携帯に起こされるのは珍しくない。

 急な仕事が入るのはよくある事だ。

 しかしその時は何か違和感があった。

 疲労感だけではなく重い身体を起こす。

 無駄に広い寝台から手を伸ばし、画面を見る。

 何となく、納得した。

 ディスプレイに光る文字は―――『キルア』

 

 

VOICES

 

 

「もしもし」

「あれ、寝てた?」

 挨拶もなく、遠慮の無い物言いが相変わらずで、怒るより先に笑いたくなる。

「ああ。先ほど仕事を終えたばかりだ」

「そう。そりゃご苦労さま」

 その軽い物言いにつられてか、蓄積された重さも軽くなる。

「それで、何の用だ?こんな朝早くから」

「睡眠中悪かったけど、今昼だよ」

 返った言葉に時計を見やると確かに昼間。

 そして時差を考えてもあちらも昼。

「………そのようだな。お前、学校はどうした?」

 せっかく普通に暮らすのだ、と通い始めた学校をサボってはいけない。

 そう思ったのだが、

「今日は全国的休日」

「…………そうか」

 下手なこと喋るのやめようかと思うひととき。

 

 

「元気?相変わらずちっとも連絡よこさないんだからさー」

「仕方ないだろう。学生と違って忙しいんだ」

 皮肉れば、ようやく目が覚めたかと笑われた。

「にしたって、もう少し世間にも目向けたら?日曜も忘れるようじゃ良くないって。

 たまには街に行ったりー、テレビ見たりー、雑誌呼んだりさ」

 テレビ、と言う言葉に先ほどの違和感が蘇る。

「お前、私の携帯いじったろう。いきなり流行曲が流れるものだから私のじゃないかと思うだろうが」

「へー流行曲わかるんだ、意外ー」

「………サビだけ。まともには聴いた事はないが」

「おお、相変わらずの知識バカ」

「無知よりましだ。勉学には勤しんでるのか、学生?」

「ほっとけって。………それよか、さっき気が付いたわけ?」

「何がだ?」

「着メロ。今まで気付かなかったんならそっちのがビックリだけど」

「………いつからだ?」

「前回会ってから、何ヶ月たってると思う?」

 キルアの声が、少しトーンを下げたのがわかる。

「…………仕事中は、バイブ設定にしてあるから」

 気付かなくとも無理はないだろう、と話を逸らしたかったのだけれど、

「何ヶ月も、ずーっとお仕事だったわけだ」

 逸らせないようだ。もっとも、仕事だったのは本当だけど。

 

「…………大丈夫?」

「何が」

「声がすっごい沈んでる」

「寝起きだから―――」

「で済まない位。つらかったら連絡しろって、前から言ってるだろ。

 オレじゃなくても、ゴンでもレオリオでもいいから。………まだ、仲間だろ?」

 その声はかすかに不安そうで。

 確かに、長いこと会わず、それでいて私から連絡をとったことは一度もない。

 私はただ、待つだけ。

 

「当たり前だ。お前も随分心配性になったものだな」

「当然だろ。オレはいつでもここにいるけど、あんたはどこ行くかわかったもんじゃない。」

 職を辞めて、コードを変えてしまえば行方をくらませるだろう。とは以前にも言われた事。

「信用無いな……」

「……せめて、電話線の時代なら。線を辿ってあんたに着ける気がすんのにな。」

 何にも繋がっていないから、安心できない。

ガキっぽい錯覚なのはわかってるから、馬鹿にすんなよと言って黙る君。

 できるわけもない。私も考えたことだから。

 

君が黙り、息遣いだけになった時。

その向こうから聞こえるざわめき達。

それがどれほど私を救うかわかるまい。

今君の居る笑い声に満ちた世界と、私の居る世界は別物のようで。

耳にあてた小さな機械だけが世界を結ぶ。

私が堕ちきるのを止める糸。

私に残るただひとつの命綱。

 

それでも私から求める事は自ら禁じているから。

待つしかなくて。

 君がかけてくるのを待って。

ひたすら待って。

 

「そうか、着信音を設定するのはいい考えかもしれないな」

「いきなり話が戻ったね」

「もうお前かと期待してディスプレイを見て失望するといった事が無くなる訳だ」

「……………」

「どうした?」

「効いたよ……すごい時間差攻撃してくるね………」

「何か妙な事言ったか?」

「いーよ、寝惚け頭が戻る頃、あんたも絶対自爆するから」

そう言ってくるキルアに、しないよと、しかし心だけで反論する。

まだまだ私のことがわかっていない………当然か。

わからせないように振舞ってるのだから。

だからせいぜい、寝起きで鈍くなってるのだと思っていてくれ。

 

 

「も、平気?」

「無論だ」

 それでも、私が動けなくなる前に電話をよこすキルアは、

聡いこの子はやはりわかっているのかもしれないけれど。

「うん、じゃああんまし睡眠妨害するのもなんだし、この辺で」

「ああ」

「おやすみ。またな、クラピカ」

 繋がりが消える。

 それでも、久しぶりの彼が呼ぶ私の名は、

 それは鼓膜から身にしみわたり、

 胸の奥の暗闇をそっと連れ出した。

 

 

 携帯を降ろし、しかし机には戻さぬままに横になる。

 

 

ただ1人の為に定められた音楽を再生する

 

何度も 何度も

 

その単調な旋律を子守唄に

 

私は再度眠りにつく

 

訪れるやさしいまどろみを

 

音色を抱きしめ迎えうける

 

 

 

fin

 

 

 

 

 

 

 

麦さんからのリクエスト

「谷川俊太郎の詩『電話』でキルクラ」 でした。

出来てるか謎。

というか文だけパクって意味合いを無視してる気がひしひしと………。←うわ最低

意味合い……違うよねぇこれは。

 

割とそのままな感のあるタイトルは新居昭乃より。今回のBGMでした。

……私なりにがんばったので、これで良ければ麦さんお納めください。

 

 

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