またポイントを入れられた。
拙いなーとは思うものの、さてどうしたものか。 自分としてもダブルスはそれほど得意な方でもないし、今回の相方ばかりを責めるつもりはない。 もうちょっと何とかなんないものかとは思うけど。 負けるかな?と冷めた予感を抱いていると、その本日の相方――――――菊丸英二が、アクロバティックに失敗して顔からスライディングしていくのがバッチリ視界に入ってしまった。 うわ、痛そ。 水を打ったように静かになってしまったコートの中、僕はタイムをとるべく審判に向かって手を挙げた。
「ごめん不二ぃー・・・・・・」 「大丈夫大丈夫、まだ挽回できるよ」 擦り剥いた頬を消毒して、絆創膏を貼ってやりながら言う。 君が本調子になってくれればね、という続きは呑み込んだ。 実際、彼の実力はこの程度では無い筈。 初めての公式戦だからか何だか知らないが、このガチガチの緊張状態が解けさえすれば、相手のチームになど負けないだろう。 まったく、こんなに繊細な神経してるとは思わなかったよ。
「でもオレ、絶対不二の足引っ張って・・・・・・・・・」 台詞は途中で途切れ、猫科を連想させる大きめの瞳に水の膜が張る。 げ、と思わず声に出しそうになってしまった。 泣かれる・・・・・・? ・・・・・・・・・やばい、鬱陶しい。 いや、我ながらこの感想はどうかと思うが、浮かんだ気持ちに嘘はつけまい。 試合中に泣くという、体力も消費されるがそれ以上に気力を著しく失う行為をされたら、おそらく僕は彼を見限る。それもこの先ずっと。 どうも僕の人との接し方は減点法らしく、一度0になったポイントを回復させる事は滅多に無い。 彼とは割と、いい付き合いができるかもと思ってた矢先のことだから、ここで断ち切ってしまうのは勿体無い。 負けようが何だろうが、ここで泣かないでいてくれさえすれば何とかなりそうな気がした。
それにしても人をあやすだなんて、何年ぶりのことだろう? 弟は年子なため、泣き止ませた思い出などもう遠い。 ええと、歌を歌う・・・・・・・・・幼児相手じゃあるまいし。だいたいこんな所で? 本を読む・・・・・・・・・これこそ何歳児だ。絵本もないしね。 そうじゃなくて、もう少し最近の何か。泣き止ますは置いておくにしても、楽しくさせるような何かがあった筈・・・・・・・・・・・・・・あ。
「ちょっと待って」 「ふぇ?」 まだ実際に人前でやったことはないのだけど、何とかなるかもしれない。 自分の荷物を探り、財布を取り出す。 コインを探すが、しまった、さっき硬貨は殆ど使ってしまったんだっけ。 十円玉はあった。もう一つ、一円玉じゃ軽すぎるし五百円玉じゃあ大きすぎる。 あとは札ばかり。これでは使えない。 「百円・・・・・・か五十円玉ある?」 「へ?」 「貸してくれない?」 「う、うん」 不思議そうな顔(この時点で泣かせないという目的の八割方果たした気もした)をしながら百円玉を渡してきた。 「サンキュ」 これで準備はできた。
「見て」 掌に十円玉を握り締め、手の甲に百円玉を押し付ける。 パッと、押し付けていた方の手をどければそこに百円はなく、握った方の掌から現れた。 「え?」 菊丸の元々大きな目がますます丸くなった。よし、掴みはOK。 何度か消したり出したりして、最後に二つとも消してみせる。 「さぁ、どこにいったでしょう?」 にっこり笑って、彼の顔の横に手を伸ばす。 「今はこれが精一杯、なんてね」 何かを掴むような仕草をしてから手を開くと、現れた百円玉と―――― 「あ」 チャリーン 袖口から落ちてしまった十円玉。
「ごめん、失敗しちゃった」 最後の最後でミスしてしまった。 「ぶっつけ本番だったから」 苦笑すると、彼はパチパチと瞬いた。もう涙の気配はない、から成功とも言えるかな?
落ちた十円玉を探していると、先に見つけたらしい菊丸が屈むのが見えた。 「ありがと」 手を差し出すが、彼はそれをジッと見詰めたまま動かない。 「不二、これとそれ、交換してくれない?オレこれ欲しい」 「それ?・・・・・・ってこの百円玉のこと?」 「ん。コイツも初舞台で緊張したのかなーって思ったら親近感わいた」 にっと笑って言う彼からは、もう緊張など感じられない。 「それはいいけど・・・・・・・・・って僕そんなつもりじゃ」 彼をその硬貨に例えたとしたら、自分の方が十倍価値があると言っているようではないか。 「いーからいーから、今の時点ではどう見ても不二の方が強いし。 オレはそのうち不二の十倍練習して、きっと不二より強くなるから、それまで」 「・・・・・・・・・うん」 見限らないで、良かった。 一緒に強くなりたいと、思った。
「でも、僕だって負けないから」
「じゃ、指し当たっては」 「今日の試合」 「「勝ちに行こう!」」
いい試合ができそうな気がした。
そんなわけでネタ4で言ってた過去話でした。ネタから派生してネタ作ってどうするんだか私も。 困ったのは手品のシーン。 この手品をまともに見た事がなかったのでどう書いたらいいのか分からず、なにか資料はなかったものかとしばらく考えました。←ただのネタのくせに そうそう手品の話なんてないよなーと考えているうちに思い出しました。 「そうだ、猫丸先輩!」 と。そんなわけで倉知淳の『日曜の夜は出たくない』を引っ張り出し読んでみると、手品のシーン自体は短かったのですけど(よって結局適当)、そこの舞台となった公園が『六角公園』 この符合にしばらく一人で笑い転げてました。 どうでもいいけど菊丸の描写がどの程度OKか自分で実験してました。ロリ系に書かれてるのを見ると張り倒したくなるので、涙流れそう、までが限界らしいです。猫語も極力控えたい。
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