予想に反して、知人を呼びつけて恥を晒す事にはならなかった。

 あの銀髪はホテル代は払ってくれたらしい。

 

 それにはホッとして、何を考えてるのかさっぱりわからない奴だったな、と思いながら建物から出ようとして、入り口付近の鏡に映った自分の姿にまた慌てた。

 首を押さえて、知り合いに会わない内に早く帰ろうと決めた。

 

 幸い、早朝だったからか誰にも会わずに家まで辿り着き、洗面所に駆け込んで、やっと首から手を離す。

 赤い痕は、所謂キスマーク……ではない。

 そんな、傍から見て卑猥なものではない。

 これは、首を絞められた痕だ。

 指の太さすら判別できそうにくっきりと残る痕に、容赦なく締められたのを思い返して、ゾクっとした。

 殺されかけたというのもそうだけど、どちらかというとそうじゃなくて―――

「何で、息苦しいのがあんなに気持ちいいんだよ……?」

 それによって、彼の言った通りに彼の中で精を吐いてしまったのだから、どうしたものか。

 そしてそんな事より、何よりどうしたものかな事がある。

 どうせなら全部彼の言った通りになってれば良かったものを。

「……なんで、ヘコんでないんだろオレ」

 思い出して赤くなってちゃ駄目だろう、と鏡に映る自分を情けなく思うしかなかった。

 

 

 

 

 

 ――――――と、ここで終わっておけば、まだ良かった。

 いや、良くはないんだけど、まだマシだったかな、と。

 

 金に関しては、祖父に平謝りした。怒られはしたけど、意外とあっさり許してくれた。

 事情は話せないけど、バイト増やすなりして近い内に絶対返すから、と言ったところ、どうも深い事情があると誤解されたらしい。オレはどんだけ悲壮な顔してたんだろ。

 学生の本分に支障をきたすとのことで、今以上バイト増やすのは禁止された。

 なので、当分の間、毎週していた遠出が出来ない。

 今の調子だと、全額返し終えて、また交通費溜まるのはいつ頃かと計算しながら歩いていたところ。

 

 

 ………どーゆーめぐりあわせだ、これは。

 

 場所は件の道。例のホテルはここから見えないが、まぁ近所ではある。

 もう会う事はないだろうと思っていた銀髪を、わずか半月ばかりで見つけてしまった。

 

 

「……何でお前、いつ見ても瀕死の重病人みたいな様相なんだよ」

 いつ見てもって言っても2回目だけど。

「……うぅ………」

「ってホント大丈夫か?」

 何度も言うが、エルディは病人を放置しておける性質ではなかった。

 道の端で蹲って呻いている奴に、思わず駆け寄って肩を抱く。

 やっぱり体温低いな、コイツ。香水はキツくなったか?

「おーい、聞こえてるか? ……やっぱ救急車呼ぶか」

 支える手はそのままに、空いたほうの手で携帯を取り出して操作しかけていると、腕の中の奴が身動ぎした。印象的な紅い瞳がぼんやりとエルディに向く。

「………? あれ…おま、え…」

「お、意識あるか。お前やっぱ病院行った方がいいって。どんな事情あるか知らないけど、背に腹は変えられないぞ? 今呼んで……」

 パシッ  ガシャ!

「…………」

 前半部が携帯を奪われた音で、後半のが文句を言う間も無く携帯がブロック塀に叩きつけられた音だ。

 で、呆然としてるオレ、と。

「余計な事、するな」

「……まずは口で言えよ」

「前に、言った、だろ」

「本体代金払い終えてないのに……」

「それは、ご愁傷様。これ、以上、被害、総額、増やしたく、なければ、軽はずみ、な、情け、心は、控える、事だな」

「……そーだな」

 息も絶え絶えだと、この程度でもけっこうな長台詞だなぁ頑張るなぁとか、そんな事が気になる。

「わかった、なら、放せ。離れろ」

「……一人で立ってられそうならそうすんだけどなー。演技じゃないよな、それ」

「……懲りて、ないな。……親切心の、押し売りは、迷惑、だ」

「前回今回とお前がした仕打ちを考えると、多少迷惑がられたくらいじゃ全く悪く思えないな」

「…や、そりゃ、そう、だろうが……」

「つーわけで、押し売るか」

「……何を」

「親切。もしくはお節介。嫌なら振りほどいてみせろ」

「は? ……うわっ!?」

「できないなら動くなよ、労力の無駄だから」

 

 

 こうやって勢いでお持ち帰りをしてしまったわけなので、

 

 

「……オレは別に、こんなつもりじゃなかったんだけどな」

 またしても男に押し倒されている状況になっていたりする。

「…いい加減説得力がないぞ」

「うん、我ながらそう思う。 まぁ、その程度には元気になって何よりだ」

 笑いかけてやると、苦虫噛み潰したような顔をする。

「何で今日はそんなに余裕なんだ」

「そりゃ、オレの領域だからな。手も自由だし、お前は人に言うだけあって体術やってそうだけど、今は全快には程遠いだろ。焦る理由なんてない」

「うわ、ムカつく」

「他に言いたい事は? 無ければ観念して安静にしてろ」」

「……俺も押し売りしようと思う」

「何を? 言っとくけど金無いぞ」

「気持ちよくしてやるから体温よこせ」

「……えーっと…」

 殺人予告、じゃない……よな?

 でもって、今オレやたらとドキドキしてるのは、首に噛み付かれているというある意味命を押さえられているからか、それとも何か期待しちゃっているのか、どっちだろう。

 

「……首、絞めるのは無しの方向で」

 

 

 

 さっき言った『ここで終わっておけばマシだった』ってのは、あの時点では状況に流された被害者でいられたのに、という事で………つまるところ、ここからはもうオレ自身の意思だと認めなければいけないという事だ。

 でも、きっと後悔はしない気がする。 否、するもんかと覚悟を決めて、どうにでもなれと目を閉じた。

 

 

 

 

当初タナレキ襲い受が書きたかったから考えた話なのに、なんかあんましはっちゃけてくれません。まぁゲーム本編だって見返してみると外見からくる印象より大人しいんですよねこの人。

そしてやっぱりエロ書く気しない・・・女性向けに求められているのは雰囲気エロですよね?本番は必要ないですよね? 事前のやりとりと、事後のピロートークさえあれば充分と思っています。