足元をくすぐる、軽い感触。

 目線を下ろすと、小さな獣が纏わり付いていた。

 

 子供は眉を寄せる。これは、先日書物にて知った……確かそう、スノーパンサーモール。

 なぜ城内にこのような獣がいるのか。

 

 子供が高い位置から真っ直ぐに手を伸ばすと、小さき獣は仔ながらに唸り声をあげ、歯を見せる。

 無礼な。

 子供は目を細め、睨みつける。次期王に刃向かうか、畜生が。

 

 獣は段々と覇気をなくしてゆく。そうだ、この国の土を踏む以上、

「……従え」

 きゅう、と小さく鳴いた獣が、頭を垂れる。そうだ、それでいい。

 

 小さくなった獣を、何とはなしに持ち上げてみる。

 引き寄せると、毛皮を通した体温を感じて、子供は不思議な心地がした。

 

 子供は体温に慣れていない。

 温もりなど、強き王には不要だから。

 なので、慣れていないのは当然なのに…

 

「どうして、あの女は……」

 比べてしまう体温がある。

 いつも振り払う、温かい手を想ってしまう。

 不要だ、不要なのに、どうしてあの人は、どうして自分は……

 幼い思考の辿り着く先は、小さな子供の中にはない。

 どうしたら良いのかわからなくて、子供は手の中のぬくもりに頬を寄せた。

 

 

「ストラウドー!」

 想っていた声を耳にして、子供はビクリと震えた。

 振り向くと、きらきらした金色。

 日照時間の少ないロリマーにいながら、目一杯太陽を享受している髪と、澄んだ青空のような瞳が、見る見るうちに近寄ってくる。

 

「まだ走る事は許可されてないのでは?」

 そう言ってやればにっこりと微笑む、産後まだ日の浅い、父の後妻。

「心配してくれるの?ありがとう」

「まさか」

 頭に伸ばされる手を振り払う。瞬間の体温が妙に残る。

 

「ああ、その仔。よかった、見つけてくれたのね」

「……あなたが持ち込んだのか」

 フワリと柔らかく微笑まれるのを何故か直視できず、子供はぶっきらぼうな口調で応える。

 

「メイドの子がね、親をなくしたこの仔を放っておけなかったみたいで、連れてきちゃったのよ。でも許可が下りないから、無理言って私が飼う事にしたの」

「王妃の身でありながら、決まりも守れぬとは…」

「でも、かわいいでしょう?」

「かわいい?」

 ふん、と子供は鼻を鳴らす。

「そんなもの、なんの価値もない」

 

 なのに、彼女は笑う。ひだまりにいるような心地のする、この笑みは苦手だ。どうしたらいいのかわからなくなる。

「そうやって…」

 彼女の指が、ゆっくりと子供の肩を示す。子供の肩にいる、獣の仔を。

「あの子にも優しくしてやってくれると嬉しいわ」

 

 ひだまりの微笑みに、だけども子供は胸の内が冷やされる心地がする。

 生まれたばかりの弟は、生まれながらにこの手を知っている。この温もりを享受し続ける。

 

「強き王に、俺に、優しさなど、ない」

 必要ない。持っていない。

 それでいい筈なのに、何やら目頭が熱くなるような感覚がして、

 この女のせいだ、あの赤子のせいだと昏い感情が子供の裡を覆っていった。

 

 

 

 

 

 

2009年12月19日、箱庭マナ工房さんとこで開催された絵チャにて、海寅さんの描かれたチビストラウド(+スノーパンサーモール+エルママの呼びかけ)に触発されて30分で書いた代物。海寅さん許可ありがとうございます。

即席の割に粗は少ないですが、相方に「別人が書いたもののようだ」と言われる程度には普段の私らしくない文章ですな。いい記念になります。