「つぎのもくてきちは きゅうどうぶなのね」

「おう。レック率いる弓道部な!」

 率いるって何か違うような。言わないけど。それより、

「あの、エルディ先輩。風紀委員って、そんなに生徒会と密接なものでしたっけ?」

 先程のエルディのナナのやり取りが少し引っ掛かったので水を向けてみる。

「ああ、それもあるけどそっちじゃなくて。ほら、書記の奴が転校しただろ? だから人手が足りなくて、レッ…レキウスは一年の時副会長だったから生徒会の勝手を知ってるってんで、色々使いまわされてんの」

「あー、なるほど」

 三年の有名三人組、最後の一人であるレキウスは、今のやり取りの通り、弓道部主将であり風紀委員長。

 リチアと同じく特進クラスで、概ね彼女に次いでの学年二位。何気に校内一の俊足。

 今年の体育祭で、リレーのアンカーで走っていたエルディを抜いてテープを切ったのを見てショックを受けたフリックだった。

 でもって元生徒会副会長なのか。……なんか地味な気がしてたんだけどな、あの人。

 などと、脳内で少々失礼な印象を上書きしていると、

 

「きゃああああ!」

 廊下に悲鳴が響き渡った。

 

「っ!!」

 すぐさま声の発信源の方へ走り出す。

 声を掛け合ったわけでもなし、視線を合わせたでもない。

 それでも二人して同時に駆け出す辺り、さすがは校内で「もうお前ヒーロー部でも作れば?」とそれぞれ別個で(呆れ混じりに)言われるだけの事はある。ただし独断専行につき基本ソロプレイ。できればパーティ組んで欲しかった。

 

 とか脱線している内に二人は震源地。目の前に戸が迫る。

「だいに おんがくしつ……?」

 フィーが読み上げた戸の向こうからは未だに悲鳴が飛び交っている。

 確かここで活動しているのはコーラス部。さすが、張りのある悲鳴であった。

 普通ならば怯みそうなものだが、この二人は躊躇いはない。

 どっちが開けたのかわからない勢いで、叩きつけるように戸を引くと、

 

「きゃー! いやー!」

「コッチくんな向こういけー!」

「うわー飛ぶなこの黒い悪魔!」

 ……ちょっぴり悲鳴の種類が予想と違うようだった。

 

「……えーっと」

「……なんだ、家庭内害虫でも出たのかー?」

「かていないがいちゅうって なあに?」

「あっ、エルディ! ちょうど良い所に!」

 テンション下がりつつもエルディ問いかけると、彼の知り合いらしき男子学生が振り向いて顔を輝かせた。

「頼む、アレ追い出してくれ! お前ら学園便利屋だろ!?」

「便利屋やってるつもりはないんだけどな……どれ?」

 ちなみに一纏めにされたフリックも便利屋を始めたつもりはない。が、エルディの真似事で人助けに精を出していたら、いつの間にやら『学園便利屋の新入部員』という事になっている。わざわざ否定はしないが、だったらエルディ先輩との接点がもっとあってもいいのに! という点が不満。

 それはともかく、エルディがなんとかしてくれそうだという雰囲気を嗅ぎ付けた部員達が道をあける。途端に、

「げ」

 エルディが物凄ーく嫌そうな顔で呻いた。

 何だ? とフリックも覗き込む。

 黒くて、尾を引いていて、ふよふよと漂う『それ』は……

「あれって……邪精霊…?」

「タナトスだわ なぜ こんな……」

 フィーほどではないが今はレアもので、フリックは初めて見るが、間違いはないだろう。

 家庭内害虫などより余程有害で、スズメバチより厄介な、とびっきりの危険物。

 生きとし生けるものを醜悪で凶悪なものへ変異させるというそれは、もちろん人にとり憑いたら人格崩壊どころでは済まない。

 もしも見かけたら即座に逃げること、間違っても近寄ってはいけないと、学校や大人たちから強く念を押されている。

 それを……どうしろって?

 

「なんとかしてくれよ、エルディ。お前ってタナトスにとり憑かれない体質だろ?」

「えっ! そうなんですかエルディさん!? 凄い! さすが!!」

「いや、体質っていうか……まぁ今ならフィーもいるし、憑かれないとは思うけど……そうそう簡単にどうにかできるなら、あんな死ぬ程苦労してないって」

「そうよね……」

 なんか、二人から哀愁が……?

 何か分からないながらも励まそうとしたフリックだったが、口を開く前に、

 

 ―――♪――♪♪―――

 

 突如響いたメロディに全て持っていかれた。

 

「え? なに!?」

 この状況下で歌なんか歌って登場した人物は、手にした扇を優雅に揺らし、仮面に覆われていない口元で安心させるように微笑んで見せた。……仮面な時点で怪しさ全開のようだが、その辺はいつもの事なので慣れてます。

「あっ、グランス先生!」

「ちょっと、どこ行ってたんですか顧問!」

「生徒だけにしないでちゃんと指導してください! フリーダム過ぎますよ貴方!」

 この通り、コーラス部の面々は格好には触れず、彼の行動についての不平を訴える。

 

「コーラス部の顧問って、グランス先生だったんですね」

「……ああ」

 この教師は三年の担任である為、彼と接点の無いフリックがそう呟くと、エルディは先程タナトスと相対したのと張るほどの苦虫噛み潰したような顔で頷いた。

「……あれ? エルディさんのクラスの担任でした?」

「いいや。コイツは特進クラスの担任だ」

「ですよね」

 だったら、こんな顔するような繋がりは……?

「とくしん……リチアたちのせんせい?」

「そういうこと」

 なるほど。

 

 ところでタナトスどうなったんだよ、と言えば……

 

 ―――♪――♪♪―――

 コーラス部顧問がもう一度歌うと、あっさりと消滅した。

 

「心の籠もった音楽には邪精霊を退ける力があります。さぁ皆さんも!」

 少なくともマナとお友達の世界ではそうです。ハッピーポイント獲得です。

「無茶言わないで下さい」

「先生の後に続けられるような心臓の強い人いません」

「レベルどころか次元が違います」

「これだから天才は、才能のない者の気持ちがわからないんだから……」

 でも指導は大変そうです。

 

「っていうか、今のって歌みたいだったけど、精霊魔法じゃあ…?」

 フリックの知っているものとは少し違ったが、精霊言語ではある筈だ。

「お。フリック精霊魔法できんの?」

「嗜み程度にですけど」

「うーん、精霊信仰のある樹の民としては、嗜みで精霊使役して欲しくないなぁ」

「使役、じゃないですよ。頼んで力を貸してもらうんです」

 先程グランスの使ったものは聊か強制力が強いように感じたが、フリック達マナの民は精霊を『使う』という意識ではない。

 魔法を使わない人種にはピンとこないかもしれないけど、いつか分かって欲しいなと思う。

「んー……まぁいいや。そろそろ弓道部行こう」

「あ、そうですね」

「余計な道草くったなー」

「わたしは おんがくしつがみれてよかったわ」

「そっか。そーだな、案内できたと思えば良いか」

 先程から曇りがちだったエルディに笑顔が戻り、三人は第二音楽室を後にした。

 

 

 

 

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