寝起きを感じさせない澄んだ空の瞳が、笑みの形に細まる。

 屈託の無い輝かんばかりの笑顔に、レキウスはしばし見惚れた。

 口には出さないけれど、レキウスにとって珍しい事ではない。リチアの凛とした美しさや、エルの華やかな明るさは、目を奪われるだけのものがある。

 そうしてぼうっと眺めながら、心中で先程思った事を訂正する。

 お月様じゃない、おひさまだ。

 

 子供っぽい感傷がどうにも抜けないようで、でもそれでいい。

 小さなエルの痕跡を見た今日は、それくらいが相応しい。

 

 光量は先程と変わっていないのに、ただの反射の筈のエルディの金髪がやけにキラキラして見える。

 うん。やっぱり、おひさま。すごくあったかい。

 レキウスは昔から―――本当に小さな頃から連想する事がある。

 リチアは誰もいない大樹の上で、空に向かい咲き誇る一輪の花。

 エルはお空のお日様お月様。

 多分、レキウスは地に生える旅人の木でしかなくて、目に映るのは地表の何かか、たとえ仰いでも窺えるのは大樹ばかり。

 何よりも綺麗で、だけども誰より寂しい白い花を包み込むことができるのは、昼なら日の光、夜なら月明かり。

 レキウスに届かない高い高い場所で、エルはリチアを抱きしめる。

 そうしてリチアはやっと、本当の顔で微笑む事ができる。

 リチアが笑う。白い花が咲う。

 その幻は、レキウスが最も願うものだから―――

 

 

「おかえり、レック」

 掛けられた声に、漂っていた意識が引き戻される。

「ただいま、エル」

 ついでにおはよう、と口にしながら、レキウスはなんだ、と思う。

 なんだ、俺、そんな小さな頃から失恋を自覚していたんじゃないか、と。

 本当に、今日まで何を懊悩していたのやら。

 

「おつかれ。こんな時間まで大変だな」

「そっちこそ。……これ、俺に?」

 籠に盛られた赤を示して聞くと、満面の笑顔で首肯が返る。

「今年のトマトは美味いぞー、今日の内に味くらいみとけよな」

 何やら誇らしげなのが妙に彼らしくて、こちらもクスリと笑みが零れた。

「そうさせてもらう。わざわざありがとな。待たせてごめん」

「いや、オレが勝手に待ってただけだし、そろそろレックに会いたかったから」

 エルディは何の衒いもなくそう言う。

 無邪気な言葉が、純粋に嬉しかった。

 今のレキウスにはもう、ここ数年引き摺っていた後ろめたさがないから、その温かみが素直に響く。

 

 リチアへの恋心を捨て去れない事がエルディに対する裏切りのようで、ずっと申し訳なく思っていた。

 ―――でも、いいか。もう、いいよな…?

 エルにもリチアにも幸せになって貰いたいと思うこの心は本物だから。

 

 だから笑った。とても自然に。

 二人のことが大好きだと、きっとそれだけで事足りる。ただ、それだけのことで。

 

 

 

 

 →4章

 

 

樹の民に使いたい表現その1・咲う(わらう)

今回なんか短いなー、というか前回が妙に長くなったというか、予定では前回だって今回くらいの筈だったのに何でああなったのやらっていうか、前回書こうとしてたもの次回に持ち越しだし。