同じ砂地なのに、随分違う。

 そんな感想を抱きながら、僕は歩いた。

 

 夜とは言え、風が冷たかった。本当の気温としてどうかはわからないけど、冷たく感じる。

 始まりだった臨海学校、その海辺の砂地とは天と地ほどの差を感じる。

 ここは、死のプレーン。

 

 

 

 頼りない砂を踏みしめる足が疲れてきたので岩場に上る。僅かにあの二人の気配が残る気がするのは錯覚だろうか。

 何となく、彼と彼女はここに立ったのじゃないかと感じた場所に腰を下ろした。

 彼と、彼女。ガナッシュとキャンディは今頃どこに居るのだろう。

 

 ぼんやりと、景色を眺める。もう少しなのに。

 欠けた輪。あと、二人。

 僕たちは……僕は、絶対に追いつかなければいけない。

 

 

 

「どーした、こんな所で?」

 不意に背後から掛かった声に驚いて振り向いた。

 呑気な事に、僕はそれが誰かを認識する前に、月夜に映える銀色だなぁと思う。

 

「眠れねぇのか?」

 隣に来たクラスメイトは、長身を屈めて僕の顔を覗き込む。

 銀の髪が流れる様子を見守り、ようやく名前が口に上った。

「カシス」

「ああ、オレは外に出たのにちっとも帰って来ない奴がいるなって」

 問い返されたと受け取った彼は、そう言ってから僕の隣に腰掛けた。

「じゃあ、僕が魔バスから出た時から起きてたの?」

「いんや、夢現に誰か出たとは思ったけどな。そのくらいなら寝てるけど、長引くと違和感なんだよ」

 それは、起きたのとは違うんだろうか。その状態が理解できなくて、首を捻る。

「眠りが浅いって事?」

「あー、そうかもな。癖ついちまったみてぇ」

 そう言えば、光のプレーンでは一人で行動してたんだっけ彼は。

 そうでなくとも時々、裏の世界がどうとかいう話もしてるし。どんな人生送ってきたんだろう。

「猫みたいだね」

 でも、そんな事はどうでも良かったので、感じた印象だけ言った。

「なんだそりゃ」

 警戒心の強い猫。

 不満そうな彼が文句を言っているが、想像したらおかしくなった僕はクスクスと笑っていた。

 

 

「で、オマエは」

 不平を言うのを諦めた彼が、元の質問に戻った。

「ちょっと、考えてた」

「こんな所で、一人で?」

 僅かに声のトーンが下がった気がした。

「みんなと居ると、考えられないから」

「あー……」

 カシスはちょっと呻いて、それからポンと僕の頭に手を置いた。

「なぁに?」

「よくやってると思うぜ、オマエ」

 ポンポンと軽くはたく。帽子がちょっとずれた。

「仲間の前で沈んだ顔見せないってのも、良いリーダーの条件だしな」

 もう一度叩かれ、ずれた帽子が僕の視界を隠した。

 

「僕、沈んでた?」

「ちょっとな」

「そっかぁ……」

「ま、あんまり背負い込むなよ」

 帽子越しに響く声が柔らかい。

「慰めてる?」

「かもな」

 また叩こうとしたらしい腕を、僕は掴んで止める。

「違うよカシス」

 ずり下がった帽子を引き上げた。

「一人じゃないと考える事ができないのは、みんなと居るのが楽しいからだもん」

「へ?」

 思ったよりも近いところにあった目が瞬く。

 

「僕は精霊が大好きなんだ。昔から」

「あ、ああ……オマエの精霊仲良し体質が無けりゃココまで来れなかったろうな」

「体質なんかじゃないよ」

 やや面食らったカシスが頷いたけれど、そこは訂正しなければならない。友達なんだ。

「………性格」

 それなら良し。

「精霊が見える人は皆好き。クラスのみんな、大好き」

「……おう」

「だから一緒にいると楽しい。閉じた輪の中に居るのは楽で、一人だって欠けちゃだめなんだ」

 嘘つき呼ばわりされた昔。受け入れられた今。

 見える仲間は大切にしなければならない。

「でもまた全員揃うには、ずっと一緒に居る為には、僕はもっと考えなきゃいけない」

 みんなの事、何も知らなかった。

 今までは、それでも良かった。でも気付いた、それは脆い。

 

「みんなの事、知りたいよ」

「知らない方が良い事もあるぜ?」

 そうかもしれない。それでも。

「この騒動で、いろんな事知ったよ」

「へぇ」

「例えば、君がかなりの世話焼きで、意外に打たれ弱いとか」

「あ゛?」

 一気に不機嫌な声になった。

 普段はクールでニヒルを気取っているくせに。

 僕と同じで、誰かが欠けたままになるのを恐れて、必死で防ごうとしていた。

 そうだ。カシスは欠けた輪の虚しさを知っている。

 父が居なくなって、欠けた家族の輪の切片は、彼にどんな影響を与えた事だろう。

 僕は、カシスのお父さんの事だって、この臨海学校に来るまで知らなかった。

 

 

「もっと、知りたいよ」

 色々知ってみれば、思っていたよりずっと可愛い人だと思う。

 20cm以上の身長差が、座っている今は少ない。

 不機嫌に引き結ばれた唇に、同じ場所で触れてみた。

「……………」

 驚きに見開かれた瞳が瞬く。1度、2度。

 3度目でようやく、腕いっぱい分引き剥がされた。

 

「まっ……て待て待て待て待ったぁ!!」

 今、何回待てって言ったんだろ?

「慰めてもいいけどっ!コレは違うだろ明らかに!!」

「何で?」

「全部だゼンブ根本的に!」

 彼が息継ぎ忘れてゼイゼイ言ってるのが収まってから、

 

「どうして?」

 聞き直したらガックリ項垂れた。

 

 

「オマエなぁ……」

「だって、好きだし」

「……みんなの事?」

「うん、みんな大好き。カシスも、魔バスで寝てるみんなも先生も、ガナッシュもキャンディも」

「そーかそーか」

「だから、取り戻すよ」

 何だか疲れた様子だったカシスが、顔を上げた。

 

「僕の好きな人達。僕の大事なクラスメイト。僕のものは絶対取り戻すんだ」

「………オマエの?」

「僕のだよ。ガナッシュもキャンディも」

「魔バスのみんなも、先生も?」

「うん。みんな僕の」

「オレも?」

「もちろん!」

 満面の笑みで答えたら、カシスはポリポリと頬をかいて、まぁいっかと呟いた。

 

 

「じゃ明日に備えて戻ろうぜ、リーダー?」

「あ、待ってよカシス」

 夜明けが近いからか別の要因か、冷たくは感じなくなった風に背を押されながら。

 僕は、立ち上がるとやっぱり頭ひとつより高い背中を追いかけた。