ガタゴトと揺れる車内 収容人数を超えて詰め込まれているのが非常に不快 狭いし、暑苦しいし 早く降りたくて仕方なかったから、乗り換え駅のアナウンスにほっとした
夢と現の間をフワフワしてる 軽い振動が揺りかごのようで心地良い なじみのある気配に包まれるのはとても落ち着く もっと このままでいたかったから もう少しだけアナウンスが流れるのが遅いといいなと夢心地で思った
この状況になって約30分 左腕がそろそろツライ。
快速の混みようを見てうんざりし、時間に余裕のあることだし各駅停車に乗り込んだのが45分前。 おかげであまり余裕が無くなっているのはご愛嬌。 正味10分で眠り込んだ連れに肩を貸したまま、今に到る 試合、それも全国大会前に利き腕を痺れさせるとはどういう了見だ。 なんて、宿を借りた身としては言えないけど。・・・・・・そうでなくとも言わないだろうけど。 『全国の会場へはうちの方が近いから』と誘ってくれたのは正直嬉しかったし、必要以上の歓待をしてくれた彼の家族も懐かしかったから。
そんなことを考えているうちに目的地まであと2駅。 そろそろ起こした方がいいかと思うと、気配の違いを感じ取ったか、茶色い髪がふわりと舞った。
「不二?」 窺うと、まだ覚醒しきってはないらしく、どこか呂律の回らない掠れた声が返る。 「ん・・・・・・・・・虎ちゃん・・・・・・?」 訂正、絶対に寝ぼけてる。
随分と古い呼び方をされてしまった。 ・・・・・・・・・いつから苗字で呼び合うようになったんだっけ? 俺が転校する・・・・・・前にはもうなってたか。 こんな所にも時の流れ。 とすると今のは相当懐かしい呼称だったわけだ。 その懐かしさに流されてみるのもいいかもしれないと思ったので、
「そろそろ起きなよ・・・・・・・・・周ちゃん」 効果覿面 途端、パチっと目を開けてまじまじと見詰められてしまった。 「うわ・・・・・・・・・すっごい違和感」 「そんなに?」 「うん、ちょっと考えられないくらい。わぁ、気色悪かった」 そこまで言うか、とも言えない。 自分でも、声に出した瞬間ゾワっときたから。 しまった、せめて『周くん』の方にしておけば良かったか。・・・・・・同じか。違和感の点では。
「声・・・・・・低くなったね」 ポツリと呟く不二の声は、記憶にあるものと比べて俺ほどの変化は無い。 それでも、違うと思えてしまうのだから、 「時間が、経ったんだね」 ああ、同じ事考えてた。
「あ、次だね」 「よく寝てたね。こんな所で」 「枕が良かったから」 「硬かったろ?」 「そうだね。寝心地は良くなかったけど、佐伯だから」 くすくす笑いながら、理由にならない理由を言う。 意味はわからないけど、その声での『さえき』の響きは、さっきよりも全然しっくりきたので訳も無く納得した。 「佐伯の気配は慣れてるから。すごく落ち着く。これって佐伯だからだよ」 そうなんだろうなとは思う。 人付き合いが下手じゃないから気付かれにくいけど、不二は本質結構な人見知りだと知っているから。 だからそれは、不二の認めた一握りほどの特権で、許された自分に確かに優越感を伴うものではあるのだけど。 「ちょっと、説得力ないよ」 「あ、ひどい」 その後に続く、こんなに愛してるのにー、という抗議の言葉は車内の視線を集めるからやめて欲しい。 冗談で言ってるのではないので悪い気はしないが、その分性質も悪い。 家族レベルの身内にしか言わない、しかも反論時に使う台詞だから、被害者はもっぱら裕太くんか。
「だって、さっき睨まれたし」 「睨まれ・・・・・・?」 覚えがないと言うように目を瞬かせる。 「ああ、不二じゃなくて」 「え?」 ますます解らないといった顔に、軽くため息。 「左腕痛くない?」 「あ、ごめん・・・・・・・・・あれ?」 言外にどけとでも言われたと解釈したか、身を起こしかけてやっと気付いたようだった。 たいがい、鈍い。 いや、他が見えなくなるほど1つの事に集中するのが天才たる所以か。 「えーっと」 右手を頬に当てて3秒ほど止まり(個人的に女顔に拍車をかけるそのポーズはどうかと思うが)、結局何でも無いように対処した。
ぺちぺち 「越前くんー?次だよ起きて」 「んー・・・・・・あ、先輩」 「おはよう」 「はよっス」 「いい天気で良かったよね」 「っスね」
って、何で普通に進んでいくんだろう。 何かおかしいと思うのは俺だけなのか?
別に、今更疎外感感じるとかはないけど、さっき快速から乗り換えてきたらしい彼に、何で睨まれなきゃいけないのかと、理不尽な思いは残る。 いや・・・・・・・・・多分、釈然としないのはそのせいじゃないけど。 どうして不二は、途中から左肩に掛かった重みに気付かなかったのだろうと。
(慣れてるから) (佐伯だからだよ)
2年以上苦楽をともにしてきた3年連中ならわかる。 だけどもこの、出会ってから3ヶ月程の1年は、長年付き合いのある俺と同列にいるんだなと思ったら、少しだけ寂しいような虚しいような小さな痛み。
「降りるよ」 「あ、うん」 網棚から降ろした荷を放ると、受け取って慌てて立ち上がる様子に何故かホッとした。
「で、どっちっスか」 駅を出て、青学ルーキーの最初の台詞がそれだった。 「・・・・・・調べて来ようよ越前」 「行けばわかるかと思って」 「君が遅刻しがちなのは、寝坊の所為だけじゃ無さそうだね」 「それはいーから、あのバスでしたっけ?」 「だっけ?佐伯」 質問を、そのままこっちに振ってくる不二。 正解は徒歩。 「・・・・・・調べて来ようよ、不二」 「先輩人の事言えないじゃないっスか」 抗議の声に同感だ。 「普段はしっかりやってるよ。今日は頼りになる人と一緒だからいいんだよ」 頼りになる人、と視線で示されたのは誇らしくはあるのだけど。 「そんな事言って、俺が同じ事考えてたらどうするのさ」 「ありえないだろ」 即答 思わず面食らった。 「・・・・・・・・・そう?」 「万に一つがあったとして、佐伯となら知らない道に迷うのも悪くない」 ふっ、と不二の笑みに悪戯味が加わった。 「それ、他の奴に言うなよ」 「何で?」 「口説いてるみたいだから」 事実、こっちを向いてる不二には見えないだろうけど、また睨まれてるし。
「ああほら、あれだよ会場」 「・・・・・・不思議だね」 「何?」 指差す俺に、呟く不二。 計1時間半、と続ける。 それは家を出てからかかった時間であるけど、何が不思議なのだろう。
「昔はすごく遠かったのに。この会場に行くより君の家に行く方が早いんだよ? 大人になるにつれて世界が縮まったみたいだ」 どこか遠くを見るような不二の声に、色は無い。 「世界に、失望した?寂しい?」
「嬉しいよ、気が向けばいつでも会えるって、今実感できた」 ふわりと笑う不二に、どこかで燻っていた何かが氷解するのを感じる。 ・・・・・・そう、これで充分だ。
常に隣に居る権利は放棄しよう。 どうにも俺は、違うところで確かな立場を確立しているらしいから。
どこかむくれているような、もう一人の本日の連れに向かって、そんな意味を込めて笑って見せた。
ダブルス2が始まる前に書いたネタ。タイトル決まり次第短編に昇格しようかと計画中。 どうして越前を出したんだろう私・・・・・・・・・?あまり出る意味ないような。 多分書いていて、佐伯不二はカップリングとして無理だと思ったんでしょうけど。 ええと、佐伯不二というカップリング自体は好きです。それぞれ単品でも勿論好きです。 でもって幼馴染説も萌えです。何故か私の不二は原作で否定されるまで「虎ちゃん」と呼んでいました。 ・・・・・・しかしどうも、幼馴染間でのカップリングは苦手でしたそういえば。 と言う事は幼馴染説を捨てるか、カップリングを捨てるか。しかし幼馴染を抜いた佐伯は魅力がガクンとダウンしたのでカップリングを捨てる事に決定。 だからリョ不二が根底にあるものになってるんじゃないかなーと思われます。自己分析。 私三角関係嫌いですし、そんな事情で佐伯・不二間に恋愛感情はないです。36と同じく友情・家族愛。 にしても、バリバリに嫉妬してる越前は初めて書いたなー。珍しい。 あ、最初の4行は越前です。次の5行は不二。誰視点でいこうか迷ってた頃の名残です。
オマケ
「あ、これ母さんからお弁当」 「ありがと。楽しみだな」 「こっちが僕のでこっちが・・・・・・あれ?逆だっけ?」 「俺に訊かれても・・・・・・」 「まあいっか、違ってもちょっと刺激が少ないだけだし」 「頼むから確認してくれ・・・・・・」
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