とある週末を控えた平日最終日、夕方を通り過ぎ、本格的に夜と呼べる時間になりつつある頃、今週も何だかんだで充実してたっつーか、単純に忙しかったなぁと伸びをしている最中、ふと思い出した。

「振込みって、何時までだっけ……?」

 自分以上にいつでも多忙な祖父から電話越しに言い付かっていたお使いは、確か今日が期限ではなかったと思うけれど、この調子じゃあまた忘れないとも限らない。

 だったら覚えている内に行くか、とフットワークの軽さに定評のあるエルディは、勢いをつけて立ち上がった。

 何時までっつーか、何時を過ぎたら手数料取られんだっけ? などと考えながら、指示されていた引き出しを開け、普段であれば持ち歩く事のない額を取り出し、無造作にポケットに押し込んだ。

 

 

 で道中、さっさと済ませようと近道な、あまり治安のよろしくない通りを選んだわけだから、連れ込み宿に入る二人組みなんてもんを見てしまうのはまぁ、無理のない流れなわけで。

 

 最初に知覚したのは、甘い匂い。次いで目に付いたのは、サラッサラな銀の髪。

 肩を抱かれた側の、不自然なくらいのスーパーストレートのロングヘアに目が行って、あれでもアレ男だよなと思いはしたが、別に男同士だろうがそんなのは当人達の自由だ(ホテル側が断ることはあるかもしれないが)。

 ただし、チラッと見えた横顔が、どう見ても自分と同年代とあっては話は別だ。もう一人も同世代なら若気の至りで済むが、どう見ても中年である以上は犯罪だ。

 エルディは、目の前の犯罪は見過ごせない性質だった。

 

 で。

 結果。

 

 現在、件のラブホテルの一室で、無駄に柔らかいベットに押し倒されていたりする。

 

「って何でこんな事に!?」

 いやもう本気で訳がわからない。

「煩いな。お前が俺を買ったからだろ?」

 上にいるのは例の銀髪。明るい所で見ると血みたいに真っ赤な瞳も印象的だ。

「俺はそんなつもりじゃ…!」

 本当に、そんなつもりじゃなかったのに。

 あのスケベオヤジに警察呼ぶぞと脅しを掛けて、それだけでいい筈だったのだ、この銀髪が余計なことするなと口を挟んでこなければ。

 調子づいたオヤジが大枚払ってるんだと言い張り、それでも警察沙汰で充分押し切れた筈なのだけど、銀髪に金返してやれと言っても面倒くさそうに拒否られるし、オレとしてもいい加減頭に血が昇っていたわけで、ポケットにあった全額叩きつけてしまった、と。……うん、確かに買ってるな、オレ。ポケットなんかに大金を入れておくもんじゃないな。ちゃんと財布に入れておいていたなら、取り出す間に少しは冷静になれたかもしれないのに。

 ……まぁ、そこまではいい。百歩だか千歩だか譲って、いい事にする。そこで終わっていたのなら。

 

 オヤジを追い払ってから、金に困っていたのだとしてもあーゆー事は良くないぞ、と一言諭そうと振り返ったところ、銀髪は大っ変具合が悪そうだった。

 いやまぁ、顔色自体は、一時期流行ったガングロの派生?だか何だか知らないが、大層けったいな色をしていて読めなかったわけだが、壁に凭れて眉根を寄せて、呼吸は不規則だわ胸元できつく握り締めた手は細かく震えているしで、慌てて掴んだ腕は冷たいくせに汗ばんでいて、体調不良は明らかだった。……後で思い返してみてもこれは演技でもなんでもなく実際に悪かったのだろうと思う。たぶん。

 エルディは、目の前の病人を放っておける性質でもない。

 救急車呼ぼうかと言ったら止めろと言うし、家まで背負ってやるから住所教えろと言っても頷かないしで、とにかく休める所と辺りを見回して…………うん、短絡的だったとは思う。今は反省してる。

 でも決して『ラブホ前で男を買って即ベッドイン』なんてことがしたかったわけじゃない。

 

 肩を貸すと甘ったるい匂いがして、香水か何か知らないけどオレはあまり好きじゃないなぁとか思いながら部屋に入って、一生利用する事ないと思ってた施設に入っちゃったなぁとか考えていたら、寝かせた奴に「なぁ、あれってどう思う?」とか言われ、どれ?と指差された方向に顔を向けた途端、手元から金属音がした。見ると両手に手錠が嵌められていて、何だコレと思考停止している内に突き飛ばされ、手際よくベッドの支柱の一つに固定されてしまった。

「つか何だよこの手錠は! どっから出したよ持ち歩いてんのか!?」

「そこのサイドテーブルの2段目から」

「そ、そう………目敏いな」

 何でもないように答えられると勢いが削がれる。

「ラブホってそういうモンが用意されて……ってそうじゃなくて!」

「ちなみに一段目はローションとゴムが入ってた。定番だな。あ、お前ゴムも使いたいか?」

「『も』って何だよ何で片方だけ聞くんだよ!? 使わねぇよどっちも! 瓶も仕舞えよ!」

 まず使うような事態を想像したくない。真剣に。

「3段目はまだ見てないんだよな。どれ」

「見んでいい!」

「…………………へぇ。……なんと言うか、どういうセンスしてるんだここの経営者は」

 な、何が入ってたんだろう。

 知りたいけど聞きたくない。

 

「な、なぁ。オレ本当にそんなつもりじゃなかったんだ。何もしなくていいし金返せとか言わないから、コレ外してくれ」

「断る。お前、何か格闘技やってるだろう。暴れられると押さえ込むのに骨が折れそうだ」

「金持ってっていいって言ってるだろ! 放せよ! オレにそんな趣味はない!」

「そんな事はすぐわかる。お前がノンケで、ただの正義感の強いお人好しだってな」

「だったら何で!」

「何かイラっとしたから」

「そんな理由!?」

「知り合いを髣髴とさせて腹が立つ」

「八つ当たりじゃないか!」

「人生そういうものだ。青臭い倫理振りかざして介入してくる輩には、痛い目見せてやらないとな。

 お前みたいな真っ当な貞操観念抱いてそうな奴には、かなりな屈辱だろう?」

「って、脱がすなオイ!ちょっ、止めろってマジで!」

「だから暴れるなって。余計な怪我が増えるぞ」

「なあ止めよう今なら水に流すから! このまま続けたら絶対後悔するってお前も!」

「……実は既に後悔してる」

「え」

「こう見えてもかなり戸惑っている所だ」

「じゃ、じゃあ止めよう今すぐに!」

「向きを間違えた」

「…へ?」

「突っ込んでやろうかと思ったんだが、仰向きに固定させてしまったからなぁ……。

 男同士の正常位がどれだけリアリティのないものか、未通者にはわかるまい」

「知るかぁああ!!」

 遠い目したいのはこっちだぁああ!

「やろうと思ってできなくはないけど、腕疲れそうだし、こんな軽い嫌がらせで労力使うのは馬鹿らしい…」

「軽くねぇよ」

「道具突っ込むにも、手頃な物ないしなぁ……何で3段目、聖書なんか入ってるんだよ。冒涜だろ」

 聖書だったのか3段目。確かに罰当たりにも程がある。今はありがたいけど。

「あ、もしかして本に薬沁みこませてるとかか? あったよな、麻薬でそういう密輸方法」

「だから知らねぇよ」

「ちょっと気になってきた。よしお前、ページ飲み込め。3ページくらいいけるか?」

「無茶言うな」

「駄目なら駄目で、静かになってそれはそれでいいか」

「鼻摘もうとすな! 媚薬だか麻薬だか知んないけど飲ませようとするなら指噛み千切るぞ!」

 にじり寄ってきたのが止まる。こんな抗議が効くとは思わなかったけど、さすがに指失くすのは嫌か。

「……そうだな。麻薬は良くない」

「へ?」

 なんか、至極まっとうな意見が…?

「正気のままじゃないと、貶め甲斐がないもんな」

 そういう意味かこの野郎。

 

「うーん、全く話が進まないな………まぁいいか。よし、筆おろししてやろう」

「…は?」

「考えてみれば、後ろ処女喪失はひとくくりに『暴力を受けた』で纏められそうだから、お前みたいなタイプには、男で童貞喪失の方が精神ダメージ大きいとみた」

「童て……」

「童貞だろ?この色から察するに」

「察すんな!」

 はっ、うっかり童貞と認めたような反応をしてしまった。

「なぁ、好きな娘いるか?」

「なっ」

「これまでの態度からしてお前、初めては絶対好きな人で、しかも婚前交渉は認めなさそうなタイプだろ。

 現実を教えてやるよ。お前の経歴に輝かしい黒歴史を刻んでやる」

 ふ、と紅の瞳が細まる。ひどく加虐的な笑みだった。

 胸が悪くなるような甘ったるい匂いが、不安を増長させる。

「さっき会ったばっかで、名前も知らない、その上男相手に、お前のコレはしっかり勃って、精をぶちまけるってな」

 

 

 

 

(中略・エロシーン書く気しなーい\(^o^)/)

 

 

 電話の音に起こされた。

 見慣れない天井や寝具に、一瞬どこにいるかわからなくて焦る。

 それでも手は鳴り続ける受話器を取って、耳に当てる。

 延滞するか否かを問う声に、一気に昨夜の記憶が蘇った。

 

 慌てて服を身に着け、部屋を飛び出すも、ポケットを探っても当然無一文な訳で、代金を払えるアテはない。

 誰に連絡取ればいいんだよ、と何だか泣きたくなった。

 

 

注・タナレキですけど服着てますから。ノーマルレキより露出度は多いでしょうけど、店で売ってるような服着てますから。原作のような、現代でその辺にいたら通報される格好してませんから。

ところで途中、正常位はリアリティないとか言ってますけど、ヤオイはファンタジーなのでリアリティなど無用! 話が進んでエルディ主導になったら正常位ですよきっと。

 

このシリーズは割と設定固めてあるんですけど、それでも没ネタ扱いなのは、西尾維新の人間シリーズ読んだら『襲い受け読みたい衝動』が満たされちゃったからです。人識×出雲は原作見てれば充分満足だなぁと思っていたのですが、最終巻(特に出雲編と双識編)読んだらこのカプどころか全ジャンルひっくるめて襲い受けに満足してしまいました。出雲くんスゲェ!