どうしよう・・・・・・。

 腕の中の人はぐったりとして、意識が戻る兆しがない。

「なあ。なぁ、おいって」

 オレは逃げろと言ったのに。来るなって。

「起きろ。起きて、くれよ」

 警告を無視した彼は、だけどもきっと、オレが怪我をしていたから心配してくれたのだろう。

「目、覚ませ。危ないんだ・・・・・・」

 その善意に、オレは何てことを。

 

 目を覚まさない、同じ年くらいの少年。

 首筋に残る、小さな2つの傷。

「ごめん・・・・・・」

 オレが、やった。

 

 

 

 どのくらいの間か、呼びかけながら途方にくれていると、ガサっと近くの茂みが揺れた。

「・・・・・・ッ!」

 危険な気配ではないが、とっさに腕の中の人を庇うように構え、茂みの先を凝視する。

「・・・兄ちゃん? ここに居ーーー」

 茂みをかき分けて現れた、少し年下だろうオレンジ色の髪をした少年は、こちらを見て顔を強ばらせた。

「兄ちゃん!どうしたの大丈夫!?」

 慌てて駆け寄ってきた少年は、手早く意識のない彼の脈や呼吸や大きな怪我の有無などを見て、ホッと息を吐く。

 それから彼をオレの腕から引き寄せて、直後、首の痕を見咎めたか、眉根を寄せてオレを仰いだ。

「えっと、誰? 兄ちゃんがどうして倒れてるのか知ってーーー」

 追求されるとまずいんだけど、彼の台詞は最後までいかずに途切れた。

 とはいえ、それはオレに好都合なわけではなく、むしろ逆。

 突然発現した、魔の者の気配。すなわちーーー敵!

 

「させるか!」

 降りあげられた漆黒の爪を、腕を交差して防ぐ。

 そうして影がよろめいた隙に、右手に発現させた剣で大きく薙いだ。

 影は断末魔をあげて消えるが、背後にもう一体!

「はっ!」

 考える前に大きく跳んだ。振り向いていたら間に合わなかっただろう、今までオレの居た場所が抉られるのが見える。

「てやぁ!」

 落下の勢いを殺さず、体重を乗せた剣が影を貫いた。

 

 はぁはぁと、オレの乱れた息づかいだけが辺りに響く。

 先程までうっすらと漂っていた、魔の気配が一掃された。近くに危険なモノは、もういない。

 安堵の息をひとつ。それからあの二人はどうしただろうと見回す。

 数歩分離れた位置にいた、オレンジ髪の少年と目が合う。

 けっこう、感心した。意識のない(それも自分より体格の良い)人間を抱えた状態で、良い位置どりをしてる。

 先程のままだったら、2体目との攻防に巻き込まれていただろう。一般人には相当衝撃的な出来事だろうに、随分と冷静な判断だ。

「その剣・・・・・・?」

「え、あ・・・」

 言われて反射的に剣を仕舞い、直後にしまったと思う。

 傍目には消えたように映るだろう。実際にはツタと種子に変形させているのだが・・・・・・まぁどちらにせよ同じか。人間の目から見てありえない事であるのは違いない。

 少年の口が開く。そこから出るのはおそらく悲鳴だろう。怯えた声で化け物と罵られるのは想像に難くない。

 先程の影たち程じゃないにせよ、化け物なのも否定できないしなぁ。

 さっきまでは、何を言われようとオレは人間だと言い張れたのだけど、今はもう言えない。

 そんな事を考えていたので、

「すっげぇ!」

「・・・・・・は?」

 聞き違えたかと思った。

 

「凄いスゴい! 強いし! カッコいい!!」

「えええー?・・・と、オレが言うのもなんだけど、反応するとこ間違ってないか・・・・・・?」

 そんな、キラキラした目で見上げられる場面とは思えないんだけど。

「ない! 父さんと同じくらいカッコ良かった!」

 拳握って断言された。

 オレが唖然としていると、少年はニコッと人懐っこい笑顔を浮かべる。

「助けてくれてありがとう。オレはフリック、この人はレキウス」

「あ・・・オレはエルディ」

 フリックの笑顔は人好きのするものだけど、今のオレには居心地が悪い。

「礼を言われる筋合いなんかないんだ。えっと、レキウス・・・?が、こうなってるのはオレのせいだから」

「こう・・・って、命に別状なさそうだし、気絶してるだけに見えるんだけど、他になんか症状あるの?後遺症とか?」

「いや、貧血起こしてるだけだと思う。・・・多分だけど」

「じゃあ問題なし。後は危ないって分かってて手出した兄ちゃんの裁量だ」

「いや、でも・・・」

 確かに警告をはねのけて手を差し伸べたのは彼だけど・・・・・・あれ? どうしてフリックはその事を?

「何であれオレが助けられたのは確かだから、お礼がしたいんだ。そうだ、この辺の人じゃないよな、今日の宿決まってる?」

「割り切りよすぎだろ。・・・決まってないけど、絶対迷惑になるからーーー」

「歓迎するよ。まぁ、もてなしに自信はないけど。なにぶんーー」

 だからきけよ、いう反論は、続く言葉に色をなくした。

 

「ヴァンパイアの作法には詳しくないから」