「あ、ラッキーシンボル発見〜」

 買出しに向かう途中、そんな声に足を止めた。

 振り向けば、しゃがみ込んで地面に手を伸ばしている兄の姿。

 

 

 

 

「店、閉まるぞ」

「んー」

 聞いてはいるが、曖昧な返事だ。

 実際の所、そこまで切羽詰っているわけではないので少しなら付き合っても良い。

「四葉か」

「うん。いる?」

 その物言いで気付いた。触れてはいるものの、まだ摘んではいない。

 決定権を飛鳥に任せているという事だろう。

 

「いらん」

 即答。そんな少女趣味は持ち合わせていない。

「ちょーこにあげるとか」

「・・・・・・・・・」

 少し、迷った。

 

 

 

「意味無いか。まだ価値わかんないだろーしね」

 沈黙を否定ととったか、羽鳥が肩を竦める。

「それの価値とは、分かる分からないという類のものだったか?」

 幸福の御守りなら、持っていればいいのではないかと思うのだが。

 

「珍しいものだってことくらい知らないと。それが殆どでしょーに」

「珍しければ良いという事でもないだろう」

「いちにいさんし、しあわせの『し』なんて語呂合わせはその希少性の付加価値でしかないよ。

 ま、不吉と取るか幸運と取るか、紙一重のその差を決定付けるだけの要素ではあったわけだけど」

 

 普通と違うから、手元に置こう。少しでも益があるように。

 普通と違うから、排除しよう。 少しでも害がないように。

 

 どちらにしても、対象にしてみれば迷惑な話だろう。

 利用され、排除され、人ならざる者の住まう山に追い立てられた一族の末裔に贈るものとしては、風刺が利きすぎか。

 

 

 

 俄かに重くなった空気を、羽鳥が追い払うようにパタパタと手を振りながら、

「あー、別に絶対ご利益ないって言ってんじゃないんだよ?

 最初はそんなだった筈だけど、浸透したって事は効くかもしれないし、摘んでく?」

「いや」

 やはり即決。

 

「あ、そ」

 羽鳥は再び肩を竦めると、今度は未練なく立ち上がった。

 興味を失ったようにさっさと歩き出す、その背に向けて。

「増えるといいな」

「はい?」

「幸運の象徴なんだろ?ここには人も来ないから、選んで摘む奴はいない」

「まーね」

「その内、一杯になればいい」

「僕の話、聞いてた?たくさんあったんじゃ意味が・・・・・・」

「その方がいいだろ。紛れて」

 

 一瞬、驚いたように目を瞬かせて、

「・・・・・・・・・えーっと」

 わからない顔をする。実際の所は不明。

「飛鳥ちゃん的には、シンボルなんか要らないと」

「さっきからそう言ってるだろうが」

「ごもっとも」

 三度目、肩を竦めた。

 その動きで揺れた、茶色い髪に目が止まる。

 

 

「今度は何?」

 サラリとしたそれに指を絡ませると、さすがに訝しげな視線が返ってきた。

「増えたな」

「いやちょっと待った、そのハゲ疑惑を持たれそうな物言いはどうかと」

 馬鹿な喚きは無視して、一筋陽に透かし見る。

「こういう色の人間。昔は珍しかったのにな」

 精神獣使いには時折居たが。

「・・・・・・あー、染めてる人ね。もしくは脱色。天然は多分少ない筈だけど」

「そうだな。ああいうのは不自然だから、あまり綺麗だとは思えないな」

 まだ透かしながら言うと、羽鳥の耳の辺りが少し赤くなった。

「でも、もう悪目立ちはしないだろ」

「う、うん。不良って言われる事はなくなったね」

「良かったな」

 ポンと頭に手を置いてそれだけ言った。

 

 

「増えると、いいな」

 何だかなぁとぼやいている羽鳥から視線を外して、シロツメクサを眺める。

「クローバーの突然変異って、その程度の条件で増えるもんじゃ・・・・・・・・・ああ、いや。うん」

 否定しかけたのを切って、

「うん、四葉でいっぱいにして、そうしてちょーこに見せたいね?」

「俺も見てみたいしな。一緒に」

「あ、僕も見たい」

「当然だ。・・・・・・・・そろそろ行くぞ」

「あ、うん」

 予想より長引いた寄り道のおかげで、本当に店が閉まりそうだ。

 飛鳥は、そのまま振り返ることなく歩き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・・・・・・・気の長い話」

 一度だけ振り返った羽鳥が、ポツリと呟く。

 ごく小さな声量だったので、飛鳥には聞こえていまい。

 

「当然、ねぇ?」

 何について当然なのか、聞くタイミングを逃したのが少し口惜しい。

 

 約束に縛られるのは好きじゃないけど、特典もあるようだからいいかな。

 実現するとはあまり思えず、したとしてもずっと先の話だろうけれど。

 それまでの長い間。少なくともその間は――――――

 

 

 

 

 

 

 視線の先では、幸運の象徴が風に揺れている。

 無意識に口元が綻んで、そしてふと四葉のクローバーの花言葉を思い出した。

 花言葉なんてのは、他にもいくつか用意されているものだけど、

「確か、私の・・・・・・・・・」

 口に上らせかけて、途中で止めた。

 

 

「ま、今更か」

 もう一度肩を竦めると、距離の開いてしまった弟の背中を追いかけた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

花言葉『私のものになって』

 

ちょっと凄い気がするこの花言葉。いやもっと突飛なのも多いですが、四葉のクローバーにというと、ちょっと。

そしてこいつらこの時点で歳いくつだろう。

佐方くんが、この羽鳥の事を「茶髪」と言っていましたけど、連載時10年前だからこそかなぁと思ってます。うん、当時ならちょっと目立つよ茶髪。今ならそうでもないですよね?

そんな私は京太くんより一個下。世代的に間違ってないはず。

精神獣使いについて、また勝手なこと言ってますけど、普通に考えてそうですよね?異能者達が隠れ住んでたって事は。