|
目標、補足。 緑の髪の人物が角を曲がるのを確認し、俺は傍らに声を掛ける。 「よし。行くぞ、フィー」 「はい!」 元気のいい返事を聞いて、俺は頷いて身を潜めていた物陰から一歩足を踏み出し…… 「どちらへ?」 ギクッ 非常に聞き覚えのある、しかし今日は耳にしない筈だった声に固まったのだった。 「レ、レキウス……?」 「お早うございますエルディ様。何をしておいでで?」 振り返ると案の定、本日の『目標』よりもやや深い色をした髪色を持つ、オレの従者が立っていた。 「おはようレキウス きょうもいいおひよりね」 「おはようフィー。随分と語彙が豊富になったものだね、感心するよ。ところでエルディ様の外出許可が出ているか否かを教えてくれるかな?」 「きょか? えっと……」 「ってレキウス! お前今日非番だろ、何でこんなとこに居るんだよ!?」 「それは、非番の日に実家の近所で貴方を見かけた俺の方こそ訊きたいです」 ああ、そっか。非番だから前日に実家に泊まったのか。そりゃそうだ。ここはコイツの家の真ん前だ。 「ま、町の様子を、お忍びで……」 「そうですか。護衛は?」 「…………見逃してください」 「できません」 下手に出てみてもアッサリかわされ、手首を掴まれる。 わー、連行されるー。 こうなると逃げるのは無理だろう。だったら説得の方向を変えるか。 「タンブルの恋人の話、お前聞いてる?」 「は!? え、いえ、妹にはまだそんな相手は……」 お、動揺した。当然か、ベッタリではないものの、仲の良い兄妹だ。 「いるらしいぞ、ティスが言ってた」 と、信頼性を出す為に、こちらも妹の名を出す。 「ティス様、が……?」 「いるのは間違いなさそうだってさ。でもどんな相手なのかわからないから心配だって」 親友が変な男に引っ掛からないか気になる気持ちはわかる。兄の方も妙なのに好かれるしなぁ。 「お前も気になるだろ?」 「な、ならないとは言いません、けど……でも尾行とかはどうかと……」 煮え切らない奴め。 「尾行ったって、昼ごはん一緒に食べる相手がいるかとか、その程度確認するだけだって」 「護衛も付けずに……」 「いるだろ、ここに」 掴まれたままの手首を持ち上げる。 「王国騎士団近衛隊副隊長が付いてて、何の不足があるもんか」 彼の正式な肩書きを述べてやれば、困ったような顔をするものの、反論は出なかった。 やはり妹の事が気になるのだろう。シスコンめ。 「沈黙は肯定と取るからな」 「……はい」 「良かった。オレとしてもいつものパートナーが居た方がいいし、デートって一度してみたかったんだ」 「デートって……普通恋人同士の逢引を指しますよ」 「うん」 「なっ…」 頷いたら、動揺したのか手首を掴んでいた力が緩んだ。ので、こちらからちゃんと握りなおし、 「そうだろ?」 手の甲に口付けた。 真っ赤になった顔はなかなか見物だった。 恋なんかじゃなくて良かったのに。 「レキウス まだかお あかいね」 「指摘しないでくれないかな」 ホント頼むから。 フィーの言う通り、顔の火照りが引かない。 つい今しがたまで繋がれていた手の熱も。 ……恋なんかじゃ、なければよかったのに。 もともと大事な方だった。何をおいても守りたいと思っていた。 生まれた時から決められていた役目に不満はなくて、安堵すらしていた。 人柄的にも好きだった。大好きで大事で、……でも恋なんかじゃなかったのに。 恋人だとか、こんな展開は予想もしていなかったのに。 「二人ともー、タンブル居るみたいだぞー」 主の笑顔が眩しい。もともとそんな感じだったけど、最近とみに。 やっぱ俺の目に妙なフィルターがついたんだろうか…。 「いてよかったね エル」 「うん、早速見失ったとかじゃ笑い話だもんな」 妹の職場張り込んでる時点で充分笑い話です。 ……とは心の中だけに留めておいて、「そうですね」とだけ言っておく。 が、 「………」 心の声が顔にでも出ていたか、やけに不満そうな表情をされた。 「エルディ様? どうかされま…」 「ちょっぷ」 「あたっ!」 台詞通りに手刀が額に落とされ、そう痛くはないけれど驚いた。 「な、何するんですか」 「口調。今日はプライベートなんだし、目立つだろ」 「あ……」 前回の冒険で、パートナーなのだからとタメ口を強制されたわけで、……今日はそのノリなのか。 「今日は付き合ってくれんだろ? だったら徹底的に、な?」 「……わかったよ、エル」 「よし!」 だから笑顔眩しいって。ホント何の効果コレ。 ……もう、何でもいいやという気分になる。 この方が―――こいつが喜んでくれるなら、何だってきいてやりたい。 好きだなぁと、心底思う。 結局の所、こんな筈じゃなかったなんて、思った時には手遅れなわけで。 俺程度はこのまま、流されるしかないのだろう。 それもきっと、幸せだ。 |