この季節にふさわしい、強い日差しに瞼を開ける。 サボテンの位置変えをすべく、寝台から足を下ろした。 日当たりを考えて、出窓に置く。 途中、その内のひとつが花をつけそうな事に、自然微笑が零れた。 「おはよう青嵐、そろそろ添え木が必要かな?」 ベンケイソウ科クラッスラ属の神刀、付けた名は刀繋がりで『青嵐』。 夏型種で、本体の割に大きな花をつけるのでこの時期目が離せない。 少し面倒だけど、楽しいと思う。 「綺麗な花を見せてね」 サボテンは言葉を解するという。 どの程度信憑性があるのか疑わしいが、実際声をかけると調子が良くなるため、気が付けば声をかけていたりする。 霧吹きを片手にそれぞれの様子を見ているとふと、背後から視線を感じた。 振り向けば案の定、寝台の上からじっと見つめる金茶の瞳。 「おはよう・・・・・・・・・」 この先に何を続けようかで毎朝悩む。 観用少女所持者がよく評する「お姫様」に倣って「王子様」とでも呼んでみようか、と思いつつ、今日も曖昧な笑みで茶を濁す事になる。 途端何かを言いかけるように口を開け、しかしどこか悔しげに唇を引き結ぶとフイと顔を背けられてしまった。 「ねぇ、何か不満があるのかな?」 プランツは喋れない。 それはわかっているものの・・・・・・・・・いやそうじゃなくて・・・・・・。 思わず溜息をついたら睨まれた。 目は口ほどにものを言う。 我が家の王子様は本日もご機嫌斜め。 最近毎朝こんな調子だ。 さて、どうしたものやら。 顔を洗って着替えを済まし、鞄諸々の用意をしている間にチラリと横目で伺うと、『彼』の方の着替えも終わったようだ。 服さえ用意しておけば、これも少女型と少年型の違いなのか、うちのプランツは着替えだろうと入浴だろうと自分一人でやってくれる。 そういった世話も含めてがプランツドールを持つ事の楽しみだと言われているけど、あいにく僕には着せ替え人形のような少女趣味はないので、正直ありがたい。 とはいえ、さすがに食事くらいはこちらであげないと主人としての立場が無いので、 「行こうか」 連れ立って一階に。 不機嫌そうでも、手を伸ばすと必ず握り締めてくれるのが可愛い。 どこかくすぐったくて、クスッと笑ったら、掴まれている手に力が入れられてますますおかしくなった。 夏なのに、伝わる子供の体温が心地いいと思えてしまう。 だけど、だからこそ。 気になってる。 「おはよう母さん」 「おはよう周助。コンロ開いたわよ」 「うん」 『彼』を食卓に座らせて、僕はキッチンで専用のミルクを人肌に温める。 砂糖菓子は・・・・・・うん、前回あげてから一週間たってない。 「ねぇ周助、朝食のついでに私が用意してもいいのよ?」 「いいよ母さん。これくらい簡単だし、意外と楽しいから。昼はよろしく」 「わかってるわ」 今は夏休みとはいえ、部活があるため昼食は母に任せている。 だったら朝と夜くらいは僕がやらないとね。 話してる内にミルクが準備できた。 『彼』の前にカップを置いて、僕も席に着く。 「いただきます」 相変わらず美味しく無さそうに飲み出すのを見ながら、苦笑しつつの朝食。 これが、最近の日課。 「お疲れ様でした」 「おつかれー」 本日の部活、無事終了。 「不ー二、早く終わった事だしどっか寄ってかない?」 「んー、ごめんパス」 「むー、最近付き合い悪いぞー?」 「あはは、ゴメンってば」 付き合いが悪くなっている自覚はなかったけど、理由はすぐに思い当たるあたり、僕もなかなかの親バカなのかもしれない。 「何かあるわけ?」 すれ違ったプールの帰りらしい小学生集団に視線をはせながら、 「今、家にあれくらいの子がいてね」 「ふーん。親戚の子かなんか?それで?」 英二は本当に人付き合いが上手いから、ちょっと聞いてみようかという気が起きた。 「コミュニケーションがとれない。何怒ってるのかわかんない」 「聞いてみた?」 「喋ってくれない。示してもくれない」 「嫌われてるんじゃないんだよね?」 「それはない。絶対」 「おー、言い切ったな。・・・・・・珍しいね、不二」 「何が?」 「弟君に反発されてから、人から好かれてる確信持てなくなってたっしょ」 「・・・・・・そうだっけ」 そうかもしれない。 ああ、だから。 選んでくれた事、あんなに嬉しかったのか。 「ん。それにそんだけ誰かの事気にするのも珍しいし。よっぽどその子のことカワイイんだ」 「かわいいよ、凄く」 躊躇無く頷ける。 「ほほーぉ、今度会わせて」 「今度ね」 「興味あんなー、どんな子?」 「えーっとね・・・・・・・・・」 説明がし難いな、と視線を泳がせると、前方の自販機に似たような背格好の少年を見つけた。 「あ、ちょうどあんな感じ・・・の・・・・・・」 「不二?」 突然言葉を止めた僕に対する、訝しげな友人の視線をきっぱり無視して、無言で近寄った。 背後に立って足を止めると、途切れた足音を不信にでも思ったか、やや低い位置にある黒髪が振り返り・・・・・・・・・そして固まった。 「何を、してるのかな?」 言葉にするなら「ヤバイ」という表情を貼り付けて。 「・・・・・・・・・・・・・・」 3秒後には全力疾走で逃走された。 「あ!ちょっと!!」 慌てて捕まえようとするものの、その後姿はもう小さい。 部活で鍛えている自分に、追いつけないと思わせるほど、 「足速・・・・・・」 「ホント」 呟いたら相槌が返ってきた。 「うわ、英二」 「うわ、はないっしょ。例の当人?」 「うん」 あのレベルの容姿がそうそう転がっていてたまるものか。 どうやって抜け出してきたのやら。 こめかみを抑えた僕に、英二が元気な笑顔を向けてきた。 「ふーん。さっすが不二の親戚」 「?・・・何が?」 別に似てはいない筈。 「美人で運動神経がイイ」 「・・・・・・・・・ありがと」 直球なのはこの友人の良い所だけど、コメントに困る。 「ホント、いい足してたなー。何かスポーツやってんの?」 「・・・・・・・・・知らない」 「ふぅん?」 ちょっと訝しげ。妥当な反応かな。 だけど聞かれたくない事は察してくれるのも、英二の美点。 踏み込んではこないのがありがたい。 「あ、不二ん家に預かってるなら二学期から青学来るとか?テニス部入んないかな?」 「・・・・・・・・・ああ、そういう手もアリか」 素直に楽しそうだと思った。 プランツには望みの薄い話。だけど、今のを見た後ならもしかして。 「何か言った?」 「ううん、二学期は無理だね、良くて来年かな」 「そっか、まだチビちゃんみたいだしな。でもオレら在学中に来るんなら楽しみ。名前は?」 「・・・・・・・・・・・・・・・」 「不二?」 「秘密」 「何だそりゃ」 本当は僕だって、わからなかったわけじゃない。 「ただいま」 自分の部屋は自分の空間。 異質なものの一切ない、気を張らなくていい場所。 異質は、なくす。 「忘れ物だよ」 ベットに腰掛けていた人影に向かって、自販機の取り出し口にあった炭酸飲料を放る。 「やっぱりミルクは嫌いだったんだ?」 反応なし。 これは、長期戦になるかも。 出窓を調べると、少し土がついている。 「ここから出入りしたんだ」 払った形跡はあるけれど、時間が無かった所為もあって完全ではない。それは室内靴も同じ。 所在なげに揺らす細い足の先。 育つのを防止するための、サイズの小さい靴にこべりついた土が目に入り、何故だろう、胸の奥のどこかが痛む心地がした。 ・・・・・・中国の纏足のようなものだろうか。 いつも見る度に、痛くないのか気に掛かる。 ・・・・・・窮屈、だよね。 「ねぇ、出たい?」 「自由にしたい?」 「・・・・・・育ちたい?」 何とはなしの問いかけだったのだが、最後のそれに、息を呑むような気配が伝わった。 今なら何か読み取れるかと、少なからず期待を込めて窺うものの、やはり目が逸らされる。 まただめ、か・・・・・・。 どうすればいいのか解らない。 途方にくれて視線を遊ばせれば、季節の都合で違う場所に置いているサボテンが目についた。 ベンケイソウ科カランコエ属月兎耳、つけた名は月の異名をとって『珠暉』 夏は日陰に置くべし。 こんな風に、種によって手はかかるけど。 確かに、返してくれるから。 だったら、いいのに。 返してくれるなら、それでいいのに。 「ねぇ?珠暉・・・・・・・・・・」 相槌を求めるように珠暉に手を伸ばせば、月兎耳特有の銀毛の柔らかな感触。 励まされたような気がして、自然微笑みが零れた。 その時。 「そいつらには、そうやって笑うくせに」 凛としたアルト。 その声は確かに覚えのないものだったけれど、 濁りのまるで無い響きは、容姿から、思い描いていたものと一致して、 「・・・・・・・・・やっと、応えてくれたね」 誰のものかは、すぐにわかった。 「やっぱり、喋れたんだ」 「まぁね。気付いてたんだ」 そうだろうとは思っていた。 「何かを言いかけて口を噤む、なんて口を利いたことが無い人のする動作じゃないからね」 昔喋れたか、今も話せるのを隠しているかのどちらかだろうと。 「やっと喋ってくれたね」 「・・・・・・時間が、ないから」 「時間?」 嬉しいのに。 僕は、やっと打ち明けてもらえて本当に嬉しいのに。 君は、悲しそう、だね。 「オレは、アンタのお気に入りにはなれなかったみたいだから」 「・・・・・・・・・どうして?」 どうして、そう思う? どうして、過去形で言うの? どうして、君はつらそうなのかな? そのどれも聞きたくて、それしか言えなかった。 「アンタが俺に向ける笑顔、うそ臭い」 「・・・・・・・・・随分だね」 「ほら、また。明らかにソイツラと違うじゃん」 「僕は・・・・・・」 僕なりに少し傷ついた、と思う。 だって期待していなかったといえば嘘になる。 だから咄嗟に取り繕う事ができなくて、その時僕はきっと相当冷たい表情をしていたのだろう。 「僕は、隠し事をするプランツに対して明け透けで居られる程お人好しじゃ、ない」 この所ずっと青白かった顔色が、更に色をなくすのが見えた。 あ、枯れるかな。 頭の、妙に冷静な一部がそう思った。 「「名前・・・・・・」」 沈黙を破ったのは同時。 どちらが先に言うか、お互いに様子を見てからポツリポツリと語り出す。 「名前も、付けてくれなかったくせに」 「・・・・・・・・・名乗って欲しかったんだよ」 「自分で付ける誠意もないわけ?」 「君が『無』だったらね。でも違うだろ?青嵐達みたいに真っ白なわけじゃない。 だったら僕は今の君を知りたいから、今まで君を育ててきた名でしか呼びたくない」 俯いていた顔が上がって、視線が絡まる。 あの、吸い込まれそうな金色と。 「返品しない?」 「どうして」 「オレは育ってるから・・・・・・・・・本当は商品にならない。訴えれるよ」 「そうじゃないかと思ってたし、その方が楽しいよ」 「変わり者」 ふ、と緩んだ目元につられて僕も微笑む。 今度は、自然に。 「を、選んだくせに」 さらり、と。少し癖のある黒髪を辿り頬に触れる。 僅かに擦り寄る様子を見せるのが嬉しいと思う。 「時間がないって言ったね。ごめんね、僕も自分で思ってたより不器用みたいで」 反省は、した。 だから、どうか 「枯れないで・・・・・・」 縋るようにキスをした。 少しでも、僕から与えるものがあればいい。 土に水が染みこむように、精一杯込めた想いが伝わるように。 「・・・・・・ごめん、なさい」 抱きしめた腕の中、顔を埋められている肩口で、少しくぐもった声。 促すようにポンポンと軽く背中を叩いてやると、ひとつ頷くのが感じ取れた。 「オレがアンタを選んだのに、そのオレが信じきれてなかったみたい」 「それは僕も悪いね。うん、君が僕の事大好きなのはわかってたのに」 ぎゅ、としがみ付いてくる腕に力がこもる。 「ごめんね。それだけ自我が強いなら、その分逆に不安にもなるよね」 「・・・・・・ごめん」 「謝らないで。あぁそれと泣かないでよ?」 「泣かないけど・・・・・・泣いた方がいい金になるんじゃない?」 おどけたように言ってみたら、笑うような気配と軽口が返ってきてホッとした。 良かった。見込んだ通りに回復が早い。 「見たくないよ、笑って? ・・・・・・・・・違うか、笑わなくてもいいや。君らしく居て」 トン、と肩を押された 離れた距離に、合わさる視線 瞳にいっそ挑戦的な光りを浮かべる彼の 「越前リョーマ。今後ともよろしく」 やっと始まった僕らの付き合いを 「いい名だね」 とびきりの笑顔で迎えてやった |
本当に書きました続き。 我ながらイイ暴走っぷりだと思いました。非常に楽しかったです。 とっても恥ずかしくて良い。こんなラブってる二人はウチでは滅多無い。 いつも以上に不二リョくさいのが自分で笑えます。リョ不二ですよ私的には。 お次は「学校へ行こう!」編ですかねぇ(まだやる気か私) ネタが無駄に浮かぶので、その気になれば3本くらい続けられてしまうのが恐ろしい。だってその為に年齢下げてるわけですし。 忘れた頃に突然続きがUPされていても笑って流してくださいませ。 余談ですが「青嵐」(セイラン)(新撰組の誰かさんも所持していたらしい日本刀)は私が育ててた神刀で、次に多肉植物を買うとしたら月兎耳で「珠暉」(シュキ もしくはタマキ)と名付けようと思ってます。 どちらも命名は思音さんだったりしますが。 |