あれはまだ、初仕事から間もない頃

 不思議な、出来事にあった

 不思議な、人に出会った

 

 

ハルモニオデオン

 

Act1

 気が付くと、見知らぬ天井。

――――――?……っ!」

 キルアが動こうとすると全身に痛みがはしった。

 そっか。仕事でミスって、怪我したんだっけ。

 標的は殺したし、とにかく逃げて………

 森の中で力尽きて、倒れた。

 

してみるとオレは捕まったのだろう。

しかしそれにしては縛られていないのがわからない。

怪我の手当てもしてあるし、見張りもいない。

これはもう、逃げろと言われてるようなものだろう。

痛む体をおして部屋を出ると白い廊下が続いていた。

 

「これは……研究所?」

 キルアは気配を消しながらいくつかの部屋を覗いて、そう判断する。

 生体系ではなさそうとはいえ、あまり良い傾向ではない。

 調べられた可能性が高いなー、と体を見回すが、注射の跡すらない。

「???」

 

 とりあえず、出口を探すのが先決ではあるので足を進めていると人の気配がした。

 そう広くも無い1室で、1人の男がなにかの機械の前にいた。

 いや、機械ではなく、あれは……オルガン?にしてはゴテゴテしてるけど。

 とりあえず状況を把握しないと話にならないので堂々と近づいた。

 何かあるならもうとっくに起こっているだろう。

「……………………ん?」

 本気で傍まで近づくまで気付かなかったらしいその反応は、思いっきり一般人のそれで、なんだか肩透かしをくらった気分だった。

 中折れ帽子に銀縁眼鏡、懐中時計をぶらさげた老人はキルアを認めると露骨に不機嫌な表情を浮かべた。

「ああ、この間アイツが拾ってきた子供か。研究の邪魔はさせるなと言っておいたのに・・・」

 その言葉から、やはりここは研究所で、そして少なくとも1人はオレを拾ってきたという人物がいると知れる。

 じいさんが何者か知らないが、この建物に複数人いるのならここで殺しはまずい。

 しばらく様子を見た方が良いだろう。

「ハジメくん!ちょっと来たまえ!」

「ハイ、なんですか博士?」

 奥の部屋から若い男が顔を出した。コイツだろうか?オレを拾ってきたという奴は。

「あ、起きたんですね。あの子に知らせないと。」

 あの子。どうやらコイツではなかったらしい。

「それよりもこの部屋から連れ出せ。機械になにかあってはことだ。」

 追い出された。

「ごめんね、今大事なところだから。もう動いていいのかい?」

 頷いて見せると、男は笑っておいでと言った。

 

 案内された部屋には、大きな窓と、簡素な机。そしてキルアより幾分年上らしき金髪の子供。

 外を見ていて顔はわからない。

 男が近づくと軽く首を動かした。

「君が連れて来た子が気が付いたよ。」

 声を掛け、キルアを促す。

 それでようやく正面からまともに目が合った。

 端的に言うと、綺麗な、というか整った顔立ちの子だった。

 しかし、その顔には表情が無い。

 目が合ったと言うのは間違いかもしれない。その琥珀色の瞳は空ろに向けられているだけだ。

「その子はいつもそうなんだ。喋る事ができないらしくてね。」

 それが、出会いだった。

 

 

 

Act2

 殺すべきかなぁ。

 でも殺ったらもっと面倒になるかも。

 翌日、朝っぱらから傍から聞けば物騒な事を考えながらキルアは研究所内を歩き回っていた。

 未だ怪我人のため、見つかったら怒られるかもしれないが、そんなの関係ない。

 

 そんなに広くない。

 窓を大きくとってある白い廊下は、樹木の緑とのコントラストが鮮やかだ。

 森の中の研究所。

 人里離れた、といったイメージからくる陰湿さの全く無い、むしろこの上なく健康的な建物だと思う。

 

 

「うわぁ………」

 他よりも更に大きな窓の外、とんでもない木が見えた。

 別に変な形をしてるとかじゃなく、ただただ大きくて、堂々と立派。

 森の主だ、と直感した。

 

 

 何とはなしに惹かれて、外に出て10分程。ちょっとした広場にその樹は立っていた。

 一周回ってみようとして、先客に気付いた。

 

(君と同じように、森で倒れてたんだ)

(どこの誰かは知らないよ。ただここに居たいようだから博士は居させてる)

 

 茶色と緑しかない場所で、その金糸は異質な筈なのに。

 そいつは何の違和感も無く馴染んでいた。

 

 そもそも、キルアがすぐに気付かなかったのだ。

気配が、森とひどく近い。

 景色に溶け込んでいる。

 

 

 寝てるのかな、と思ったがそれにしては少し体勢が不自然だ。

 大樹の根元で目を瞑り、耳を寄せている。

「………なんか、聴こえんの?」

 言った後、無駄な事をしたなと思った。

 予想外にも薄く開いた瞼が、案の定キルアを映すことなく閉じられる。

 

 本当に何か、聞こえるのだろうか?

 何も考えていないようで、それでいて子供特有のひたむきさを感じて、少しだけ試してみたくなった。

 

 目を閉じて、樹に耳をつけて。

 何か聞こえるとは思っていなかった。

 

だけど

 

「あ」

 さらさらと

 木々を、枝々を伝わる音がする

 流れている、懐かしさを感じさせる音が

 

「水の音…………?」

 

「命の音だ」

 

 呟きに、返るとは思わない声を聞く。

「喋れたんだ」

 目を開くと、透明度の高い琥珀色がこっちを向いていた。

ああ、これも自然の色だ。

 長い永い時を経た、樹液の化石。

 今また大樹に還るのか。

 

「私たちを殺すのか?」

 子供の声。そしてそれに不釣合いな落ち着いた響き。

「迷ってる」

 言われた事に驚きはなかった。

 

「博士は殺すな。少なくともあと一週間」

「何で?一週間後になんかあるの?」

「研究発表会が」

「あのオルガン?あれは何、そんなに大層な物なの?」

 

 

「ハルモニオデオン――――――」

 

―――――――樹の声を聴く機械だ―――――――

 

 

 

 

 

Act3

 廊下に音色が漏れていた。

「初さん、何してんの?」

 キルアがひょっこり覗かせると、初さん―――――井印 初というらしい―――――が機械を見ながらピアノを弾くといったワケの判らない事をしていた。

「ああ君か」

 この研究所内にいる子供たちはどちらも名乗らないため、名を呼ばれる事はない。

 それでも全く気にかけないのがここの住人達。

 

「僕の音を聴いていたんだ」

 『僕の音』?

「初さんが作ったの?」

「いいや。そうだなぁ、DNAって解るかい?」

「んー、聞いた事あるけど、詳しくは」

 ふるふる、と首を振る仕草に笑って、初さんは続けた。

「簡単に言うと、個が個である証明書。例えば僕の爪の先、髪の毛一本にも僕が他の誰でもない僕だと教えてくれる。同じように君の中には君しか持っていない君の証明書が詰まっている」

「オレ………だけ。代わりは、いない?」

「うん。誰も君に代わる事はできないよ」

 

 オレだけ。代わりはいない。

 オレをオレとする証明書。

 

「うわぁ、なんか新鮮かも………」

「え?」

「んーん、何でも。それで?」

「ああ、そのDNAの塩基配列………並び方はとてもバランスよく出来ているんだ。一つ一つを音に置き換えるとメロディになるくらいにね」

「ああ、じゃあさっきのは………」

「そう。僕を形作る、僕だけの命の音」

 そう言って初さんは再度ピアノに向かった。

 

 その手つきはすごくたどたどしいのに。

 曲になってるかどうかも怪しいものなのに。

 

「どうかな」

「………懐かしい」

「どんな風に?」

「すごく小さい時に聴いた気がする。何かもう返ってこない物を見かけたみたいな………」

 

 その後も、なんだか妙に正直に答えてしまった。

「初さん、カウンセラーの真似事?」

「ああごめん。去年まで大学で音響心理学を専攻してたものだからつい」

「心理学?それが何でまたこんな所に?」

「うん、それは……………」

 

「空耳を、聴いたから」

 

 

 

 

 

 

Act4

「明日だよ」

「………そうだな」

 森の主の下、そう言った。

 何となくわかった。こいつはここでだけ話す事ができるんだ。

「殺されるかもって判ってて、何でオレを助けたりしたの?」

「助けたのではない」

 

「そんな血の匂いを纏ったままで、この森の一部となるなど許さない」

 

また、まっすぐな目をしていた。

 よそでは話せないなど信じられない程の意思の光りを宿して。

「ああ、成る程。オレでなく樹の心配だったのか」

 確かに放っとかれたら養分になってたかもしれないけど。

 

「違う」

「え?」

「森は汚れない。何もかも飲み込んで浄化する」

 

「己の穢れにも気付かぬ者が許される事が耐え難かっただけだ」

 

 ……………ああ。

 恨まれていたのか。

 おそらくこの子供は『奪われた者』。

 憎まれて、いたんだ…………………。

 

 

 

「アンタはどうして樹の声を聴きたいんだ?」

 

「原始の音を聴くんだ」

 

「私はこれから生き物として間違った存在になろうとしているから」

 

「その前に、何億年もの太古より変わらぬ原始の歌を聴き」

 

「私も、どうなろうともこの自然の一部であることを確かめてから変わるんだ」

 

 人は自然から外れた生き物だと聞いた事がある。

 生きるためではなしに、同族内で争うからだと。

 

 間違った存在。

この子供はきっと復讐者になる。

 そんな目をしている。

 

 オレみたいに、なるの?

 自然に還る事を許さないくらいに憎いオレのように。

 

 

 

 生き物は音を持っている。

 

 オレは、本当にオレだけの音を持っているだろうか?

 

 

 

 

 

 

 

Act5

 発表は日没から始まるらしい。

 昨日から集まってきた人達で所内が騒がしかったので、先に広場に行くことにした。

 

 森の主の下に『ハルモニオデオン』があった。

 まるで主から生えているようだった。

 

 あいつはいない。

 そんな筈ないと探してみると、少し離れた樹の枝に腰掛けていた。

「そこでいいの?」

 この樹でも喋れるのかな、と疑問に思いながら訊いた。

 声にはしなかったけれど、コクリと頷くのを見てとり、キルアもその樹に登った。

 

 

「成る程」

 登ってみると、そこ程主と、ハルモニオデオンの見える場所は他にない。

 

 

 ぼんやり主を眺めていると、時間になったらしく人が集まってきた。

 タキシードを着た博士が何かを言っている。

 そして樹の影から変わった服装の1人の少女が姿を現した。

「あの子は?」

「ソラミミ楽団長。ハルモニオデオンの製作依頼者にして今回のオルガン奏者」

「そらみみ………」

 

(空耳を聴いたから)

 

 初さんの人生を変えたのは彼女だろうか?

 

 

 

 演奏が始まった

 

 最初は聞こえなかった

 ただ、風の音だけ響いているのだと

 そのうち、それこそが樹の歌だと気付いた

 

 樹を通して、木々のメロディが聴こえて来る

 そしてそれを伴奏に楽団長の歌声も響き渡る

 

 懐かしい

 懐かしい

 

 生まれる前から知っていた

 

 太古から脈々と受け継がれてきたもの

 原始の音

 命の唄

 

 それは自分の中に確かにあった

 

 失くしてなんていなかった

 失うことなどありえなかった

 

 自分は、この大きな生命の一部であったのだから!

 

 

 

 

 肌に触れる枝から、この樹の音を感じる

 オレの中に、オレだけの音楽も

 なんて見事な二重奏

 今ここでしかありえない、他の誰にも聴くことのできないハーモニー

 

 

 その中に水音が混じって 音の方を見る

 涙の、音だった

 この世の物ではありえないような緋色を見た

 その紅玉から滴る水を拭おうと手を伸ばす

 

触れた瞬間に流れ込む、自分ではない人の音

 

 樹々と 自分と 彼の織り成す旋律

 決して不協和音などはない

 完璧で 完全な 懐かしい音楽

 

 この刻 確かに自分たちはひとつの存在でありえたのだ

 

 

 

 

 

 

Act6

 ふと気付くと樹の上には自分1人で、でもそれが当たり前のような気がした。

 

足下には未だ樹の歌を聴いている人々。 

 初さんや、博士の姿もある。

 

 でも、オレもここまでだ。

 

「バイバイ、森林研究所」

 

 枝から飛び降りた。

 

 主の方は見なかった。

 

 

 

 

 

 

Act7

「キル、こっちに来なさい」

 帰って早々の親父の呼び出し。

 まー、1週間以上も音沙汰なしだったわけだしね。

 

「何があったか聞かせてくれ」

 真っ正直に喋るつもりは無かったのに、何故か包み隠さず話している自分がいた。

 言葉なんかで伝えきれるものじゃないのに。

 それは少しでも自分の感じた事を誰かに聞いて欲しかったのか、それとも………

 

 それとも?

 

「そうか、良い経験をしたな」

 珍しく優しい口調の親父。

 なのに何だろう、この落ち着かなさは。

 

 頭を撫でるように伸ばされる手に覚えがある。

 記憶には一度も無いのに、知っている。

 

(キルアぼっちゃん)

 突如、頭に響いた声。

 これは、誰の声?

 懐かしい、優しい声。

 

「だがな」

(キルアぼっちゃんは、やさしい子ですから)

 ああ、カナカおばさんだ。

 乳母だった人。

 大好きだったのに、何で忘れてたんだろう?

 確か突然いなくなって、探しまわって親父に聞きに行って……

 

「お前には必要ない」

 言って、オレの額を突く指。

 

 ああ、そっか。

 これで、忘れるんだ。

 研究所の事も、命の唄も、……あいつの事も。

 

 良かったと思うのは、名前を聞かなかったこと。

 オレから聞いた姿だけじゃあ探せっこない。

 殺されずに、済むよね。

 

 

 意識が遠のく

 暗い闇い世界に堕ちてゆく

 

 でも もう知ってるから

 どんなに忘れたって 知っている

 生命に 刻み込まれてる

 

 オレがオレである証

 あんたの命の音色

 

 

 だから お願い

 

 オレが 思い出せなくて も

 

 どう か  あの音 を  覚えて いて

 

 覚 え て   オレ を   そし て    ま た

 ま  た     い つ  か は

 

 

 

 

 

 

 

      いつか  必ず 

          それだけが  ただひとつの願いなんです

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

この量をほぼ一晩で書くとさすがに疲れます。

最後が希望残して薄暗いのはいつものことか。希望残してるだけましと言えますが。………表の基本方針は『一応ハッピーエンド』。とりあえずバッドエンドでないのだからクリアーかなと思っている私。

タイトル及び元ネタは遊佐未森のアルバム『ハルモニオデオン』

勿論今後ろエンドレスで流してます。歌詞カードに小話がついてるんですよ。ハジメさんや博士やソラミミ楽団長、そして当然ハルモニオデオンはここからの出典でした。因みに主役は聴衆に紛れております(笑)

『M氏の幸福』なんかは機種によってはカラオケにも入ってたりしますので良ければ探してみて下さいませ。M氏が博士です。

あ、カナカおばさんはハンターのキャラブックにいた人です。

 

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