるんですね。盂蘭盆の終わりの日ですか。
そして調べたら文章が歪もうが何だろうが使いたくなるのが物書きのサガ。
天狗が吹いてる笛について思音さんに語った。小器用に設定している羽鳥よりも飛鳥の方が巧いのが腑に落ちないらしいので詳しく語る。結果、
「ああ、羽鳥は感情篭ってないわけね」という納得のされかたをしました。端的に言うとそうですが。でもちょっとその纏め方は切ない・・・・・