床拭き、完了。

 換気したし、はたきかけたし、掃除機かけたし。

「うん、完璧!」

 

「何が?」

「うわビックリした!?」

 独り言に反応があって、本当驚いた。

 

「・・・あ!」

 振り返った先に、銀色スーパーストレートヘアに、血みたいに真っ赤な瞳。

「何なに、遊びにきた?休みにきた? あ、今茶でも・・・・・・」

「雑巾を振り回すな。汚水が飛ぶぞ」

 言われて、エルディははたと振っていた腕を止める。

 彼の方から会いにくるとは思ってなかったので、思わずテンション上がってしまったらしい。

 

 改めて、自分の部屋の窓枠に腰掛けている彼の方を眺める。

 外を向いて座っているので足を投げ出している状態なのに、まるで不安定さを感じさせない。余程バランス感覚が良いのだろうか。

 それに、隣人の家の窓から、最近知り合ったばかりの奴越しに自室を見るというのは妙な状況だけど、何故か違和感を感じない。どうしてだろう? ああ、いやそんな事より、

「ちょっと待っててくれるか? すぐ片付けてそっち行くからさ」

「断る」

 掃除用具を示しての言葉を一言でぶった切って、片足を引き上げ・・・・・・・・・跳んだ。

 

 タンッ

 殆ど予備動作の無かった行動に目を丸くする間に、軽い着地音と共に窓から飛び込んできた彼が、目の前にいる。

「・・・・・・運動神経いいなー」

「そういうものだ」

 ずれた感想に、返る応えも何か変だ。

「今日は元気そうで何より。でも靴は脱いで欲しかったな。床拭きしたてなんだけど」

「ああ、『完璧』に掃除したんだったか」

 謝る気配もなく、窓枠に指を滑らせる。人差し指でツツーっと。

「『完璧』、なぁ」

「小姑かお前は!? 見逃せよ! 大掃除の時にはキッチリやるよ!」

 これでも、エルディ自身の部屋より余程キレイなのだ。

「そもそもどうしてお前が清掃している? 空家だろう」

「ん・・・・・・一応、うちのじーちゃん所有だけどな」

「・・・・・・へぇ」

「ほら、家って住む人いないとすぐ傷むっていうだろ? 定期的に換気と掃除しないと」

「ああ、売り物にならなくなるか」

「逆。売らせない為にやってんの」

 ぱちり、紅い目が瞬く。

 んー、あんまり言い触らす類の話じゃないんだけど、まぁいいか。

 

「友達の家なんだ。幼馴染で、親友。そいつが、いつ帰ってきてもいいようにしてる」

「・・・・・・・・・」

「旅行先で事故にあったらしくてさ。おじさんおばさん―――ご両親は大破した車の中で見つかったんだけど、あいつは途中で投げ出されたみたいで行方不明のままで・・・・・・もう8年も前の話なんだけど」

 言いながら、もうそんなに経つんだとしみじみする。

「みんなは諦めろって言うんだけど、死体が見つかってないんだから、生きてる可能性も0じゃない。

 少なくとも、オレとリチアは生きてるって信じてる。 あ、リチアはもう一人の幼馴染な。そこに住んでる」

 リチアの家はオレの家の向かいなので、この部屋からも充分見える。

「この家の住人―――てかこの辺一帯って血族の集まりだから、うちのじーちゃんとも親類で、いろいろあって今この家の所有権はじーちゃんにある。その時には取り壊そうっていう話だったんだけど、オレとリチアが泣いて止めた」

 泣き喚いて、さんざん暴れて、立て篭もって。8歳の子供にできること全部やった。

 心を込めて懇願しまくって、何とか説得できたのは、じーちゃんによる温情なのだろうけど。

「死んだ家にしないこと、が条件。すぐにでも人の住める状態にしておくこと。廃屋になったら取り壊すって。・・・・・・たぶん、じーちゃんとしては、そうさせる事でオレ達自身で納得すると思ったんだろうな。はは、こんなに長い事諦めないなんて、思わなかったんだろうな」

 だから、週に一度はこうして換気と清掃をする。それは、エルディにとって苦痛でも重荷でもない。

 だって、本当に死んだと思えないのだから、彼が帰ってくる場所を守るのは当然の事だ。

 

「・・・・・・馬鹿なことを」

「そー言うなよ。帰ってきた時、家がなくなってたら可哀想だろ。繊細で傷付き易い子だったから」

「帰ってくるなんてありえない。無駄な労力でしかない。早く忘れて無為な事はやめるべきだ」

 ここまで容赦なくは珍しいけれど、この手の事を言ってくる人は割といる。

 それは大抵、傷つけ嫌われるのを覚悟でエルディの幸せを願ってくれる優しい心からきている事を知っている。

 こいつもそうなら嬉しいな。

「諦めるなら、早い方がいいのは分かる。けど、オレは信じ続けるの辛くないから」

「嘘だ」

「本当だって」

「信じきれる筈がない。期待を裏切られ続けて、辛くないなんてありえない!」

「・・・・・・お前は、何を諦めたんだ?」

「っ!」

 ビクリと体を震わせる彼に、やっぱりと思う。

 生の感情を感じた。実体験だったんだろう。

 

「言わなくて、いいけど。 オレは待ってるから」

「・・・・・・」

「あいつが帰ってくるのずっと待ってるから、その間に見定めればいい」

「・・・・・・」

「なー、そろそろ名前教え―――」

 ヒュン

 台詞途中で風を風を切る音がしたので、咄嗟に下がる。

 顔のあった位置に、彼の手。また掌打くらうところだった。

 ただ、今回はそれがメインではなかったらしく、その手には封筒らしきものがある。

「え、なに?」

「黙って受け取れ」

「んん?」

 中身は金だった。そこそこ大金・・・・・・というか、覚えのある金額。

 

「これって・・・・・・」

「金に困ってなんてない。お前から施しを受ける謂れはない」

「律儀な奴」

「借りは返したからな!」

 こいつに貸し作った覚えはないんだけどな。

「って、だからすぐ帰るなってー」

 さっさと窓枠に足をかけてる奴に待ったをかける。

「もう用はない!」

「いーやある! ホテル代!」

「俺が払っただろ!」

「だから、半額払うよ。 ただ、今は細かい持ち合わせないからさ。今度請求しに来い」

「・・・・・・」

「な?」

「・・・・・・知るか」

 ふいと顔をそむけ、ひらりと窓から出て行った。

 ここは2階なんだけど、まるで危なげない着地を見せたその背に向けて、

 

「待ってるから!」

 

 彼は振り向かなかったけど、確かな手応えを感じたエルディだった。

 

 

 

 

 

主人公というのはえてして一級フラグ建築士であるものですよね。同時に、ここで立てたら話終わる系のフラグはスルーするかクラッシュしていくべし。

老若男女種族問わず、容赦なくタラシこむが良い。無自覚に。幼馴染なんざひとたまりもなかろうて。 しかし次回からフリック登場。主役ポジを取られないと良いのだけど・・・